第75話:樹海の遺跡へ
オレたちは目的地である樹海遺跡にたどり着いた。
「あれが遺跡か……大きいな、ヤマト」
「ああ、予想以上だな」
木陰に身を潜めながら、騎士リーンハルトの声にオレは答える。
その視線の先には、石造りの人工的な建物が広がっていた。
道案内である少女シルドリアから、遺跡についてある程度の情報を聞き出していた。
だが実際に目にしてリーンハルトは驚愕している。
(古代超帝国の遺産か。確かにこの大陸とは明らかに違う文明だな……)
身を潜めながらオレは遺跡の観察をおこなう。
深い樹海をくり抜いたように遺跡は存在している。
皇子ロキの話では二年前のある日、突然この遺跡は樹海の中に出現したという。
規模はちょっとした砦ほどの大きさで、周囲を背丈ほどの城壁によって囲まれている。
外観的には戦に耐えるような防御壁ではなく、警備程度の防壁だ。
(あれは石やセメントでもないな。何だ……壁や建物の素材は……)
遺跡は遠目で見ても判別不能な素材の建築物である。
この大陸の町や帝都でも見たことがない様式だ。
更には現代日本の知識を持つ自分ですら、見たこともない素材だった。
恐らくは古代帝国の時代にしか、製造できない技術なのであろう。
「それにしても……不気味なほど、静かだな」
木陰に身を潜めながら、リーンハルトは周囲の気配を探る。
ここから帝都まで逃げ帰って来た帝国兵の情報では、遺跡の周りには危険が満ちていたという話だ。
その報告は簡潔にすると、次のような内容であった。
大剣使いバレスの護衛する調査団が、遺跡の最深部の建物の到達した時に、その事件は起きた。
三体もの異形の霊獣が、突如として降臨して遺跡を包囲する。
バレスの奮闘によってわずかな退路が切り開かれ、帝都までその兵士は逃げることができたのだ。
だが今の遺跡の周囲には、争いの気配すら感じられなかった。
「だが油断はするな、霊獣はいるぞ」
「そのようじゃな……ヤマト」
「ヤバイ感じがビンビンにするっす……ダンナ」
オレの警告に乙女騎士シルドリアと、遊び人ラックが反応する。
霊獣と相対したことがない二人だが、見えない何を感じているのだ。
岩塩鉱山の時がそうだったが、降臨している霊獣の姿や気配は察知しにくい。
このオレですら直前まで目視は出来なかったのだ。
「時間が惜しい。真っ正面から行くぞ」
警戒する他の三人に声をかけて、オレは遺跡の敷地内に進むことを決断する。
霊獣の気配や姿は未だ感じられない。
それなら逆に正々堂々と、真っ正面から向かっていくのが得策なのである。
◇
樹海遺跡の敷地内を、オレたち四人は警戒しながら進んでゆく。
一番危険がある先頭はオレが進み、最後尾は複合装甲大盾を持つ騎士リーンハルト。
中盤に身の軽いシルドリアとラックを配置した“ひし形”の陣形である。
たった四人の布陣であるが、各々の身体能力や戦闘能力は高い。
この四人であれば、ちょっとした騎士団の包囲網ですら突破できるであろう。
「この先の小塔が……バレスたちが霊獣に包囲された場所じゃ、ヤマトよ」
「なるほど、袋小路の最深部にある、あの塔か」
帝国の乙女騎士シルドリアが、遺跡の地形を説明してくる。
ここを訪れたことがある彼女は、迷路のような遺跡内を最短ルートで案内する。
もちろんその時は霊獣は降臨しておらず、油断はできないルートだ。
「事前に話したが、霊獣が現れも無茶はするな」
周囲を警戒しながらオレが他の三人に、対霊獣用の最終確認を伝える。
霊獣にどんなパターンがあるか知らないが、その戦闘能力は人外の一言に尽きる。
近衛騎士リーンハルトと乙女騎士シルドリアは、確かに人としてはケタ違いなと戦闘能力を有している。
だが“呪い”や不死身といった規格外の異能生物である霊獣に、人としての常識的な比較は意味を成さない。
「万が一に霊獣を戦う時は、必ず〝二対一”で数の優位を保て」
