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第9話:森の中は油断大敵

 今日も森の中へ入っていく。

 最初の日から数えてすでに数回目となっていた。


「ヤマト兄ちゃん見て! 今日は昨日よりも多くイナホンの収穫ができたよ!」


 森の中にある天然の水田“イナホン”の収穫は順調に進んでいた。

 イナホンは米によく似た穀物であり貴重な炭水化物だ。領主によってほとんどの食料が徴収されて、食う物に困窮(こんきゅう)していたウルドの村にとって貴重な穀物である。


「最初のころに比べて収穫も倍の効率か。お前たちよく頑張ったな」

「“ばい”?」


「ああ、この台車が二回分の多さということだ。つまり良いことだ」

「そっか、凄いな。オレたちは!」

「僕も頑張ったんだから!」


 きつい収穫作業を終えた子どもたちを褒めてやる。だがコレはお世辞でもなく本当に頑張っていた。


 オレも体験したことがあるから分かるが稲刈りは重労働だ。足元がぬかる水田の中で長時間の中腰作業。

 茎をカマで切り何本かごとに束ねていく。それ集めて台車に乗せて更に稲刈り作業に戻る。力や特殊な技術はいらないが根気と体力の勝負だ。


「よし、このペースならイナホン刈りは、あと数日で終わるな」

「明日もあっとう間に終わらせるよ、ヤマト兄ちゃん!」

「急ぐ必要はない。残りの積み込みと道具の片づけをしておけ。オレはあっちを見てくる」


 イナホン刈り班に残りの指示をだして、オレは獣狩り班の方に向かう。




「お前たちも大兎ビック・ラビットの解体にはだいぶ慣れてきたようだな」

「リーシャ姉ちゃんの教え方が上手いからね!」

「あっ、もちろんヤマト兄ちゃんもね」


 こちらの方もだいぶ順調に進んでいた。

 この数日間の大兎ビック・ラビット狩りにはオレと狩人リーシャが同行していた。イナホン刈りとは違い、獣を相手にするのこちらの班は命がけである。

 クロスボウの量産のめどがつき全員が慣れるまで、オレはコイツらを守ってやるつもりだ。


「明日はまたイナホン刈りと大兎ビック・ラビット狩り班の入れ替えをおこなう。両方できるようにしておくんだぞ」

「えー、オレはまた狩りの方がいいな……」


「何があるか分からない。両方できるようにしておけ。そういえば水田には面白い虫がいたぞ」

「えっ、虫が! よし、オレは明日イナホン刈りを頑張るから!」


 小さな子供たちの扱いにオレは少しだけ慣れてきた。

 少女リーシャに聞き、彼らの興味あるものを覚えて仕事のエサにするのだ。虫に花にキレイな小石と、意外な物を子ども達は大喜びで集めていた。


「ヤマトさま、交代制にせずに専門的に学ばせていくのはマズイのですか?」


 最近では狩り班の面倒を率先してみてくれるリーシャが訪ねてくる。彼女は子どもと老人しかいないウルドの村でも貴重な年代の狩人だ。

 また村長の孫娘ということもあり、ある程度の教養も身につけていた。それでオレの交代制について疑問に思ったのであろう。非効率ではないかと。


「確かに専門的に鍛錬した方が効率はいい。だがオレは全員をまんべんなく育てたいんだ。将来的を見据えてな」

「なるほどです……さすがヤマトさまです!」


 オレの説明に彼女は納得してくれた。

 確かに子どもの中にも身体の大きさや性格的な問題で、得意不得意はあるであろう。

 コツコツと作業を行う者は農業が向き、集中力があり恐れを知らない者は狩人に向いている。


『大人の決めつけが子どもの可能性を潰す。だからお前に何でもチャレンジさせるんだぞ、山人やまと


 オレは幼いころの両親の言葉を思い出して、このウルドでは実践していた。

 小さい頃は年齢や性別は関係なく、どんどんチャレンジさせた方がいい。思わぬ才能の開花があるかもしれなく、大人の勝手な決めつけは駄目なのだという家訓を実行していた。


(そのおかげで子供(ガキ)のオレは、未開のジャングル探検や霊峰登山に無理やりつき合わされて、死ぬ思いもしたんだがな……)


