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第6話:朝めしを食う覚悟


 ウルドの村はずれの借り家で、陽が昇る前にオレは目を覚ます。


「朝か……」


 寝起きに自分の荷物を身体の調子を確信する。室内や周囲に特に異常はなく体調もいい。


「さて、朝飯でも作るとするか」


 一通りの確認をしたオレは、朝飯を調理するために室外の炊事場へと向かう。この借りた平屋の裏が野外型の炊事場になっている。

 

 村の少女リーシャに教えられた村の小川で水を汲み、平屋の軒下に積んで乾燥されたまきを窯に組む。食糧難の村だが、湖畔にあり森が近いため水や燃料は豊富だった。


「さて火をつけるか」


 鍋に水を入れて薪に着火する。

 もちろん消耗品であるライターは使わない。使い慣れたサバイバル用のメタルマッチで一瞬だ。

 これから文明度の低いこの異世界で生きていくためには、消耗品であるライターに頼っていくわけにいかない。


「さて、とりあえず大兎ビック・ラビットは一匹あれば大丈夫だろうな、この大きさだと」


 次はウサギの解体をする。

 昨日うちに内臓と血抜きは済んでいた。仕留めてからすぐ処理をしないと生臭くなるのはこの世界も同じである。あとは毛皮をいで、食べやすいように肉と骨にするだけだ。


「毛皮は貴重品だったな、たしか」


 少女リーシャの話では大兎ビック・ラビットの毛皮は村内で物々交換できるということだった。今後のことも考えて大事にぐ。

 村の老人の中には専門の革職人もいるという話で、その者に後で渡して必要物資と交換しておこう。


「さて、あとは塩と香草ハーブで焼くとするか」


 解体した大兎ビック・ラビットの太ももに、香辛料と塩で味付けして窯で加熱する。

 パッと見は大自然の中でのバーベキュー。


「いい香りだな、大兎ビック・ラビットの肉は」


 もしかしたら野生の獣の肉を焼いて食べるというのは、文明に目覚めた人が初めておこなう調理方法の一つかもしれない。地球でも異世界でも共通の調理方法。

 野性味あふれる肉汁の香りが食欲を刺激してくる。


「おっと、スープの方も出来てきたな」


 グツグツと湯が沸騰する音がしてきた。水を沸かして煮込んでおいた自作のスープを確認する。

 こちらの鍋では具たくさんのスープを作っていた。


 山菜やキノコとハーブで煮込んでいるので、いい感じの香りと見た目だ。ちなみにこの山菜やキノコが無毒であることは、現地人である少女リーシャに確認済みだ。

 一応はオレも軽くかんで確認し、これが無毒であることは確認していた。


 自称冒険家の両親に育てられたオレには特殊な能力があった。その一つがこの毒味で分かる感覚だ。

 簡単にいうと軽くかじると毒の有無が分かるのだ。幼い時からの経験からくる予知みたいなものだ。まあ、小さいころはよく失敗して苦しんだ記憶もあるがな。


「それにしても菌類や山菜類は地球上と類似しているな……ここは」


 鍋の中の山菜やキノコ類はよく似た形状だった。

 昨日リーシャと獣道を村へ戻りながら確認したときに、オレはそう実感していた。大兎ビック・ラビットという想定外の獣がいて驚いていたが、森の樹木や草木はいたってノーマルだ。


 それに大兎ビック・ラビットも実際に解体してみると普通の獣だった。鋭い牙があり巨体で人に危害を加えること以外は、内臓の場所や体組織も日本のウサギに酷似している。

 実に不思議なことだ。


「さて肉も焼けてきから食うとするか」


 この頃になると辺りも朝日ですっかり明るくなってきた。ウルドの村の中心からも炊事の煙が見えている。

 アウトドアでもそうだが、こういった原始的な生活では時間のサイクルが早い。陽が昇る前に誰もが起きて朝の準備をして、日が沈む前に夕食をとり暗くなったら寝るのだ。

 この早寝早起きは自然の生み出した生物のサイクルであろう。


「よし、我ながら味付けも悪くないな」


 焼けたもも肉の外側をナイフで切り落とし味見する。

 大兎ビック・ラビットの肉は野生味にあふれるなかなかの美味。味見を終えてからは野外ようの皿に盛りつけていく。山菜キノコスープをカップに盛り付けて食事の準備を終える。


