第64話:帝都へ
広大な大陸を石畳の街道が東西にのびている。
この街道は古代の“超帝国”が数多の奴隷を使役して、大陸各地に敷いた街道の一つ。
西の肥沃な地域からは、穀物や香辛料などの特産品が商隊に運ばれて東へ向かう。
反対に土地が貧しい東方からは、鉄鋼石や加工品などが運ばれていく。
この歴史ある街道は流通の要であり、異文化の交わる道として現在も重要な役割を担っている。
そんな東西街道を東に向かう集団があった。
集団は中央に数台の荷馬車を配置し、周りには護衛の騎馬隊の姿も見える。
着ている民族衣装から推測するに、恐らく北方の山岳部から来た農民か交易商人であろう。
数台の荷馬車に珍しい特産品を満載しており、街道の先にある“帝都”に売りにいく道中かもしれない。
パッと見はどこにでもいる田舎から出てきた交易商隊であり、他の商人や巡礼者たちは違和感なくすれ違う。
たとえ護衛の乗る馬と荷馬車を引く馬が全て幻の名馬“ハン馬”であり、商隊員が幼い子どもだけの一行だとしても。
その一行――――ウルド交易隊の偽装工作は完璧であった。
◇
「ヤマト兄さま。もう少し東に行くと大きな街がありました」
「偵察ご苦労様だ、クラン」
「心づかいありがとうございます、兄さま!」
ハン族の少女クランが率いる偵察騎馬隊が、オレの乗る荷馬車まで戻ってきた。
前方や周囲には怪しい影はないと報告を受ける。
それでも先頭の荷馬車を操るオレは、油断はせずに周囲を警戒するように皆に指示をだしておく。
「いよいよ帝都でございますね、ヤマト様」
「ああ、そうだな。ここからが本番だな、イシス」
「はい! よろしくお願いいたします」
御者台で隣に座る少女イシスは、真剣な表情で身を引き締める。
変装しているが彼女はオルンの街の使節団代表としての責任があった。
帝都に着いたら帝国の外交官と極秘交渉の任務があり、何が起こるか予想もできない
オルンからここまでの道中は、何事もなく順調に進んできた。
普通の交易商隊として途中の都市や宿場町宿をとり、日数をかけて帝都まであと少しとなる。
イシスの偽造発行してくれた交易許可証でのおかげで、各国の国境検問は無事に通過してきた。
許可証がなければもう少し時間がかかっていたであろう。
「ヤマト……帝都はオルンとは違う。気をつけていくぞ」
「分かっている、リーンハルト」
近衛騎士リーンハルトからの忠告に、オレは任せろと返事をしておく。
リーンハルトは護衛の騎馬傭兵に変装しており、オルンの騎士の身元を隠していた。
今回の一行の中で帝都に行った経験があるのはリーンハルトとイシス……あとは荷台で車酔いしている山穴族の老鍛冶師ガトンを合わせた三人だけだ。
見知らぬ大都市での案内役としては、彼らの情報は当てにしている。
「オレっちも帝都に行ったことがあるっす! ヤマトのダンナ!」
「そうだったな。忘れていた」
「そんな酷いっすよ、ダンナー」
そういえば後ろの荷台で騒いでいる自称遊び人ラックも経験者だった。
本来ならばラックはウルド商店の責任者で留守番なはず。
だが従業員たちに留守の間の指示をだし、店を抜け出してついてきた。
軽薄なイメージがあるラックだが、その指示は見事なほど的確。
ウルド商店のことは雇った従業員たちを信頼して上手く任せている。
相変わらず正体不明な部分が多く、マルチな才能の持ち主だ。
「私は帝都は初めてです。緊張してきました……ヤマトさま」
「オレがいるから大丈夫だ。リーシャさん」
「はい……ありがとう!」
御者台でオレの隣に座る少女リーシャは、表情に軽く笑みをうかべる。
大陸でも最大規模の“帝都”は、北方民族の民にとって不安な場所なのであろう。
ちなみに彼女はオレを挟んで、イシスと反対の御者台に座っている。
三人で御者台に座るのは狭いのだが、リーシャはどうしても座ると譲らなかった。
「リーシャ姉ちゃんが不安なのも仕方がないよ、ヤマト兄ちゃん!」
「帝都は凄い大都市だって聞くしね!」
「そうそう!」
後方の荷馬車に乗っているウルドの子供たちは、相変わらず無邪気な笑みでおしゃべりをしていた。
それでも監視の目はしっかりと周囲に向けられ油断は無い。
ちなみに今回の交易隊で連れてきたメンバーは少数精鋭にしている。
村長の孫娘であるリーシャとオレが交易隊の責任者となり、荷馬車にはウルドの子供たちを選抜して乗せてきた。
護衛騎馬隊のハン族の子供たちも、少女クランと他の数人だけに抑えている。
また先日の奴隷商人から助け出した、〝スザクの民”の子供たちの中からも数人だけ連れてきた。
(村の方も大丈夫であろう……)
残りの者はウルドの村の仕事や巡回・防衛の任務を言いつけてきた。
最近は村の周囲には危険な存在はなく、田植えも終わったばかりなので、残る者たちだけで大丈夫であろう。
オルンと帝都の往復は結構な日数がかかるが、オレたちがしばらく村を離れても心配はない。
◇
それからしばらく街道を東へ向かう。
「ヤマト兄さま! 帝都が見えました」
「ああ。こちらからも確認できる」
騎馬偵察してきたハン族少女クランから報告があり、オレも目視できた。
目的地である帝国の首都“帝都”が、進行方向に見えてきたのだ。
(帝都か……何やら嫌な“空気”が漂っているな……)
遠目に灰色の帝都城壁を見つめながら、オレは心の中でつぶやくのだった。