第76話:霊獣の包囲網
異形の獣の姿をした五体の霊獣の群れによって、オレたちは包囲されてしまう。
「ちっ……だから姫さん、逃げろって言ったんだぜ……」
帝国の大剣使いバレスは舌打ちをして顔をしかめる。
(なるほど、バレスたちは囮のエサだったという訳か)
その言葉の意味を、オレは理解する。
この五体の霊獣たちはバレスたち調査団を生かしておくことで、囮のエサとして利用していたのだ。
逃亡した兵をわざと逃がすことによって、救出部隊が必ずこの樹海遺跡にやってくる。
それを狙っていたのであろう。
『ギャルル……』
霊獣は値踏みするかのように、こちらを鋭い眼光でじっと観察してくる。
この状況も前回の岩塩鉱山の霊獣と同じ観察行為。
おそらく霊獣独特の習慣なのであろう。
「五体か……ヤマト、どうする?」
「ダンナ……これは、流石にヤバいっすよ……」
騎士リーンハルトと遊び人ラックは、周囲の霊獣をけん制しながら悲痛な声をあげる。
何しろ取り込んでいるのは、あの“霊獣”だ。
それ一体で過去には討伐の騎士団を壊滅させ、その小国ごと滅ぼした恐ろしい存在なのである。
当初の情報では、ここにいるのは三体という話しであった。
だが、それが五体もいるとなると想定外すぎる状況。
二人が悲痛な声をあげるのも無理はない。
「最初は六体が降臨した。一体目はオレが斬り捨てやった。だが、その後はこの有り様だ」
全身傷だらけのバレスは、これまでの戦況を簡潔に説明する。
自分たちが樹海遺跡の小塔に近づいた途端に、六体の霊獣の群れが湧き出てきた。
帝都への伝令兵の突破口を開くために、バレスが霊獣に立ち向かっていったと。
傷だらけになりながら一体目の霊獣を倒した。
だが、それ以降は霊獣たちは距離をとり包囲網を敷いて逃げられなかった、と説明してくる。
「霊獣を倒すとは、さすがは帝国随一の悪童バレスじゃ」
「皮肉はよせ、姫さんよ。今じゃ、オレ様も、この有り様だ」
少女シルドリアの世辞の言葉に、バレスは苦笑いをうかべながら答える。
ヒザン帝国の騎士団長の位にあるバレスに対して、少女シルドリアは遠慮のない言葉だ
そのやり取りを聞いているだけで、この二人が本音で話し合える仲であることが伺える。
「さて、戯言もここまでじゃ」
シルドリアの口調と表情が。真剣なものに変わる。
こちらを値踏みして動かずにいた五体の霊獣に、動きがあったのだ。
一定の感覚で互いに距離をとりながら、オレたち五人に対する包囲網を徐々に狭めてくる。
「ここからは、どうするのじゃ、ヤマト? ……“北の賢者”としてのお前の打開策を聞きたい」
「なに!? 北の賢者だと……〝ウルドのヤマト”か!?」
先ほどから無言を貫いているオレに、シルドリアは助言を求めてくる。
その呼びかけに反応して大剣使いバレスは、オレの存在にようやく気がつく。
〝ウルド村のヤマト”としてオレがこの大剣使いと相対したのは、オルンの街の市場で一度きりであった。
「オルンの市場ぶりか……まさか帝国領で会えるとはな、ウルドのヤマトよ!」
「感激の再会は後にしてもうらおうか、バレス」
バレスがオレに気がつくの遅れたもの無理はない。
何しろ帝国の貴族商人ブタンツを打ち倒した時のオレは、盗賊“山犬団の頭ヤマト”を名乗り完璧な変装していたからだ。
「打開策か……」
オレは状況観察しながら思慮を深める。
騎士リーンハルトと遊び人ラック、それに大剣使いバレスと少女シルドリア……その四人が周囲の霊獣をけん制しながら、オレに次の言葉に注目している。
この四人の勇士から見ても、今の状況は絶望的であり助言が欲しいのであろう。。
何しろ当初三体だと思われていた霊獣は、倍近い五体もおり戦力差は圧倒的に不利。
退避しようにも袋小路となった小塔の広場に閉じ込められた状況で、逃げることも不可能なのだ。
生き残るためには誰かが突破口を開き犠牲になる必要がある……まさに絶望的で窮地であった。
「オレ様が、また突破口を開く。お前たちはシルドリアの姫さんを逃がしてくれ!」
