第81話:魔人との戦い
魔人級の霊獣アグニと、騎士たちの戦いは始まっていた。
「このヤギ野郎が!」
帝国の騎士バレスが、野獣のような雄たけを上げながら斬りかかる。
目指す獲物は、悪魔の姿を模した魔人アグニの頭部。大剣とは思えない、凄まじい斬り込みの早さだ。
「バレス殿、助太刀いたす!」
オルンの近衛騎士リーンハルトも、それに続く。バレスとは反対側から、長剣で魔人の急所を狙う。
中原でも最強の騎士称号《十剣》のうちの一人の剣速。その剣先は常人には見ない鋭さだ。
両騎士は互いに属する国や剣流派のはまったく違う。だが、絶妙なコンビネーションでの攻撃である。
おそらくは、先の黒狼級の霊獣と戦いで、実戦の場で身につけていた連携であろう。両者の剣技の高さも相まって、それは回避不可能な挟撃であった。
『フシュー!』
「ちっ! ヤギ野郎が!」
「これを防ぐのか、こやつは!」
だが二人の攻撃は防がれてしまった。
魔人アグニの手に突如として現れた、巨大な大鎌によって跳ね返されてしまったのだ。鉄塊のようなバレスの大剣ですら、小さく見えるほどの巨大な鎌である。
「二人とも、そこを退くのじゃ!」
そんな相手の防御の硬直を狙って、少女が飛び出していく。
乙女騎士シルドリアが、いつの間にか大地をけり、斬りかかっていたのだ。
「先ほどの礼じゃ!」
全体重を乗せるようにして、無防備となったヤギ頭にカブト斬りでかかる。分厚い鉄鎧すらすら両断する、乙女騎士の必殺の一撃だ。
『フシャー!』
「なんじゃと!?」
だが、その絶妙なタイミングでの奇襲も、魔人には通じなかった。
アグニは身体の軸をスッとずらし、大鎌でシルドリアの剣先を受け流す。逆にカウンターで彼女を吹き飛ばしてしまう。これは相手の力を利用した杖術の一種であろう。
吹き飛ばされたシルドリアは、辛うじて受け身をとり立ち上がる。
「休む間は与えねぇ!!」
「バレス殿、次は上下の連撃でいくぞ!」
大剣使いバレスと騎士リーンハルトは、再び攻撃を仕掛ける。初撃よりも更に踏み込みを強く、そして竜巻のような連撃で魔人に剣を叩き付ける。
あまりの激しい剣戟の応酬に、近づくことすらできない戦いの場。
「くっ、大盾が!?」
「優男!? ちっ、固てぇ!」
リーンハルトの複合装甲大盾が耐え切れなかった。魔人の大鎌によって切断されたのだ。
そのスキにバレスは渾身の力で、相手の腹部を斬りつける。だが、甲高い音と共に刃先は跳ね返されてしまう。
魔人の弱点であるはずの“核”があまりにも固すぎるのだ。
「二人とも、手を休めるな! 攻めて、攻めまくるのじゃ!」
「姫さん! ああ、言われるまでもねぇ!」
「帝国の両騎士に、私も後れをとるわけには、いかない!」
三人の騎士はこれまで以上に剣気を強める。そして、圧倒的な武を持つ魔人アグニに斬りかかっていくのだった。
それから時間が経つ。魔人との激戦は、静寂の間となる。
「こいつは、ヤベエな。リーンハルトよ」
「ああ、先ほどの黒狼とは、まるで違うな……バレス」
「これが“ヒザン皇記”に悪夢とまで書かれていた、魔人なのか……」
三人の騎士は相手と距離を置き、表情を変える。ここまで剣を合わせて直感していたのだ。この魔人アグニが、先ほどの黒狼と別次元の霊獣だということに。
騎士たちは黒狼を倒せたことで、急激に成長していた。特に対霊獣戦闘に関しては、この大陸でも有数の経験値を得て強くなっている。
だが、そんな腕利きの騎士三人がかりでさえ、魔人の強さは別次元だった。
一撃も有効打を与えられず、恐怖していた。彼らの中の本能が怯え、勝てないと警鐘を鳴らしているのだ。
あの野獣のような闘争心をもつバレスでさえ、今は絶望と恐怖に顔をこわばっている。
◇
「なるほど、人型であるがゆえに、技を使うのか」
三人の攻防を観察していたオレは口を開く。