 自称冒険家であるオレの両親はどこか頭のネジが飛んでいた。昔を思い出しオレは心のなかで苦笑する。


「よし、そろそろ村へ戻るぞ! 残りは明日以降だ」


 オレの号令に二つの班の子供たちは返事をして帰路につく。

 刈り取ったイナホンは、村長から借りた荷台車に積んで村に持って帰る。このあとは村内にある場所に並べて、稲と同じように乾燥作業だ。


 ありがたいことに村長はオレとリーシャの頼みには、積極的に協力をしてくれる。村にある道具と場所なら何でも貸してくれた。

 もちろん獲物の肉やイナホンの穀物も、村で留守番してくれる老人たちにも分けて食べている。


「こうして見ると狩った大兎ビック・ラビットの量もかなり多いですね、ヤマトさま」

「ああ、そうだな。村に帰ったら保存用の準備もしないとな」


 大兎ビック・ラビットが乗った台車を見て、少女リーシャは感動している。

 内臓と血抜きを終えた獣の肉が整然と詰まれた光景は圧巻だ。この数日間で狩った大兎ビック・ラビットの肉の数は倍以上になった。

 今日は二十匹近くもあり、これはリーシャと子供たち、そしてオレが倒して狩ったのだ。


「よし、荷物と全員の点呼が終わったら村へ出発するぞ」


 天然水田は村から近い森の中で、比較的安全な場所にある。だが油断はできず、移動するときは必ず全員一緒に行動するようにしていた。


「ヤマト兄ちゃん、大変だ!」


 夕方前になり村に全員で戻ろうとした、その時であった。隊列の最後部から助けを呼ぶ声がした。


 オレは急いで最後部へと向かうのであった。



「おい、どうした!?」

「ヤマト兄ちゃん!大きな獣が出たんだ!」

「大きな獣だと?」


 最後部にいた少年の指さす方には、巨大な獣の姿があった。その鼻息は荒く、今にもこちらの子どものたちの隊列に突撃してくる勢いだ。


「リーシャさん、あれは?」

「あ、あれは大猪ワイルド・ボアです……まさかこんな所で……」


 狩人である彼女の説明によると、大猪ワイルド・ボアはこの森の中でもかなり危険な獣の一種だという。

 ふだんは森のもう少し深い場所にいて、こんな浅い場所に出没するのは珍しいと。


(現世でいう猪の獣版か……それにしてもデカいな)


 オレが日本の山岳地帯で出会った野生の猪よりも、かなり大きい獣だ。姿形はよく似ているが、口元からは鋭く大きな牙が生えている。


「みんな下がれ……オレがる……」


 怯えていた子供たちをリーシャに任せて、オレは大猪ワイルド・ボアの前に進む。これだけの巨体の猪を、無防備な隊列に突撃させる訳にいなかい。

 オレは足元の小石を投げつけ挑発し、意識をこちらに向けさせる。


「ヤマトさま、危険です!」

「ヤマト兄ちゃん!」


 下がるリーシャや子どもたちが心配の声をかけてくる。

 だがオレは覚悟を決めていた。自分の“力”がどの程度まで通用するか、今後のために知っておく必要があったから。


「兄ちゃん、危ない!」

「ヤマトさま!」


 悲痛な叫びと共に、大猪ワイルド・ボアの巨体がオレに向かって突進してきた。森の湿った土を蹴り上げもの凄い勢いだ。


(やはり突進力はかなりのものだな……)


 猪の最大の武器はその突進である。数十キロの速度で、低い重心から鋭い牙と共に突撃してくる。

 まともに喰らったら足元の肉と骨はズタズタ。地球でも大きさによっては野生の熊すらも撃退するくらいに、猪は強い生物だ。


(だが単調な動き! そして“今のオレ”には遅い!)


 もの凄い勢いで突撃してきた大猪ワイルド・ボアを、オレは直前でヒラりと回避する。

 まるで闘牛士のような軽業であるが、集中力を増した自分には難なく実行できた。


「はっ!!」


 回避と同時に身を低くしたオレは、愛用のサバイバルナイフを腰から振り抜く。

 狙うは大猪ワイルド・ボアのノドの器官。どんなにタフな獣であっても、呼吸ができなければ長くは生きてられないはずだ。


「おお! すげぇ!!」

「ヤマト兄ちゃん!」

「ヤマトさま!」


 オレが大猪ワイルド・ボアのノドを斬り裂いた動きに歓声があがる。

 器官を破壊され呼吸ができなくなった大猪ワイルド・ボアは、しばらくの間は苦しそうに暴れまわる。


 だが数分後には痙攣けいれんしながら地面に倒れて絶命する。やはりこの世界の大型の獣でも、呼吸ができなければ死に絶えるのだ。


「ヤマトさま、大丈夫ですか!?」

「兄ちゃん! 大丈夫!」


 オレの“大丈夫”の合図と共に、避難していたみんなが駆け寄ってくる。

 

