第57話:見過ごせぬ状況
初春の巡回をしていたオレは、村で建設中の施設を視察に行くことにする。
村内の山側で改築中の建物に、オレと村長の孫娘リーシャはたどり着く。
「ここは……本当に不思議な場所ですね、ヤマトさま。この煙と臭いが……」
「そうか、リーシャさんは硫黄臭には慣れていないか」
「“いおう”……ですか」
「ああ、温泉の泉質の一種だ」
「“おんせん”……ですか」
会話にあるように建設中の施設は〝温泉”であった。
これは岩塩鉱山の地脈を調べていた時に、偶然に発見したものだ。
もともとウルドの村の周囲には温泉はなかった。
だが霊獣を倒して取り戻した岩塩鉱山を調査していたら、ウルドの村の地下にも温泉の断層があることが分かった。
これは移住してきたガトンの仲間である、山穴族の老人の一人が見つけたものである。
「おう、ヤマトの大将か! 視察かい? こっちは順調だぞい!」
「ああ、無理はせずに続けてくれ」
温泉小屋の地下で採掘をしていたその老人が、ひょっこり顔を出して挨拶をしてくる。
この老人は代々鉱山や水脈を掘り当てる家系で、こうした地下水や温泉を掘り当てる職人でもあった。
「たどり着くまでは、どのくらいかかりそうだ?」
「うーん、そうじゃな……“イナホンの田植え”が終わった頃には、温泉層にたどり着くはずじゃぞ」
「そうか。何か必要なものがあったら遠慮なく言え」
「それは助かる。じゃあ、また掘ってくるぞい!」
そう言い残し、老山師は自分が垂直に掘り下げた穴の中へと降りてゆく。
上からのぞき込むと底が見えない真っ暗な竪穴である。
信じられないことだが、この深さの穴をたった一人で掘っているのである。さすがは大地に愛された山穴族といったところか。
「ヤマトさま……この“おんせん”というのは、何のために掘られているのですか?」
一連の会話を聞いていた少女リーシャは、不思議そうな顔をで訪ねてくる。
水豊かなウルドの村では〝水浴び”はいつも行われている。
だが地下から掘り出した〝異臭のする熱いお湯”をどのように利用するか、彼女は想像もできないのだ。
これは他の地でも同じである。
昨年に尋ねたオルンの街でも、共同サウナ場はあっても大浴場の温泉場はまったく無かった。
おそらくは地形や文化の違いで、〝温泉”と概念がまったく無い世界のであろう。
「温泉を掘る理由か。こればかりは説明しずらいな。だが“いいもの”だ」
「いいもの……ですか」
日本人である自分は風呂好きであり、温泉好きであった。
山岳地帯で水がキレイなウルド式の水浴びも確かに悪くはない。
だが日本人として、やはり刺激のある温泉に入りたいのである。
「ヤマト様がそこまで言うのなら楽しみですね……“おんせん”の完成が」
「ああ、楽しみだな」
今のところは岩場を利用した、露店風呂の湯船の準備は完成していた。
あとは先ほどの老山師が、温泉の水脈にたどり着くのを待つだけだ。
もうすぐ米類の“イナホン”の田植えの作業もあり、また忙しくなりそうである。
◇
「ヤマト兄さま! ここにいたのですね!」
そんな時であった。
村の巡回をしていたオレのもとに、駿馬を駆ける少女がやってくる。
「クランか。どうした、そんな急いで」
やって来たのは村で一緒に暮らしている、ハン族の族長の血族である少女クランであった。
草原の民である彼女は、見事な操馬術で馬から降りてくる。
たしか今日はハン族の軽弓騎馬隊を率いて、村の南方の巡回パトロールに行っていたはずだ。
「怪しげな集団を発見しました。それで兄さまに報告に……」
オレが製作したウルド近隣の地図を広げて、少女クランはその場所を指し示す。
場所的にはハン馬の馬脚ならすぐに行ける場所であった。進行方向はこちらではなく、裏街道を南西方に向かっている一向だという。
「進行方向と距離的に“敵”ではなさそうだな」
敵とはこの村に害をなす存在である。
相手は武装した護衛を含む集団。こちらに害がない限りはオレは手を出すつもりはない。
クランをはじめ、村のみんなにもそう伝えていたはずである。
「はい、そうなのですが……奴らは奴隷商人でした。それも子供を専門に扱う悪徳な……」
少女クランは美しいその顔をゆがめながら報告してくる。
その武装集団が運んでいたのは、檻車に入れた幼い子ども達であったと。この平原でも悪名高い奴隷商人であると。
自前の傭兵団で珍しい民族を襲い、子供以外を殺戮する残虐非道な商人なのだ。
それで急いで報告に戻って来たのだ。
「しかも……子供たちは“魔じり民”ばかりでした……」
「“魔じり民”だと」
その名は聞いたことがある。
何でも突然変異のような状況で生まれる、不思議な力をもった民だという。
それゆえに忌み嫌われ差別されて、辺境の地で人知れず暮らしている幻の民、という話であった。
その子供たちが薄汚れ痩せこけた状態で、奴隷商人に輸送されていたと報告してくる。。
「ヤマトの兄さま……」
クランたちハン族の子供たちも、ウルドの村に来る前は風車小屋の山賊に捕まり、奴隷商人に売られる直前の危険な状況であった。
おそらくはその時に辛く記憶が甦っているのであろう。彼女の声は終始震えていた。
「大丈夫だ、クラン」
涙目になっている少女の頭を撫でて声をかける。このオレにすべて任せておけと。
「その子供たちを助けに行くぞ。クラン、リーシャさん」
「あ、ありがとうございます! 兄さま!」
「はい、ヤマトさま!」
「時間が惜しい。クランの軽弓騎馬隊で行くぞ)
「はい!」
こうして残虐非道な奴隷商人に連れ去られた“魔じり民”の子供たちを、オレは救い出しに行くことになった。