魔人級の霊獣についての、情報収集が終わったのだ。
騎士たち援護をあえてせず、人型の霊獣の動きをジッと見ていた。仲間を失う危険性があったが三人を信じて、相手の違和感の正体を探っていた。
『へえ、アグニ君のあの動きが見えたんでね、キミは』
“霊獣管理者”を名乗る謎の少年も、オレに合わせて口を開く。
「大鎌と杖術、それに体術か」
『アグニ君は物覚えがよくてね。今まで食い殺した下等種の技まで、ちゃんと覚えちゃうんだよね』
謎の少年はそう解説してくる。持っている玩具を自慢するような軽薄な笑み。
見ているだけで嫌悪感を抱く相手である。
「ウルドのヤマト、テメエ……オレたちを囮に使ったのか!?」
「落ち着け、バレス。ヤマトには考えがあってのことだ。今は目の前の敵に集中しろ」
大剣使いバレスは自分が利用されたことに、激高していた。リーンハルトが止めなければ、オレに向かって斬りかかってくる勢い。
危険な魔人を目の前にして、それは少しおかしな反応である。あの闘争本能の塊のような大剣使いが、明らかに別人のように変貌していたのだ。
「なるほど。そういうことか」
これで魔人アグニの違和感の正体が分かった。最後の謎の一つをオレは解けたのだ。
「“恐怖”か……恐怖を与える能力を持っているのか。そして全員が術に掛かっていたのか」
「この妾が恐怖じゃと!?」
オレの推測に、シルドリアは異議を唱えてくる。術をかけられている自覚が、彼女自身にはなく信じられないのだ。
『へえ……アグニ君の能力に気がついたんだね。この“反射恐怖”にね』
「反射恐怖か……どういう原理か知らないが、相手に応じて激しい恐怖心を与える効果があるのか」
『ふうん……この短時間でで、そこまで解析するなんて、たいしたもんだね。でも分かったところで“反射恐怖”は防げないよ。何しろ精神と肉体を鍛えた強者ほど、より大きいな恐怖を食らい、自滅する能力だからね!』
謎の少年は秘蔵のカードを見せびらかすように、自慢げに説明をしてくる。たとえ精神を鍛えていても、それにも比例して恐怖は増大する攻撃だと。
つまりは、腕利きの騎士であるほど、反射恐怖は威力を増すのだと。
「たしかに、そうかもな」
魔人アグニした時に、オレは生まれて初めての恐怖を感じた。全身がすくみ上がるような嫌悪感であった。
だがその恐怖に違和感があり、オレはこの能力に気がついていたのだ。
「ちっ……そういうカラクリか。ヤベエな……手が動かねぇ……」
「バレス、貴君もか。情けない話だが、私も恐怖に心の臓が潰されそうだ……立っているだけでいっぱいだ」
大剣使いバレスと騎士リーンハルトは少年の言葉を聞き、自分たちの置かれている状況を理解していた。
彼らとて厳しい鍛錬を自分に課し、数々の戦場を生き抜いてきた強者。肉体だけではなく精神力も常人のそれを遥かに凌駕している。
だがその強靭さが今は、逆にアダになり苦しんでいた。まさに歴戦の戦士たちを葬ってきた魔人アグニの恐ろしい異能の力である。
「反射恐怖か……面白い」
動けずにいたそんな騎士たちを横目に、オレは一歩前に足を進める。そして巨大な大鎌を構えている魔人の目の前に立つ。
「ヤマト、危険じゃ!」
「ダンナ、退いてくださいっす!」
少女シルドリアと遊び人ラックの声が、悲鳴のように響く。対応策がないまま、この敵と戦うのは危険であると叫んでくる。
「大丈夫だ。今からオレが反射恐怖の攻略法を見せてやる」
『へえ……面白い冗談だね。この数百年間、どんな英雄たちでも倒せなかったアグニ君に、勝てる気でいるの?』
少年は顔をピクリとさせ反応する。
まさか反射恐怖の能力を知りながらも、まだ真っ正面から挑んでくる愚か者がいるとは、思ってもいなかったのだ。
「能書きはいい。いくぞ……アグニ!」
『フルシュウウウ!!』
こうしてオレは魔人アグニの真っ正面に、突撃していくのであった。