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第62話:商店


 春の忙しい田植え作業がちょうど終わった頃。

 交易都市オルンにいる自称遊び人ラックからの手紙が届く。

 

 ウルドの特産品を満載した荷馬車隊で、オレたちは村を出発することにした。


「ヤマトさま、オルンの街が見えてきました」

「ああ、懐かしいな」


 荷馬車に揺られること数日、交易隊はオルンの街に到着する。

 街の中に入りオレたちが真っ先に向かったのは、市場バザールにほど近い裏路地にある小さな商店だ。


「いやー、久しぶりっす。ヤマトのダンナ!」

「久しぶりだな」


 商店の裏口でラックが出迎える。

 相変わらず軽薄そうな口調だが人懐っこい笑みだ。


「リーシャちゃんも久しぶりっす。あれ? なんか大人な感じで綺麗になりましたか?」

「ありがとうございます。先日で十五の歳になりました。でも、褒めても何もありませんよ、ラックさん」


 同行してきた村長の孫娘リーシャは、ラックに褒められ満面の笑みを浮べている。

 十五歳は早く大人になりたい年頃。恥ずかしがりながら喜んでいた。


「ラックのオジサン、ちゅーす!」

「無職なオジサン、ちゅーす!」


「おっ。ちびっ子たちは元気っすね。そして、オレっちは、遊び人であって無職じゃないっす」


 相変わらずラックは子供たちにも人気があった。

 軽薄だが不思議な魅力の持ち主で、誰とでもすぐに仲良くなれる。


「挨拶はそこまでだ。荷馬車から荷物を倉庫へ搬入するぞ」

「うん、わかった。ヤマト兄ちゃん!」

「よし、みんなやるぞー!」


 感動の再会もそこそこに済ませて、村から持って来た商品を降ろす作業にとりかかる。

 革製品に陶器や織物生地と、山岳民族であるウルドの独特の工芸品を次々と運んでいく。

 

「ウルド商店の方は順調みたいだな。ラック〝店長”」

「はいっす! お陰様で売れ売れです、ヤマトのダンナ。それから〝店長”って呼ばれるのは、なんか照れるっす……」


 オルンの裏路地にあるこの商店の運営はラックに任せていた。


 商店は昨年の冬前から試験開業して、つい一ヶ月前の春先から本格営業をしている。

 ウルドの村で生産した工芸品を、ハンが引く高速荷馬車ハイ・キャラバンで運び込み売るスタイルだ。


 山岳民族ウルドには高品質で独特の加工文化があり、その工芸品は街の住人から人気を博した。

 荷馬車隊が田植え前に運び込んだ商品も飛ぶように売れており、店舗の方へと補充を急ぐ。


 ラックと会話をしながら、店舗内にチラリと目を向ける。


(それにしても……あの薄暗くて汚れていた店舗内が、こうも見事な商店になるとはな……)


 店舗内はオレが最後に見た数か月前にから一変していた。


 約十坪ほどの小さな店内には、ウルドの特産品が所狭しと陳列されいる。

 今は午前の買い物客で賑わっており、臨時で雇っている店員たちが対応に追われていた。


 商品の値札の他に手書きの説明文も書かれており、北方民族であるウルドの文化を付加価値として紹介している。

 また狭い店内でありながらも動線が確保されており、買い物客はストレスなく商品を見て会計場と進んでいた。

 

 これは商業マーケティングが進んだ現代日本から来たオレの目から見ても、合理的で見事な店舗経営であった。


「さすがだな、ラック」

「そんなことないっす。たまたまっす」


 店長としての店舗運営を褒めてやると、ラックは頭をぽりぽりかく。

 オルンの流行りの店を見て回り、それを参考にしているに過ぎないと謙遜けんそんしている。


(ただ者ではないと思っていたが……こうも見事だとはな……)


 店舗内を観察しながら内心でラックに対する評価を上げる。


 自称遊び人であるラックとは数か月間の秋に、オルンの街の市場バザールで偶然出会った。

 軽薄な口調でいつもぷらぷらしていた定職に就かない自由人。

 だがそれでいてオルンの太守代理の少女イシスと交流があったり、街の裏の情報にも通じており底が知れない男である。


 更には帝国の大剣使いが放った“魔剣”の一撃から、目にも止まらぬ俊敏性で子供を救いだしてくれた。

 本人は『オレっちは戦闘能力は皆無っす』と宣言していたが、本当に謎の多い男だ。


 それでもラック本人に対して、オレは詮索せんさくするつもりはない。

 人は誰しも〝他人に知られなく秘密”を持っているものだ。

 本人からの告白がない限りは探る趣味はオレにはない。


「そういえば情勢はどうだ?」


 最近のオルンの周囲の情勢を、情報通であるラックから聞く。

 話し場所を店の外の裏路地へと移動して、周りに誰もないのを確認する。


「そうっね……帝国は大人しいですね……」


 オルンから街道を東に進んだ先には大国〝ヒザン帝国”がある。

 秋にはイシス誘拐騒動もあったが、今のところは急激に進軍してくる様子はないという。


 帝国は南方の蛮族遠征に戦力を向けており、こちらまで騎士団を向ける余裕がない。

 だが南部遠征が終わった後には、このオルンを含む都市国家群へ侵攻してくる噂があるという。


「あとは西の“神聖王国”の連中が、オルンに出入りしているっす……」


 大陸の中央草原にある貿易都市オルンは、東西を二つの大国に挟まれている。

 東方には先ほどのヒザン帝国。

 そして西方には会話に出てきた大国“ロマヌス神聖王国”であった。


「ロマヌス神聖王国か。狙いは何だ?」

「いやー、そこまでは“まだ”分からないっす。分かったら連絡するっす」


 自称遊び人であるラックの情報網は底が知れない。

 “まだ”ということは、近いうちに正確な情報を仕入れる当てがあるのであろう。


「なるほどな」


 今のところは東西に急を要する動きはない。それもいつまで続く分からないが。



「ヤマト様!」


 その時であった。


 裏路地に少女の美しい声が響く。

 騎士の馬から降りた一人の少女が、こちらに駆けよって来る。


「イシスとリーンハルトか」

「久しぶりだな、ヤマト」


 駆けつけて来たのは近衛騎士リーンハルトと太守代理の少女イシスの二人であった。

 ラックからオレたちの到着の報告を受けてきたのだという。


「ご無沙汰しております、ヤマト様!」

「ああ。暗い顔をして、どうしたイシス?」


 少女イシスは前と同じように元気を振る舞っていた。

 だが瞳の奥に何やら暗い影があったのを、オレは見逃せない。


「さすがヤマト様……気がつかれましたか。実は困ったことが起きてしまい、相談したくて参りました……」


 イシスは口を開き、オルンの街に迫り来る問題を打ち明けるのであった。




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