「冗談はよすのじゃ、バレスよ! 兄上に誓ったのじゃ。お前を帝都まで連れて帰るとな」
「ラック、お前だけでも霊獣の包囲網を突破できないか!?」
「リーンハルトのダンナ、申し訳ないっす。オレっちでも流石に、この状況では難しいっす……」
迫り来る驚異の前に、オレの言葉を待たずに四人は口を開く。
大剣使いバレスは少女シルドリアの身を案じながら討議している。
また騎士リーンハルトは身の軽いラックに援軍の案を競技していた。
だが、どの案も確率は低く現実味のないイチかバチかの作戦で、必ず犠牲を伴う危険な策だ。
「ちっ……まじいな……」
「このシルドリア様とも、あろう者が迂闊じゃったのう……」
「リーンハルトのダンナ……」
「ああ……」
五体の霊獣の圧力が迫り、包囲網は狭まってくる。
誰もが打開策を打ち出せずに言葉を失う。
この樹海遺跡に霊獣がいることは知っていた。
だが初見である彼らは、まさかここまでの窮地におちいるとは予想していなかったのだ。
◇
「よし……」
誰もが無言になった、その時であった。
誰かが口を開く。
そう、オレ……ヤマトが言葉を発したのだ。
「分析が終わり、作戦が決まった」
霊獣五体に対するこちらの戦力、その状況の分析計算が終わったのだ。
さすがのオレも今回ばかりは少しだけ時間がかかった。
「バレス、シルドリア、リーンハルトは三人で二体の霊獣を相手しろ。ラックはかく乱だ」
オレは対霊獣用の作戦の指示をだす。
取り囲んでいる霊獣の戦闘力は分析した結果、三人の騎士たちも二体までなら現状でも太刀打ちできる。
ラックは霊獣の背後に回り込み、注意力をかく乱する任務を与える。
「あんだと!? テメェに指図される覚えはないぜ! ウルドのヤマト!」
「なんだ……霊獣の一体程度も相手できないのか? 誇り高き帝国の騎士は」
「あんだと!? 言われるまでもねえ! 上等だぜ!」
食いかってきた大剣使いバレスを、オレは挑発の言葉で鼓舞する。
確かにバレスは全身傷らだけで満身創痍だった。
だがその眼は死んでおらず、むしろオレの言葉により新たなる闘志の炎を宿している。
「リーンハルト、いけるな? オルンを……イシスを守るために」
「ああ……任せておけ、ヤマト! この命はイシス様に捧げる!」
先ほどまで悲観的な表情だった、騎士リーンハルトにも闘志が宿る。
守るべきオルンの街の守るために。
そして、将来的には太守となる少女イシスを守るための近衛騎士としての誓いが。
「すまないが、シルドリアも……」
「ふん! 妾に任せておくのじゃ、ヤマトよ!」
乙女騎士シルドリアは相変わらず勝気な瞳であった。
人外の相手であるはずの霊獣を前にしても、不敵な笑みを欠かさずにいる。
謎の少女ではあるが、こういった状況では頼もしい存在だ。
「ラック、無理はするな。お前が動き回っているだけで、相手の注意力の何割かが削れる」
遊び人であるラックには、無理はさせないように命令する。
こいつは武器を携帯しておらず、直接的な殺傷力を持たない。
だが回避や隠密などの身体能力だけでいったら、他の騎士の三人よりも優れていた。
そんな不気味な存在がいるだけで、霊獣たちの注意力を削れるであろう
「はいっす。逃げ回るのは得意なんの大丈夫っす。でも、残りの霊獣はどうするっか? ヤマトのだんな」
ラックは確認してくる。
包囲網を縮めてくる霊獣は全部で五体であり、騎士たち相手するのは二体。
つまり残りの〝三体もの霊獣”を、誰かが相手しなければならない計算なのだ。
「残りの三体の霊獣か? それはオレが殺る」
「なにっ!?」
「なっ!?」
「なんじゃと!?」
まさかのオレの無謀な作戦に、誰もが声を失う。
古今東西の大陸英雄記の中ですら、たった一人で三体もの霊獣を退治できた勇者はいないからだ。
「無駄口を叩いている暇はない。さあ……きたぞ」
オレのその言葉が合図となり、五体の霊獣の群れとの激戦が幕を開けたのであった。