表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/177

第66話:帝国貴族

 帝都貴族街の屋敷にたどり着いたオレは、暗闇に潜む異質な殺気に護身ナイフを構える。

 獣の死骸から漂うような死臭が、暗闇の奥から流れてくる。


「リーンハルト、前もこんな感じだったのか」

「いや……こんな〝化け物”はいなかった……」


 腕利き騎士であるリーンハルトも、その異質な存在に気が付いていた。

 

 暗闇に傭兵剣を向けながらリーンハルトは、数年間にこの屋敷を訪れた時のことを話す。

 確かにここの主は変わり者であるが、このような異常な対応はなかったと。


 もしかしたら変装している自分たちを、不審者と勘違いしているのかもしれない。


「ウラド様、イシスでございます! 約束通りうかがいました!」


 リーンハルトの背後にいた少女イシスが、誤解を解くために屋敷の奥に向かって名乗る。

 自分たちは不審者ではなく、ウラドと呼ばれるこの館の主と面識がある者だと。


「タウラス……その者たちを通してもよい」

「…………」


 屋敷の奥から美しい声が流れてくる。

 その命令に反応して〝人ではない殺気”は、スッと暗闇の奥に消えてゆく。

 

 恐らくは自分たちに対する誤解が、解けたのであろう。


「よし、行くぞ」

「はい、ヤマト様」


 先ほどの異様な殺気がいったい何だったのか、見当もつかない。

 だが躊躇ちゅうちょして止まっていたら、何も始まらない。


 オレたち三人は薄暗い裏門から、建物へと向かうのであった。



 広い中庭を通り抜け屋敷に到着したオレたちは、玄関で待機していた執事に案内される。

 紳士的な執事は礼儀正しく、特に怪しいところもない。


「お客様、こちらが当家の主の部屋でございます」


 豪華だが飾り気のない屋敷の中を進み、目的の人物がいる広間へとたどり着く。

 先ほどの裏口の異様な感じとは違い、歩いてきた館の中は普通であった。


 無口だがよく訓練された執事や侍女が、何人も仕えている大きな貴族の館。

 帝国の貴族の基準は分からないが、かなりの上級の地位にあるものだと推測できた。


「失礼いたします、旦那さま」

「おう、入れ」


 部屋の中から低い男性の声がする。

 オレたち三人は執事の空けた扉から、応接間と思われる室内へと入っていく。

 

 部家の中には一人の初老の男が出迎えていた。


「ウラド様、ご無沙汰しております。オルンの街の太守ハジンの娘イシスでございます」

「久しぶりだな、イシス! すっかり大人の女性らしくなったのう」

「いえいえ、まだまだ若輩者であります」


 オレの隣にいた少女イシスは前に出て、室内の中央にいた初老の男に挨拶をする。

 相手の男は気さくな口調であるが、イシスは太守令嬢として節度のある言葉を使っていた。


 今のところは相手には、敵意はないように見える。


(この男がウラド卿か……イシスの父親ハジンの友であり、帝国の大物貴族……)


 部屋の入り口付近で待機しながら、オレは初老の男をそっと観察する。


 ウラドはパッと見は身なりのいい貴族である。

 足運びから恐らくは、武人として実戦をくぐり抜けてきた騎士貴族であろう。

 年老いた今は戦場から身を引き、ここ帝都でゆっくりと暮らしているように推測できる。


(だが……何か……違和感があるな……)


 言葉では上手く説明はできないが、ウラドは〝不思議な気配”を隠している。

 孫娘のような年頃のイシスと、挨拶を交わし笑みを浮べている老人。

 

 だが何やら本性を隠しているようにも、オレは感じる。

 騎士リーンハルトが言っていたように、一筋縄ではいかない人物なのかもしれない。


 イシスとウラドは久しぶりの再会を懐かしんでいた。



「……ウラド様は……今は来客中であります……」


 その時であった。


 背後の廊下から、先ほどの執事の声が聞こえてくる。

 どうやら扉の向こうから、他の誰かがこの部屋に入って来ようとしているようだ。


 オレたちがいるので、執事はそれを静止している。


「いけません……ウラド様に叱られてしまいます……」


 だが執事の静止は無視された。

 フッと人の気配を感じる。


じい、入るよ!」


 乱暴にバタンと扉が開き、その甲高い声と共に人影が姿を現す。

 静止する執事を無視して、応接室に何者かが入り込んで来たのだ。 


「シルドリア様……お部屋で待つように言ったはずじゃが」


 先ほどまでイシスと楽しそうに話をしていたウラド卿は、新しい来訪者に苦い顔をする。

 口調から老練なウラドの方が、身分的には下であることが伺えた。 


「ふん。何やら面白そうな奴らを、わらわも見に来たのじゃ」


 その勝気な口調の人物は、真っ赤な騎士ドレスを着た少女であった。

 貴族令嬢の持つおおぎで口元を隠しながら、小悪魔のような笑みを浮べている。

 

 小柄でか弱い貴族令嬢に見えて、その腰には武人の証である騎士剣が下げられていた。

 帝都に来る道中でリーンハルトから話に聞いていた、帝国軍特有の〝乙女騎士ヴァルキリー・ナイト”なのであろう。


 その乙女騎士ヴァルキリー・ナイトはゆっくりとオレの目の前に近づいて来る。

 燃えるような赤い髪が特徴的な美しい少女だ。


「特に……商人風情な分際で……わらわのタウラスちゃんの殺気に、怯まなかったお主じゃ!!」


「きゃっ……ヤマト様!!」


 シルドリアと呼ばれた少女がいきなり引き起こした光景に、イシスの悲鳴が室内に響き渡る。


〝待て”


 涙目になる少女イシスと、剣の柄に手をやる騎士リーンハルトを、オレは大丈夫だと手で制する。


(抜刀術か……凄まじい速さだな……)


 オレは流血しながら心の中で感嘆する。


 いつの間にか抜剣された乙女騎士ヴァルキリー・ナイトシルドリアの剣先が、オレの喉元からうっすらと血を流させていたのであった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