第77話:対霊獣戦闘
樹海遺跡での霊獣との戦いが幕を開ける。
オレたちが相対するのは、狼に似た巨大で漆黒な五体の霊獣。
「私が盾となる」
まずは騎士リーンハルトが動く。
複合装甲大盾と長剣を素早く構え、二体の霊獣に立ち向かう。
普通なら人外である霊獣相手に、真っ正面から向かって行くのは自殺行為にも等しい。
だがオレが設計して老鍛冶師ガトンが製造した大盾は、理論上では霊獣の攻撃にも耐える防御力を有している。
リーンハルトは果敢にも囮役となり、その身をあえて霊獣の前に差し出す。
その挑発に二体の霊獣はのり、愚かな騎士を噛み砕こうと左右同時に動き出す。
「帝国の両雄は攻撃を頼む!」
「言われるまでもねえぜ! オルンの騎士よ!」
リーンハルトの言葉に反応して後方の二人の騎士が駆けだす。
一人はヒザン帝国の騎士団長の位にある大剣使いバレス。
霊獣との激戦ですでに満身創痍であり、魔剣“暴風”を繰り出す魔力も尽きていた。
だがその動きは野生の獣のように鋭く、鉄塊の様に巨大な大剣を構え巨大な霊獣の一体へと斬りかかる。
「バレスは左を。妾は右を仕留めるのじゃ!」
もう一人は赤髪の乙女騎士シルドリア。
まだ成人に達したばかりの少女ながらも、その動きは既に達人の剣士の域に届く。
バレスよりも更に鋭い踏み足で、一気に霊獣の懐へと間合いを詰めて抜刀する。
二人の帝国騎士の初撃が霊獣に届く。
「ちっ、固てぇな! 狼野郎が!」
「くっ……流石に初撃では核は狙えんか!」
リーンハルトの大盾と連携して、二人の帝国騎士は巧みに攻撃を霊獣にしかけていく。
狙うは霊獣の唯一の弱点と思われる腹部の“核”。
鋭い霊獣の牙爪の攻撃をかい潜り、命がけの剣戟により一撃を狙う。
「こちらかも、いくぞ!」
防御に徹していた騎士リーンハルトは気合の声と共に、剣による強烈な一撃を突き出す。
中原でも最強の称号《十剣》のうちの一人であるリーンハルトの攻撃力は、帝国の両騎士に勝るとも劣らない威力で霊獣の動きを崩していた。
「優男だと思っていたが、やるな! オルンの騎士!」
「それはこっちの台詞だ。帝国の大剣使いよ!」
「ヤマトの陰に隠れていたが、これほどの騎士だったとはな、リーンハルトよ」
「いつか必ずヤマトは超える!」
大剣使いバレスと騎士リーンハルト、そして乙女騎士シルドリアの三人は、阿吽の呼吸で連携の攻防を繋げていく。
初めての三人での連携であるが、腕利きの騎士である彼らには共感できる領域があるのであろう。
「ギャルルル!」
彼らと対する二体の霊獣は、確かに恐ろしいほどの攻撃力と俊敏性をもった獣。
だがオレが岩塩鉱山で相対した剣歯虎であるサーベル・タイガーに似た霊獣に比べたら、この狼型の霊獣の戦闘能力はやや劣るものがあった。
(この様子なら何とかなりそうだな……)
オレはその差を観察により見極めており、彼ら三人の騎士に二体の霊獣の相手を頼んだのである。
危険性はあるがリーンハルトたちなら、二体までの霊獣と互角に戦えることをオレは見極めていたのだ。
◇
三人の騎士たちの奮闘から、オレは視線を戻す。
「さて、待たせたな」
視線の先には唸り声をあげながら、こちらを睨んでいる三体の霊獣がいた。
この遺跡内にいる五体の内の残りであり、今にも襲ってくる勢いで構えている。
だがオレの発する不気味な自信の前に、霊獣たちは動けずにいたのだ。
「ヤマトのダンナ……本当に一人で三体も相手するんですか?」
オレの後方に身構えている遊び人ラックが、心配そうな声で確認をしてくる。
ラックはオレの身体能力の高さを知っていた。
だがそれを差し引いても、人外である霊獣を三体も同時に相手することを信じられないのだ。
「霊獣は確かに手強い。真っ正面から一対一で敵う剣士は、そういないだろう……」
心配そうな顔をしているラックにレクチャーするかのように、オレはゆっくりと霊獣に向かって歩み出す。
あえて無防備なスキで相手を誘いだす歩行だ。
「ギャルルル!」
それに反応して三体の霊獣が同時にオレに襲いかかる。
オレの全身の急所の三カ所を同時に狙って、弾丸のよう駆けて噛みついてきた。
ちょっとした軍馬ほどの巨体の狼型の霊獣は、大木する噛み砕く大あごで無防備なオレの命を食い殺そうとする。
「だが……所詮は生物の形をして、そして四足歩行の獣だ!」
その言葉と共にオレは動き出す。
メイン武器である中型ナイフを抜かず、無手で霊獣に向かって駆けだす。
急所を噛み砕こうとした三体の鋭い大あごは、オレがさっきまでいた残像の空をきる。
そして次の瞬間、同時に三個の破裂音が響き渡る。
「ギャブルルー」
破裂音がしたのは三体の霊獣の口元であった。
口元を内側から砕かれた霊獣たちは、悲痛な咆哮をあげながら地面に伏して苦しんでいる。
「獣型の大あごは確かに恐ろしい。だが最大の武器であると同時に、最大の弱点だ」
無手と思わせていたオレは、噛まれたと思わせた瞬間に反撃をしていたのである。
「ダ、ダンナ……今の攻撃は……あの玉は何なっすか……!?」
動体視力のいいラックは辛うじて、オレの動きが見えていたのであろう。
オレがすれ違いざまに三体の霊獣の口元に放り込んだ、小さな球体の破壊力に驚愕していた。
「これは山穴族の秘石を調合した秘密武器だ。詳しくは企業秘密だがな」
オレが霊獣の口の中に食らわせたのは、“火石神の怒り”と呼ばれる山穴族の秘石の一種であった。
本来は鉱山の神に捧げる神聖な供物。
だが、その特殊な性質を見抜いたオレが、老鍛冶師ガトンから譲り受けた物であった。
火薬ほどの威力はないが、調合の仕方で強烈な破壊力を生み出す武器となる。
秘石であり埋蔵量が少なすぎるために、戦の兵器としては利用はできな代物だ。
だが対霊獣の武器としては効果は絶大であった。
使用するにはギリギリまで接近する危険性があるので、オレにしか使えない戦法である。
「そして、“核”を確実に潰す」
口と頭の一部を破壊され動きが遅くなった三体の霊獣の“核”を一気に斬り裂く。
岩塩鉱山の霊獣との戦いでは、この弱点の存在に気がつくのが遅くなりオレは手こずってしまった。
だが今回は秘密兵器も用意してあり、霊獣も前回よりも明らかに格下の強さ。
三体の狼型の“核”をオレは難なく破壊する。
(残り、二体か……)
オレは三体の霊獣に止めを刺し、リーンハルトたちの援護に向かう。




