第55話:2年目の春のはじまり
ウルドの村に春がおとずれた。
オレにとって、この世界での二回目の春となる。
「ようやく春ですね、ヤマトさま」
「ああ。待望の春だな」
「はい。今年は厳冬でしたからね」
冬が明けた村の様子を、村長の孫娘リーシャと二人で見て回る。
会話にもあったように、今年は厳冬であった。
積雪はそれほど多くは無かったが、凍るような厳しい毎日が続いていた。
冬の間の村人たちは断熱性に優れた大きな家に集まり、暖炉を焚きジッと耐えながら過ごす。
「この冬の間で、だいぶ備蓄の量も減ったな」
「はい。干し肉と野菜の在庫はギリギリでした」
村で食糧庫の在庫管理をしているリーシャが、手元のメモに目をやり報告してくる。
それによると穀物以外の食糧の在庫は、予想よりも減っていた。
ちなみに家畜や狩りで得た肉と、畑で栽培した野菜は、冬が来る前に塩漬けや燻製にして保存している。
冷蔵庫がない世界で生モノを腐らせないための知恵の一つだ。
「子供たちは成長期だ。今後はもう少し量を増やしておこう」
「はい、ヤマトさま」
このウルドは老人と子供しかいない村。
ゆえに成長期である子供たちのために、次回からは保存食の量を増やした方がいい指示しておく。
成人前とはいえ彼らも村では立派な働き手。
食料をけちらずに将来への投資として食べてもらう必要がある。
「そういえば工芸品の方も、だいぶ仕上がってきているな」
「子供たちは物覚えがいいので、昨年よりも品質も良好ですね」
冬の間は農作業と森での狩りはあまり出来ないので、村人たちは屋内に内職に勤しむ。
ウルドの民の特産品である革製品や織物、磁器を冬の間に作り貯めしておくのだ。
熟練の技をもつ老人たちから、子供たちは伝統と技を受け継ぎ学んでいく。
最初は不格好な彼らの工芸品も、ひと冬が明ける頃には立派な商品へと進化している。
「オルンのウルド商店の準備も完了したと連絡があった」
「いよいよ本格始動ですね、ヤマトさま」
それらの工芸品は雪が解けて遠出ができるようになったら、商品として交易都市オルンまで運んで行く。
高品質のウルド産の工芸品は、都市の住人の人気が高いのだ。
昨年秋に荷馬車で交易に行った時に出会った、自称遊び人ラックに任せて店舗の準備も終わっていた。
「そういえば……雪で倒壊した建物もなく、今年もひと安心ですね、ヤマトさま」
冬の間に破損した家屋がないか……また畑や水路の状況を確認して、リーシャと今後の作業の計画を立てる。
「寒さの割には、ウルドの降雪は少ないからな」
「そういえばヤマト様の故郷は、かなりの豪雪地帯という話でしたね……」
「ああ。一階部分は雪で埋もれて、二階から出入りした年もあったな」
「そんなに降るのですか!? 信じられません……」
ウルドの村は山岳地帯の盆地にあるが、湿気は少なく降雪量は少なかった。
今のところ雪の重みによる被害はなく、一安心といったところだ。
それに比べて日本は湿度が高くて降雪が多い。
特にオレの住んでいた北国は、冗談抜きで二階にも扉があったほどの豪雪地帯だ。
それに比べたら寒いだけのウルドの村の冬は、オレには優しかった。
◇
「これはリーシャ嬢にヤマト殿。村の巡回ですかい?」
村内の巡回をしていると、畜産小屋で作業をしていた老婆が声をかけてくる。
昨年から家畜世話の責任者を任せていた村人だ。
幼い頃から放牧で家畜に慣れ親しんだハン族の子供たちと、彼女を中心に村の畜産は進めていた。
「家畜の様子はどうだ」
「へい。すこぶる順調に増えてましたよ」
老婆の案内でオレたちは小屋の中へと入っていく。
産まれたばかりの子ブタの可愛らしい鳴き声が、室内に響き渡っている。
「全部で八十匹以上か。この冬の間にまた増えたな」
「へい、これも〝賢者どの”が教えてくれた飼料のおかげさ」
老婆は慣れた手つきで豚の世話をしながら、現状を説明をしてくる。
オレが新しく指導した畜産革命のおかげで、例年の何倍も飼育効率がいいと。
(畜産革命か……そう思われても仕方がないか)
オレが来る前まで村の豚の多くは、冬の前に屠殺された。
これは冬の間は飼料が不足して家畜は生き残れない為に、冬に向けて燻製や塩漬けにして保存するためであった。
だがそれでは永遠に家畜の数は増えず、不安定な肉の供給循環となる。
そこでオレが森で見つけた冬根菜の栽培を昨年から推奨して、冬の間の家畜の飼料としていたのだ。
これによって村の家畜は順調に数を増やしていっていた。
「最近はハン族の子供たちと一緒に、乳製品も作っていたさ。今度、試食してみるかい」
「ああ、楽しみしている。また森で野生の獣を捕まえたら、連れてくる」
「へい。期待しているよ、賢者どの」
老婆に見送られながら家畜小屋をあとにして、次に向かう。
「ヤマト様の教えてくれた新しい家畜の育成方法は本当に凄いですね……春先にあんなに豚が増えているのは、どこの村でも見たことがありません」
少女リーシャは先ほどの光景に未だに感動している。
村長の孫娘として育ってきた彼女も、春先にあれほどの豚の生き生きとした姿を見たことはないのだ。
「このまま順調にいけば、オルンの街で売ることもできる」
「そこまで考えていたとは……さすがです、ヤマトさま」
リーシャは感動しているが、ブタの繁殖力が優れているのは有名な話である。
妊娠期間は人より短く約四ケ月で妊娠出産するために、上手くいけば一匹のメス豚は一年に三十頭ほどの子に増えていく。
更には生まれた子ブタも数年で妊娠できるために、豚の繁殖力は家畜の中でも群を抜いて優れていた。
まさに食肉のための家畜としては最適なのだ。
「では、次は新しく完成した建物を見に行くか。リーシャさん」
「はい!」
初春の定期巡回をしつつ、オレの設計で作った村の新しい施設に向かうのであった。