第56話:女の子たしなみ
初春の巡回をしていたオレは、村の新しい施設に向かった。
村の中を流れる小川沿いに増築した建物に、オレと村長の孫娘リーシャはたどり着く。
「これはリーシャ嬢ちゃんに、ヤマト殿」
「あら二人仲良く、視察ですかい?」
「ああ、見させてもらう。気にしないで続けてくれ」
こちらに気がついた村の老婆たちが声をかけてきたが、引き続き作業を続けるように指示する。
〝二人仲良く”は引っかかる言葉だが、確かに二人で行動することは必然的に多いので、特に気にしないでおく。
「“織物工房”……ついに本格的に始動しましたね、ヤマトさま」
「ああ。まだ試作段階だが、順調なようだな」
工房内の様子を見ながらリーシャは感動していた。
広めの室内には、彼女がこれまで見たことがない紡毛機と織物機が並び、規則正しく心地よい音を響かせていた。
「この目で見ても未だに信じられません……この織物を〝たった一人”でこれほど早く編めるとは……」
村の老婆と子どもたちが扱う織物機を見つめながら、彼女は言葉を失っている。
「“飛び杼”とこの新しい織物機があれば、これまで数倍の早さになるはずだ」
「数倍も……さすがヤマト様です!」
リーシャが感動している工房内の機器はオレが設計して、ガトンを筆頭とした山穴族の老職人たちに作らせた物だった。
これまでのウルドの村でも、伝統的な手作業による“ウルド生地”の生産は行われていた。
だが一番の労働力である大人たちが連れ去れてから、手間のかかる織物まで手が回らずにいた現状。
そこで食糧難が一段落したのを見計らって、オレの指導のもとに織物産業を再開したのである。
前まで使っていた旧式の織り機を改良して、この新しい織物機を製造して運用し始めた。
〝紡毛機”と〝織物機”は、地球の歴史で十八世紀ころに発明された革新的な“飛び杼”から生み出された機器である。
これを作る技術は、手先が器用な山穴族の匠の技があったので特に問題はなかった。
あとは“飛び杼”をはじめとする、革新的なアイデアが出せるかどうかの頭脳の問題。
それに関しては現代日本から来た自分にとっては、何でもない技術改革である。
「この紡毛機も……本当に凄いですね。今まで使っていた糸車とは比べものになりませんね……」
「水車を動力源にした。これまでと効率が桁違いだ」
「水車の動力にした糸車は、どの村や町でも見たことがありませ……さすがですヤマトさま」
リーシャが感動する視線の先には、糸を編む紡毛機があった。
紡毛機は糸車とも呼ばれ、羊毛・綿・麻・亜麻・絹などの天然繊維を糸に紡ぐための装置だ。
“飛び杼”や新織物機の発明は能率の向上とともに、どうしても糸不足を招いてしまう。
そこで水車を動力として使った、この半自動の紡毛機も一緒に製造したのだ。
これも元々あった村の水車と糸車を、オレと山穴族のジイさんたちで改良した代物。これにより村にいる老婆や幼い少女たちでも、効率よく糸を紡ぐことができる。
オレが目指していたのは手間のかかる作業の効率化であり、村の生産性の向上であった。
「この工房のおかげで、私も久しぶりに〝ウルド刺繍”に専念できました」
「ウルドの女性たちは染物や刺繍の達人だったな、そういえば」
「はい、六つの歳になったら女の子は〝針と染め”を教わります」
村の風習を説明しながら、リーシャは着ている服を誇らしげに見せてくれる。
山岳民族特有のカラフルな生地に刺繍が縫われたスカートが、回る風に舞い踊っていた。
これは彼女が一つの一つ針で縫った刺繍である。
リーシャの言葉にあるように、これまでは食糧難と仕事の多さに針子の作業ができなかったが、この工房のおかげで余裕ができたのだ。
「ウルドの女性は成人前に針の腕を磨き、嫁入りの時に作り貯めた刺繍生地と一緒に嫁ぐ習慣ありのです」
「なるほど。それで村の女の子ども達は、暇さえあれば刺繍の練習をしているのか」
「はい、私も幼い頃から必死で頑張りました」
ウルド生地は昨年のオルン交易に行った時に、市民からも大好評であった。
山岳地帯でし採れない美しい染料と高品質の布が、街の女性たちの美意識の共感をよんだのであろう。
この工房が本格始動して布が増産できたなら、商品としてオルンの街に卸す計画である。
「そ、そういえば……私は今度の初夏で十五歳。来年で十六の歳になります……」
「そうか。早いものだな」
オレが森で出会った時、リーシャはまだ十三歳の時だから、本当に年月が流れるのは早いものである。
“光陰矢の如し”とは昔の人はよく言ったものだ。
「ヤ、ヤマト様の故郷では……女性は〝十六歳”になったら婚姻できると前に聞きました……」
「ああ、そうだったな。この村と少し風習が違うからな」
日本だと法律で女性は十六歳にならないと結婚入籍はできない。
オレが異世界に行っている間に、日本の法律年齢が引き下げられていなければの話だが。
「ヤ、ヤマト様は……来年まで……私が十六の歳になるまで、この村にいてくれますか……?」
「だろうな。この村で解決しなければいけない事は、まだ山のようにある。もう少し長く世話になるだろう」
穀物の食糧難は解決していたが、それ以外にも村の問題は山積みだ。
特に大人たちが一切いないこの不安定な現状と、外部からの侵攻に弱い問題は、オレが存在している間に何とか解決していきたい。
「ほ、本当ですか!? 私、一生懸命に頑張ります。イシス様に負けないように、素敵な女性になります!」
「ああ、みんなで協力していこう」
「はい!!」
リーシャは顔を真っ赤にしながら満面の笑みで宣言している。
ここでオルン太守代理の少女イシスの名が、出てくるのはなぜであろう。
彼女は年ごろの少女な事もあって、時おり不思議なことを口にする。
だが村長代理としてやる気を出してもらうのは嬉しいことだ。オレも精いっぱい補佐として頑張らせてもらう。
「よし、では最後に建設中の施設を見に行くか」
「はい……例の“煙の館”……ですか?」
「ああ。そろそろ、先が見えて来ているはずだ」
こうしてオレの先導で、村に建設中のもう一つの施設を視察に行くことにする。