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第8話:狩りの秘密兵器

 対大兎ビック・ラビットの実戦でのレクチャーが終わった。


「おお、これはすごいよ!」

「本当にオレたちだけで大兎ビック・ラビットを倒せたぞ!」


 倒した大兎ビック・ラビットの死体を目の前にして、狩人(といってもまだ候補生だがな)の少年少女は興奮していた。まさか本当に自分たちの力だけで倒せるとは夢にも思っていなかった。

 オレの貸し出した“弓”によって、彼らは危険な獣を狩れたのだ。


「ヤマトさま、その弓……クロスボウは本当に凄いですね」


 狩人の少女リーシャは、子供たちが使っているクロスボウの凄まじい威力に驚いている。


 そう……対大兎ビック・ラビット用の狩りのアイデアとして用意したのは、オレが現世日本から持ってきたクロスボウであった。


(趣味で作った物が、まさかこんな異世界で役に立つとはな……)


 このクロスボウはオレの登山用の大型リュックサックに入れてあった物。分解組み立て式でコンパクトに持ち歩くことができるオレのお手製だ。


 アウトドア派なオレは世界各国の中世風の武器に興味があった。

 その中でもクロスボウは特にお気にいりで、試行錯誤して何回も製作している。


 今回のこれはネットや本を見ながら作り上げた最終形態ともいえる自信作。

 材料にプラスチック系は一切使わずに、なるべく中世風の素材である金属や木だけで作った原始的な造りの弓であった。


「本当にコレは凄いですね、ヤマトさま……村にも古いクロスボウはありますが、これほどの威力はありません。それに大の大人でも引くことは難しく使い手を選びます」

「ああ、普通はそうだろうな」


 子ども達が次の大兎ビック・ラビットを倒したのを見て、リーシャは更に感動している。

 狩人である彼女は弓の使い手でありから、このオレのクロスボウのケタ違いの性能に気が付いているのであろう。


(確かにクロスボウの威力は凄いが欠点もある。だからこの異世界では普及発展していないのであろうな)


 引くのに特殊な技術を要する弓とは違い、クロスボウは引き金ひとつで誰でも簡単に発射できる。だが欠点も多い。

 まずクロスボウは連射ができない、巻き上げるのに力と時間がかかる、複雑な製造過程である、などの難点だらけだ。


 それゆえに地球の歴史では他の武器に取って変わられて、いつの間にか姿を消していた。


(オレの作ったコレは材料はシンプルだが、最先端の人間工学と力学の推移を集約した自信作のクロスボウだからな……)


 オレの持ち込んだクロスボウは特別製であった。古来からのそれらの欠点の多くを解決していたから、このように子どもでも扱える。


「よし、また大兎ビック・ラビットを倒したよ!ヤマト兄ちゃん!」

「油断はするな。次矢の装填に早く慣れろ」


 村の子供たちが水鉄砲のように狙いをつけて引き金をひくだけで、ものすごい勢いで弓が発射され、次々と大兎ビック・ラビットを倒していく。実にシュールな光景でもある。


 クロスボウの原理は原始的であるが、破壊力はご覧の通りに凄まじい。

 剛毛で刃のとおりにくい大兎ビック・ラビットですら一撃で絶命させている。矢の種類によって金属の板すら貫通するであろう。

 狙いもつけやすく、祭りの"射的”感覚で簡単に当てることも可能だ。


(まったく我ながら恐ろしい武器を作ってしまったものだ……)


 自分で作っておきながら内心で驚愕きょうがくする。


 このクロスボウは今回が初の実戦であり、前世では違法なので実際に使ったことは無い。

 せいぜい製作して組み立て山奥で試射を繰り返したくらいだ。趣味のレクレーションの一環として。


「このクロスボウがあれば食料や毛皮の確保が容易になりますね、ヤマトさま!」

「ああ、そうだが……」


 隣にいるリーシャは目を輝かせて喜んでいる。

 村に大人がいなくなってからは、自分一人で危険を冒していた狩りの効率がはるかに向上すると考えているのだ。


(だが問題はこのクロスボウの数が一個しかないことだ。材料は木材と金属とげん。オレが原理を教えてやればこの世界でも量産はできそうなんだが……)


