第65話:繁栄ある都
オルンの街を出発して荷馬車に揺られること十数日、オレたちはヒザン帝国の首都“帝都”に到着した。
堅牢な城壁の城門で手続きを終えて、ウルドの交易隊は都の中の大通りに進んで行く。
通りには整然と石畳が敷かれ、荷馬車が数台並んで走れるほど交通網が整備されていた。
「これが帝都か。やはり大きいな」
「西のロマヌス神聖王国の“聖都”と双璧をなすのが、この帝都でございます。ヤマト様」
御者台で隣に座る少女イシスから、荷馬車を進めながら情勢を聞く。
オルン太守の代理を務めるイシスは、幼い頃から太守となるべく英才教育を受けてきた。
一見するとおおらかで天然な雰囲気があるが、その知識の経験は意外なほど豊富である。
「ずいぶんと活気がある都だな、帝都は」
「ヒザン帝国は近年、大陸で勢いがある国の一つ……こうして目にすると凄いです」
交易都市として栄えているオルンも、決して小さい街ではない。
だがその何倍もの規模で広がっている帝都は、まさに圧巻大の雰囲気である。
帝国は大陸の東端にあり、お世辞に土地は肥えておらず生産力は低い。
ゆえに昔から周辺諸国を占領して、そこからの税や献上品で栄えていた。
〝皇帝”と呼ばれる支配者が代々統治しており、その座は世襲制度で継承される。。
そんな中でも今の皇帝は、歴代での中でも武人として優れた覇者という噂だ。
積極的に遠征を繰り返し、帝国の版図を史上最大規模まで拡大中である。
今も南部にある諸部族を攻め落とすために、皇帝自らが大軍を率いて遠征しているという。
(確かに帝国は栄えている……だが同時に〝危うい空気”が帝都を被っているな……)
街の様子を観察しなら、オレはそんな分析をする。
ここまでの道中で見てきた情報で、帝国は確かに凄まじい勢いがあった。
ライバルであった周辺諸国を次々と占領し、連戦連勝の勢いはとどまることを知らない。
あと数年もすれば中央平原まで勢力は及び、戦いの前線は貿易都市オルンまで到達するであろう思われる。
(だが、城門兵……憲兵……それに道中の砦にいた守備兵団。それらの全てに意思統一の無かった……)
帝国の兵士たちは勢いがあり、実戦による鍛錬も積まれている。
だが各地各部隊の統率に微妙な温度差があったのだ。
これはオレが交易商人として、彼ら兵士たちと何気ない世間話をして情報を仕入れたものだった。
『さすがは帝国の皆さまです……ところで最も勇猛果敢な将軍・騎士様といえばどなたが……?』
『さすがは帝国の皆さまです……ところで跡継ぎを含めて帝国の未来も安心ですね……?』
各地の兵士たちと自分は、そんな何気ない日常会話をしてきた。
オレからの差し入れを受けた下級の兵士たちは、誇らしげに帝国軍内の色々な情報をオレに教えてくれた。
まさか問いかけの中に心理学的な仕掛けがあり、分析されていたとも知らず。
(まさか大学で習った心理学がこんなところで役立とうとはな……)
それに加えて帝都内の空気を肌で感じ、オレの情報分析はかなり正確性が増してきた。
これは今後のオルンと帝国との秘密会談の場で、切り札として役立つかもしれない。
「まずは宿に向かいましょう、ヤマト様」
「イシスの顔なじみの宿とやらか?」
「はい、あそこな無用な面倒もございません」
今回のオルン太守代理の少女イシスの訪問は、非公式なものである。
大きな上級宿に泊まれば、それだけ表に明るみになりやすい。
そこで今回はオルン出身の者が経営する、街外れの小さな宿に泊まる手はずをしていた。
そこならばイシスや近衛騎士リーンハルトの身元がバレることなく、帝国の外交官と交渉が可能だ。
「リーシャさんは帝都の市場の出店の申請をしておいてくれ」
「はい、ヤマトさま。そちらは任せてください!」
ウルド交易隊が帝都を訪れた表向きの理由は商売である。
村長の孫娘リーシャに、オレが離れている間の指示をだしておく。
彼女や子ども達には宿泊の手続きをしてから、帝都内に数ある広場の一つの市場で露店を出してもらう。
目的は荷馬車で運んできた村の特産を売ることであり、実はヒザン帝国の市場調査も兼ねている。
市場というのは物だけではなく、あらゆる情報が集う場所なのだ。
「そういえばラックさんが……いませんね? ヤマトさま」
「あの男の事は放っておけ」
リーシャは今気がついていたが、自称遊び人ラックは帝都にオレたちと入ってから、すぐにその姿を消していった。
一行の中ですぐに気がついたのはオレだけ。
腕利きの騎士であるリーンハルトですら、しばらくしてから消えたことを察知していた。
それを考えるとラックの気配を消す技術は、かなりのものなのであろう。
(ラックは帝都に来たことがある、と言っていたな……)
恐らくはラックなりの考えがあり、今回の離脱と単独行動なのであろう。
どうせ機が来たら、何気ない顔でひょっこり帰って来るに違いない。
「よし。では行くぞ」
「はい、ヤマト兄さま!」
「うん、ヤマト兄ちゃん」
「わかった……兄上さま」
ウルドとハン族・スザクの民の子どもたちは、長旅の疲れも全くなく元気である。
こうしてオレたち一行は宿を目指すのであった。
◇
宿で宿泊の手続きを終えたオレたちは、二つの班に分かれる。
「ではリーシャさん、市場の露店の方は頼むぞ」
「はい! お任せください、ヤマトさま」
宿屋を通して商工キルドに申請した市場への出店は、無事に完了した。
その露店の運営はリーシャと村の子供たちに任せる。
彼女たちはオルンでも露天を経験しているし、いざという時の護身の戦闘術も有する。
オレがいなくても自分の身は守れるであろう。
逆に子供たちには過剰防衛をしないように、念を押しておく。
「ではオレたちも行くぞ。イシス、リーンハルト」
「はい、ヤマト様」
「ああ。道案内は任せておけ、ヤマト」
オレは少女イシスと騎士リーンハルトの三人で、とある場所に向かうことにする。
むかうは裏から帝国の外交官と、交渉のパイプを繋げられる人物のもと。
数年前にもイシスとその父・リーンハルトと会い、面識がある者の館だという話だ。
今回は内密の外交ということもあり、帝都の奥にある宮殿に正面から面会を申し込む方法が採れない。
それゆえ少し遠回りの段取りとなる。
◇
三人で帝都の大通りを進み、上級貴族の住む館の一角へと向かう。
オレは商人風な格好、イシスは商家の令嬢風、リーンハルトは傭兵風な変装をしている。
特に違和感はなく完璧な変装であろう。
「この先の館です、ヤマト様」
「貴族街にしては随分と薄暗い裏路地だな」
「少し変わった御仁でな……ヤマトも会えば分かる」
リーンハルトの話では、これから会いに行く人物は帝国の貴族の一人でありながら、少し変わった人物だという。
その為、騎士リーンハルトの顔にも緊張の色が見える。
「“変わった御仁”か。確かにそのようだな……“これ”は」
「くっ!? イシス様、私の後ろに!」
目的の屋敷の裏口にたどり着いた、その時であった。
異質で異様な殺気を感じたオレとリーンハルトは、武器を構える。
「“人”ではなさそうだな、コレは」
屋敷の裏口の暗闇に潜む異質な殺気に、オレは最大級の警戒を敷くのだった。