「オレは大丈夫だ。この大猪ワイルド・ボアも血抜きして村に持って帰るぞ」

「うん、わかった!」


 オレの指示に子どもたちは従う。台車に積んであった道具を手に取り、大猪ワイルド・ボアを血抜きしていく。もちろん唯一の大人であるオレも手伝う。


咄嗟とっさのこととはいえ、よくもやれたな……オレも)


 絶命している大猪ワイルド・ボアを見ながら改めて自分でも驚く。

 これだけの巨体と突進速度だと、その破壊力は想像もできない。村のボロい家屋など倒壊してしまうであろう。


 だがオレはこの鋭い牙と突進をかわしながら、死角からノドの急所を斬り裂いた。日本にいたころの自分からは想像もできない集中力と移動速度で。


(やはりオレの身体能力と五感が向上しているのか。それもかなり……)


 日本にいたときのオレは超能力や異能の力など信じないタチだった。

 世の中の出来ごとに必ず理由があり解明できると信じていた。だがこの異世界に来てその考えは変わりつつある。


 ここは別世界であり、自分は何かの“力”を授かっていることに。


(だが、とにかく油断は禁物だ……この老人と子供しかいない辺境の村では特にな……)


「ヤマト兄ちゃんは本当に強いよな!」

「これをナイフ一本で仕留めたんだぜ!」

「ウルド建国記に出てくる英雄王よりも強いじゃない!?」

「さすがにそれは……あるかもな!」


 子供たちは大興奮していた。

 血抜きを終えた大猪ワイルド・ボアを、みんなで協力して台車に乗せ縄でくくりつける。これほどの巨体だ、唯一の大人であるオレが引っ張らないと村まで運べないであろう。貴重な食料が手に入ったとはいえ、やれやれ嬉しい悲鳴だ。


「この大猪ワイルド・ボアは身体こそは大きいが動きは単純だ。将来的にはお前たちにもクロスボウで倒してもらう、覚悟しておけ」

「うん、わかった!」

「オレも頑張ってヤマト兄ちゃんみたいに強くならないと」


 オレの指示に子供たちは興奮していた。先ほどまでビビっていた同じ子どもたちは思えない強気だ。


 幼いとは純粋であるがゆえに強い。人の手で倒せるとわかった相手なら、このように巨大な獣であっても自信がでてくるものなのだ。


「よし、村に戻るぞ」


 予定外の大猪ワイルド・ボアの大量の肉を得たオレたちは、夕方の村に戻ることにした。



「よし、イナホンの干す班と獣の解体班に分かれるぞ」


 ウルドの村内に戻ってきた。

 この後は森で得た食料の処理する作業へと移る。


「ワシらも手伝うぞ、ヤマトどの」

「ああ、助かる」


 村に戻ると留守番をしていた老人たちも集まってきた。年老いてはいるものの、彼らの豊富な技術を経験は助かる。

 子どもと老人たちが協力して作業をすすめていく。


(老人と子どもしかいない村か……)


 パッと見の村の様子は普通の村である。

 だが領主によって働き手である大人が全員連れ去られてしまい、今のウルドには老人と子どもしかいない。

 

 更には食料や家畜も徴収されており、備蓄はほとんどない滅びの運命にあった少数民族だった。


(逃げ出したくても逃げられない……)


 この村から逃げ出すことはできない。

 何故なら近隣の大きな街への街道には、野蛮な山賊が通行を妨げ行くことができないのだ。


(数日前にオレが来なかったら、あと何日もっていたことか)


 オレが来たウルドに来たときには、かなりの食糧難の状態だった。聞いた話では水しか飲んでいなかった者もいたという。

 今思うと本当にギリギリの窮地にあった村だ。


(オレがこの異世界……そしてウルドの村に来たのも運命だったのか? いや、考えるのはやめよう……)


 何しろ転移してきた原因すら見当もつかない。オレは心の中で苦笑いしながら運命論を否定する。

 

 なぜなら『ウルドの村を助ける』のは見知らぬ運命ではなく、オレ自分の意思で決めた選択だったのだから。


「リーシャさん、ひと段落したら山穴族の家まで案内してくれ」

「わかりました、ヤマトさま。でも頑固な彼らは協力してくれるかどうか……」

「その時は、その時だ」


 こうしてオレは鍛冶職人である山穴族の工房を訪ねることにした。




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