戦闘になった時、リーンハルトとシルドリアは、二人一組のペアで戦うように指示を出していた。
森に入る前の連携確認では二人とも正規騎士同士いうこともあり、かなり息が合っていた。
実戦になれば更にその精度は増すので、霊獣一体ならこの二人でも時間を稼げるであろう。
「確か霊獣は三体っすよね、ダンナ。残りの二体はどうするっすか?」
オレに指示に疑問をもったラックは訪ねてくる。
残る人員はオレとラックの二人しかいないからだ。
「残りの二体はオレが殺る。逃げ回るくらいなら、お前でも大丈夫だろう? ラック」
「はい……逃げ回るのは昔から得意ですが……でも、一人で二体もの霊獣を相手は、いくらダンナでも」
「心配するな。策はある」
無謀な作戦に不安の声をもらすラックに、オレは大丈夫でと伝える。
なぜなら岩塩鉱山の霊獣の戦闘能力を基準にすれば、〝今のオレ”なら二体までは同時に相手にできる計算だった。
前回は霊獣に対してオレは初見であり、装備も今よりも貧弱であった。
そして何より、霊獣の弱点である核の存在を知っている経験値の差は大きい。
核のことは他の三人は伝えてあり対策も練っていた。
それゆえに三体の霊獣が出て来ても、オレは大丈夫だと計算していたのだ。
「我が帝国軍はもちろん、大陸戦記に出てくる英雄ですら、一人で二体の霊獣を倒せたという逸話は聞いたこともない……大した自信じゃのう、ヤマトよ」
「これは自信でも慢心でもない。計算上の結果だ」
半分あきれているシルドリアの言葉を、オレは訂正する。
確かに霊獣は恐ろしい存在である。
だが生物という形を成しているために、その動きや戦い方には限界があった。
霊獣にも関節や五感が存在しており、必ず死角や弱点が存在するのだ。
岩塩鉱山での経験から踏まえて、自分の能力と霊獣の戦闘力を物理学的にオレは計算したに過ぎない。
その計算結果があったからこそ、大剣使いバレスの救出にオレは名乗りを上げたのだ。
「ふむ、学者のように難しい話をするのう、ヤマトは」
「ダンナは“北の賢者”って呼ばれているっす」
「ふむ、そうか。どうりで学があるのじゃ」
シルドリアの疑問にラックが答えている。
一見するとピクニックのような気の抜けた会話であるが、二人とも周囲への警戒は怠っていない。
この辺りは流石といったところだ。
「気を付けろ。着いたぞ」
だが先頭を行くオレは、後方の三人に声をかける。
いよいよ目的の小塔がある場所にたどり着いたのだ。
これまで道中とは違い、塔のある広場の空気は張り詰めていた。
「あれは!?」
中段にいたシルドリアが、いきなり甲高い声をあげる。
「バレス!」
塔がある広場に自軍の騎士の姿を見つけ叫んだのだ。
彼女が駆け付けた先には、全身傷だらけで仁王立ちしている大剣使いバレスの姿があった。
「くっ……シルドリアの姫さんか……ここから早く逃げろ!」
「何を言うか、この阿呆が! 早く兄上の元へ戻るぞ」
駆け寄ったシルドリアとバレスは、何やら言葉を交わしている。
どうやら二人は顔見知りであり、何やら事情がある関係なのであろう。
二人の会話から他の調査団員は塔の中にいて、今のところは無事だという。
だがなぜバレスたちは、この場から逃げ出していなかったのであろうか?
そして……その疑問に対する答えは、直後に出されることとなる。
「お前たち、気を付けろ」
その気配を感じたオレは、この場にいた全員に警告する。
死にたくなければ、これから先は一切の隙を見せるなと。
「なんだと……いつの間に、コイツらは……」
オレの警告に反応した騎士リーンハルトは驚愕の声をあげる。
それに続きシルドリアとラックも周囲に視線をやる。
危険察知能力に優れているはずの彼ら三人が、全く気がつかなかったのだ。
「なるほどバレスは囮のエサだったという訳か。霊獣……それも五体か……」
袋小路になった広場で、救助に駆け付けたオレたちは包囲されてしまったのだ。
異形の獣の姿をした五体の霊獣の群れによって。