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第67話:気に入られたモノ

 

 帝国の乙女騎士ヴァルキリー・ナイトシルドリアの剣先を、オレは喉元に向けられていた。


「ヤマト様!」

「ヤマトから離れろ!」


 突然の事態に少女イシスは涙目になり驚き、リーンハルトは傭兵剣の柄に手をやり相手をけん制する。


“待て”


 だがオレは大丈夫だと、それを手で制する。

 無駄に相手を刺激する必要はない。


「ふーん、商人風情の分際で、ずいぶんと余裕があるのう? ヤマトとやら」


 シルドリアと呼ばれた少女は、平然とするオレ態度が気に食わなかったようだ。

 こちらに向けている鋭い剣先を、さらに喉元に押し付けてくる。


 そこから赤々と血が流れ落ちてくる。

 あと数センチ踏み込まれたなら、無防備な頸動脈けいどうみゃくを斬り裂かれオレは絶命するであろう。

 

 だが焦る必要はなかった。


「お前の剣には殺気がない。それでは人は殺せない」


 剣を向けられていたオレは、あえて動かなかったのだ。

 シルドリアと呼ばれた乙女騎士ヴァルキリー・ナイトの抜刀術は、確かに凄まじい剣速であった。

 

 だが明らかに本気の殺意をもっていなかった少女の剣に、オレはあえて動かずにいたのだ。


「先ほどのわらわのタウラスちゃんの殺気に怯まなかった態度といい、この肝の座った有り様。キサマは一介の商人風情ではないな? ……ヤマトとやら」


 赤髪の少女シルドリアは自分の心中を当てられたにも関わらず、嬉しそうな笑みを口元にうかべる。

 その言葉から先ほどの裏口で腐臭と殺気を放ってきた強者タウラスとやらは、この少女の部下であることが伺える。


「オレはただのウルドの村人で商人だ」


 その言葉には嘘はない。

 現世日本にいたオレは登山が趣味なだけの、普通のサラリーマン。

 この異世界に来てからも、北方民族ウルドの村で農業や交易に携わるだけだ。

 

 特に軍事訓練や騎士剣術の稽古を受けてきた経歴はない。

 階級でいえば間違いなく低下層にあたる農民であり商人。


「ふーん、ますます面白い男じゃ……ヤマト」

「すまないが冗談は得意ではない」


 口下手なオレは面白い話などできない。

 先日の大剣使いバレスといい、帝国騎士の冗談のツボは分かりかねる。


 だがそんなオレの弁解には構わず、シルドリアは興味きょうみ津々にオレの全身を見つめている。

 長いまつ毛の奥に光る野望に満ちた瞳は、見とれるほど美しい。


(この少女……シルドリアに似た瞳をどこかで見たことがあるな……)


 異世界からきたオレには、もちろんヒザン帝国に知り合いなどいない。

 だがどこかで見たことがある少女の美しい瞳を、こちらも観察してオレは動かずにいた。

 

 剣を向けられてはいるが、相手は貴族騎士。

 不敬罪に問われる可能性もあるので、こちらからは下手に手を出せない。


「シルドリア様、たわむれも、そこまで。そろそろ城にお戻りください」


 そんなこう着状態を、この館の主である帝国の老貴族ウラドが打開してくれた。


 少し強めの言葉で、やりたい放題なシルドリアをいさめる。

 地位ある貴女様は、今はこのようなやからを相手にしている場合ではない、と釘を刺す。


「おお、そうじゃったな。城に戻って兄上たちのところに行かねば!」


 ウルドの言葉にシルドリアは何かを思い出し、オレに向けていた剣を下げる。

 