 原理さえ分かればクロスボウを作るのはそれほど難しくない。なにしろ地球の歴史でも紀元前の大陸ですでにあったくらいだ。


 だがオレの作ったコレは、連射性能を高めるために“テコの原理”で弓を引く型。その金属製の部分が複雑だ。

 この時代の鍛冶職人の技術がどの程度なのか、それによって量産計画の命運はかかっている。


「そういえばリーシャさん、ウルドの村には鍛冶師はいないのか?」


 隣にいた少女リーシャに尋ねる。

 村には子どもたち以外には老人しかしないが、もしかしたらその中に鍛冶職人もいるかもしれない。あれほどの規模の村ならいるはずだ。


「鍛冶師の方なら村外れに住んでいます」

「ほう、そうか。その者はあのクロスボウを真似して作れそうか?」


「はい可能だと思いますが……その方は山穴やまあな族の老人なので……」

「“山穴族”……だと」


 少女リーシャは説明してくれる。

 “山穴族”は生まれながらに手先が器用で、“鉄と火の神”に愛された少数種族である。多くの者は優れた鍛冶職人や鉱師として大陸各地で生活している。


「ほう、それならば期待はできるな」

「ですが彼らは頑固者であり、独特の“価値観”でしか仕事を受けません……」


 説明の最後の言葉をリーシャは濁す。これには何か事情があるのであろう。“価値観”とはいったい何なのであろうか。


 とりあえず、数日間のイナホン収穫と大兎ビック・ラビット狩りが終わった後にでも、その山穴族の鍛冶師を訪ねてみようとするか。


「よし。クロスボウを射る者を交代しろ。次の大兎ビック・ラビットの群れを狙いに行くぞ。しばらくは慣れるだけでいい。"心”を強くもて」


 クロスボウの破壊力と簡易性に興奮している子どもたちに声をかける。これは誰でも安易に使える武器であり、取り扱いには細心の注意をはらわせていた。


「“しん・ぎ・たい”だね!ヤマト兄ちゃん!」

「しんぎたい!」

「ああ、そうだ。心をまず鍛えて、技と体は次だぞ」


 どんな破壊力のある道具でも、使う者によっては危険な破壊兵器になってしまう。

 “心技体”……この日本の武道の教えを基礎に、オレは村の子どもたちには心構えから鍛えていくつもりだ。


 ありがたいことにウルドの民は、純粋で真っ直ぐな性根をもった素晴らしい民族だ。

 自分たちが餓死寸前でありながらも、旅人であるオレに貴重な木の実をプレゼントしてくれた事からも分かる。


(それにしてもだ……山岳民族ということもあり狩猟に優れているのか、もしかしたらウルドの民は? 子どもたちのクロスボウに対する順応性が高過ぎるな……)


 言葉には出さないがオレは内心で驚いていた。

 初日である今日は、クロスボウの試射のつもりだった。大兎ビック・ラビットが現れてもオレのサバイバルナイフで全て仕留める計画でいた。


「よし、オレも倒したよ!」

「ずるい! 次は僕なんだから!」


 だが村の子どもたちは軽く練習させただけで、いとも簡単に矢を当てている。

 距離感や空間認識能力に秀でているのかもしれない。それでなければ小学生くらいの少年少女がこうも簡単に狩りができるはずがない。

 嬉しいような末恐ろしい子ども達だ。


(やれやれ……これは教えがいがあるというものだな)


 もともとオレはあまり子供が得意ではない。日本にいたときも接しないようにしていた。

 だが真綿のように教えたことを吸収して身につける彼らの成長ぶりに、オレは内心で高揚していた。


 もしかしたら教師という職業はこのような気持ちで、やりがいがのある職業なのかもしれない。


「おいそこ!油断をするな!」

「「うん、ヤマト兄ちゃん!」」


 彼らの素直な返事が心に響く。

 苦笑いを浮べてながら、オレは大兎ビック・ラビットの狩りを教えていくのであった。




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