第59話:救出
奪還戦は終わった。
「ひっ、化け物だ!? 」
「退却だぁ!」
奴隷商人を守っていた傭兵たちは、悲痛な退避の号令と共に散り散りに逃げていく。
敵前逃亡は傭兵にとって重大な契約違反になるが、誰もが金よりも自分の命が一番である。
「副団長、あの商品は!?」
「そんなの放っておけ! 早くしろ!」
特に今回は依頼人である奴隷商人は既に〝ものを言わぬ死体”となっており、傭兵たちは命をかけて商品を守る義理はなかった。
それにしても“化け物”とは、もしかしたらオレのことであろうか。
確かに自分は単騎で傭兵団の中に突撃して、十数人の傭兵と馬車の中の奴隷商人を打ち倒した。
その後も襲いかってきた“団長”と呼ばれる大斧使いと、数人の傭兵たちを全て返り討ちする。
だが突撃の直前に降伏勧告をおこない、無駄な抵抗は控えるように慈悲は与えたはずだ。
それにも関わらず人を“化け物”扱いするとは失礼なことである。
「逃げていく奴らはどうします? 兄さま」
「追撃は不要だ。檻馬車ごとこの場を離脱する」
「はい!」
辛うじて義理が固く残る傭兵も、ハン族の少女クランの率いる軽弓騎馬隊の馬上弓術の前に息絶えていた。
目の前の国境沿いの街道には、傭兵たちの無残な死体が横たわっている。
この場に動いている者は、自分たちしかいない状況だ。
「よし、“山犬団”撤収するぞ」
子供たちの乗った檻荷馬車の摂取に成功したオレたちは、国境警備兵団が来る前にこの場を離脱することにした。
◇
「ここまで来れば大丈夫だ」
襲撃場所からかなりの距離を移動した。
オレは同行している村のみんなに警戒解除を指示する。
「ふう、ようやくか」
「黙っているのも疲れるよね」
荷馬車隊のウルドの子供たちは、一斉に口を開き雑談をはじめる。
もちろん周囲の警戒は怠っていないが、それでも幼い子どもはおしゃべりが好きなのであろう。
「オレもヤマト兄ちゃんの突撃を見たかったなー」
「ヤマト兄さまの戦う姿は、本当に凄かった……〝動き自体が見えない”とはあの事だ」
「本当かよ!? オレたちも見たかったなー」
遅れて合流した弩隊の子供たちは、ハン族の少女クランの語り話をうらやましがっている。
どうやら先ほどの奴隷商人に単騎で突撃した、オレの戦いについての話らしい。
ちなみに助け出した子供たちは、今は合流したウルド荷馬車隊に移し替えて移動している。
奪取した檻荷馬車は山中に破棄して証拠隠滅。
これで強奪の足がつく心配もなく、安心して村まで帰ることができる。
「“この子たち”も村に連れて行くのですね、ヤマトさま」
「ああ。こいつらが自分で決めた選択だ。ハン族の子供たちと同じように、移民として村で迎え入れる」
「さすがです、ヤマトさま」
ウルド荷馬車隊に力なく乗っている子供たちを、少女リーシャは心配そうに見つめる。
子供たちとは救いだした“魔じり民”の子たちのことだ。
救出した後にオレは問いかけて、今後の選択をさせていた。
『生まれ故郷に戻るか? それともオレたちと一緒にウルドの村に行くか? 』の二択を。
「みんな殺された……」
「トト様もハハ様も……」
その話によると“魔じり民”の大人たちは、先ほどの奴隷商人の傭兵団によって皆殺しにされていた。
故郷に戻っても、孤児となった彼らに生き残る力はない。
そこで全員の意思でウルドの村に行くことになったのだ。
今は家族を失った悲しみで、子供たちの誰もが下を向いてうなだれている。
だがウルドの村へ行き普通の暖かい生活と仕事を与えてゆけば、ハン族の子供たちと同じように徐々に回復してゆくであろう。
まだまだ戦乱の世でもあるこの異世界の人々は、たくましく生きており苦難や逆境に強いのだ。
「また村に〝子供たち”が増えすね……ヤマトさま」
「ああ、そうだな」
村長の孫娘であるリーシャは、優しい瞳で子供たちを見つめている。
最初からいたウルドの子供たちに、風車小屋の山賊から助け出した数十人のハン族の子供たち。
そして今回の数十人の“魔じり民”の子供たちが加わり、ウルドの村の子供率はかなり高い。
他に大人でいるのはウルドの民の老人たちと、岩塩鉱山に戻って来た山穴族の老人だけである。
まともな働き手である成人は少女リーシャと、別世界から来たオレの二人だけ。
普通に考えたらあり得ない人口比率の偏りがある。
「新しい住居と衣類、それに食料の再計算もしなければなりませんね……」
「ああ。すまないがよろしく頼む、リーシャさん」
村の子供たちは誰もが働き者であり、身体能力も高い。
だが精神年齢はまだ幼い部分もあり、最終的な村の判断はオレとリーシャに委ねられている。
それだけに今後の村の運営計画の気苦労は、さらに多くなっていくであろう。
「私は子供好きなので大丈夫です……ヤマト様と同じで」
「すまないが、オレは子どもの相手は得意ではない」
日本にいた時から、自分は人付き合いが苦手であった。
その中でも特に、小さな子供たちと接するのは最難関であり苦難。
自分が近づいて行くと近所の幼稚園児は泣き、頑張って笑顔をしてみると逃げ出された……そんな苦い記憶がよみがえる。
「確かに最初に村に来た時のヤマトさまは、近寄りがたい雰囲気がありました。でも今は、誰よりも村の子供たちに愛されていると思います」
そう語りながらリーシャは荷台にいるウルドの子供たち、そして周囲を護衛しているハン族の子供たちに視線をむける。
「そうか……なら、もう少し〝笑顔”の練習でもしておくか」
そう答えながら、オレは口角をあげて目元に笑みを浮べてみる。
日本にいたときに読んだ、対人関係改善書に書いてあった笑顔の基本動作だ。
「うわっ!? ヤマト兄ちゃんが凄い顔に!?」
「どうしたの!? みんな隠れるんだ!」
「ぷぷっ、凄い顔!」
どうやらオレの笑顔のスキルのレベルは、まだまだ低いようである。周りの子供たちが一斉に反応する。
(オレもまだまだ未熟だということか……)
こうして新しい住人を乗せた荷馬車と共に、オレたちはウルドの村へ帰還するのであった。