 自分の首元から血は流れているが、切れたのは表面の皮一枚で大したケガではない。

 彼女はあの凄まじい剣速で手加減と調整していたのだ。


 それを考えるとシルドリアの剣の腕は、かなりのものである。

 下手したら近衛騎士リーンハルトクラスかもしない。


「ウルドのヤマトとやら、キサマを気にいったぞ。何かあればいつでもわらわの元を訪ねるがよい」

「一方的に気に入られても困る」

「その態度も良し!」


 そう一方的に言い残して、乙女騎士ヴァルキリー・ナイトシルドリアは颯爽さっそうと部屋を立ち去って行った。

 いったい何を考えているか見当もつかない、好戦的な少女であった。

 だが特に悪意がある訳ではなく、無邪気な子供ようにも感じる。


 シルドリアが去り、静けさが戻る。 


「私の知人が騒がせてしまったな……ヤマトとやら」

「気にするな」


 老貴族ウラドは自分の知り合いである少女シルドリアが、斬りかかったことに対して謝罪してくる。

 オレは過ぎたことは気にしない性分だ。


「ふむ。見た目によらず、かなりの豪胆の戦士なのかもしれんな、オヌシは」

「オレはただの村人だ。それよりイシスと話を続けてくれ」


 ウラドは口元のヒゲに手を当てながら、何やら楽しそうにオレを見つめてくる。

 だがオレはそれよりも、本来のこの屋敷に来た目的を果たして欲しい。


「おお、そうだったな。では話を聞こうか、イシス」

「ありがとうございます、ウラド様。実は私たちが内密に帝都を訪れたのは……」


 静かになった応接の間でオルン太守代理の少女イシスと、帝国の老貴族ウラドの話しがはじまる。

 

 一介の村人であるオレは席を外そうとしたが、ウラドから残るように言われた。

 何やら大貴族ウラドに気に入られてしまったようだが、別に大したことでない。

 

 騎士リーンハルトと共に両者の会談の話を後ろで聞くことにする。



 しばらくしてイシスとウラドの話が終わる。


「では帝国の外交官には私から話を通しておこう、イシス」

「はい! ありがとうございます、ウラド様!」


 帝国の老貴族ウラドとの交渉は上手くいった。

 帝都の奥にそびえる帝城に、イシスと共に行ってくれることをウラドは約束してくれる。


愛娘まなむすめ同然のイシスの頼み。断るはずがあるまい」

「本当にありがとうございます、ウラドおじ様」


 イシスの実父と旧知の中であるウラドは、イシスのことも昔から可愛がっていた。

 更に今回は西の大国〝ロマヌス神聖王国”の不穏な動きもある。

 

 大貴族としてウラドは権力を最大限に使い、早急に外交官との会談を調整させるという話だ。 

 滞在時間の限られた自分たちとしては、有りがたい配慮である。


「では……会談の日時連絡をお待ちしております、ウラド様」

「ああ。決まったら連絡の者を送る」


 話し合いが終わり、オレたち三人は館を後にする。

 今日明日きょうあす中にウラドが調整して、交易隊の滞在する帝都の宿屋に連絡がくる段取りだ。

 

 それまでは山場である外交官との会談に対して、いろいろと準備しておく必要がある。

 オレも“北の賢者”として、イシスの相談にのってやる必要がある。



「ヤマトよ……」


 帰り際の、その時であった。

 

 老貴族ウラドが小さな声で、オレを呼び止めてくる。

 何やら個人的な話がある雰囲気だ。


「我々ヒザン帝国は急激にその版図を広げている。勢いはある……だが、それだけに“見えない部分”が出てきた。イシスの護衛を頼むぞ……」


 ウラドは目を細めて、去って行くイシスの背中を見つめていた。

 

 大陸の中央にある貿易都市オルンは、今後の大陸覇権を巡るカギとなる場所。

 それだけに太守代理であるイシスの身は、今後は危うくなる危険性もあると警告してくる。


「ああ。言われるまでもない」


 オレはそう返事をして、ウラドの屋敷を立ち去ってゆく。

 その警句は言われるまでなく、肝に命じている。


 それから翌日にウラドから連絡がある。

 

 更に一日が経つ。

 

 そして、いよいよヒザン帝国の最深部である帝城を訪ねる日がやってきた。


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