「こうして見るとぜいたくな朝飯だな……」


 野生の大兎ビック・ラビットの太ももからは、香辛料と肉汁の焼けた香ばしい匂いが鼻孔を刺激する。現世で食べたウサギ肉の何倍もジューシーで実に美味そうだ。

 森風スープもダシがよく出ていて、何ともいえない香りがただよう。濃い森の栄養分が大地からキノコや山菜に浸み込んでいるのであろう。これも日本の山の幸の何倍も美味そうである。


「さて、いただくとするか。だがその前に……」


 待望の朝食を食そうとしたオレは視線を周囲に向ける。


「お前たちもそろそろ姿を出したらどうだ」


 オレはこの周囲の物陰にいた人の気配に向かって声をかける。この調理の香りにつられて集まっていた人影が先ほどからいたのだ。


「ごめんなさい、兄ちゃん……」

「あんまりにも美味そうな臭いがしたから……」

「ごくり……」


 隠れて見ていたのは村の子どもたちだった。昨日オレに興味津々で話しかけてきたせこけた少年少女たち。


「ダメだと分かっていたんだけど……ごめんなさい、つい……」


 客人であるオレに不用意に近づくなと村長から厳命されていたにも関わらず、彼らは空腹に耐えきれず来てしまったのだ。


「あやまることはない。お前たちを待っていた」


 オレは子どもたちに声をかける。できる限りの笑みをうかべて。

 そして説明をする。空腹であろう子ども達ををおびき寄せるために、あえて香ばしい料理を作っていたと。


「えっ……それってどういうこと……」


 子どもたちはオレの言葉の意味が分からず首をかしげている。


「さて、この中で獣肉の解体ができるヤツはいるか?」


 だがオレは構わず質問する。この先は量が多いから人手がいるのだ。


「うん、そのくらいなら……」

「よし、なら手伝え」


 体格のいい数人の数人の子どもが名乗り出る。彼らには残りの大兎ビック・ラビットの肉の解体をやらせる。


「次は大きな鍋が家にあるヤツは持って来い。他は水くみとまきの準備だ」

「えっ……うん」

「よし、急ごう!」


 オレの突然の指示に、子供たちは不思議に思いながらも素直にうなずく。いったい何が起こるかは理解していない様子だ。

 だが食料がなくこの時間はやる仕事もなく、彼らはオレの指示に首をかしげながら従うのであった。


 それからしばらくして料理が完成した。


「よし、いい味だ。みんな集まれ」


 出来上がった大鍋を前にして、オレは子どもたちに声をかける。大鍋は村で使わなくなったものをリーシャに言って借りてきた物だ。

 何事かと心配になったリーシャも、この場に駆けつけていた。


「ヤマトさま……これはいったい……」


 少女リーシャは首を傾げて訪ねてくる。

 何しろ大鍋の中身はかなりの量である。

 オレに所有権があった数匹の大兎ビック・ラビットを子ども達と一緒に解体、大鍋に山菜やキノコと一緒に煮込んだ。

 いったいどうするつもりなのかと、彼女が気になるのも仕方がない。


「これは消化がよく、腹にも溜まる五目鍋っていったところだ」

「ごもく鍋……ですか……」


 ろくな調味料がないのでネーミングは微妙。だが食材からダシは十分に出ており、空腹を刺激する香りが辺りに充満していた。

 これはオレが幼い頃に、両親に野外で作ってもらった料理を参考に真似てみたものだ。


「よし、次は盛り付けだ。みんな手伝え」


 ヨダレを垂らしてながら大鍋を凝視する子どもたちに声をかける。時間が惜しいので早く朝飯の準備をしろと。


「えっ……僕たちも……?」

「でも、これは兄ちゃんの食べ物なのに……」


 子どもたちは驚いていた。

 なぜならば食糧難のこの状況で部外者である旅人が、その食糧を配給するなど考えていなかったからのだ


「昨夜の一宿一飯いっしゅくいっはんの礼だ。他の子どもたちも呼んでこい」


「難しい言葉は分からないけど……うん、わかった!ヤマト兄ちゃん!」

「よし、みんなを呼んでくる!」

「おい、熱いからチビたちから盛り付けていくぞ!」


 村中からかき集めた深めの木皿に、どんどん料理をとり分けていく。

 大型の大兎ビック・ラビットの肉を全部使ったということもあり、かなりのボリュームがある。他の森の幸や穀物も汁を吸い腹にたまるであろう。


「これはリーシャさんの分だ」

「えっ、私の……」


「その身体だと我慢しているのだろう」

「はい……本当ありがとうございます、ヤマトさま……」


 年ごろの女の子なのにせてしまっているリーシャに、オレは木皿を手渡す。


 村中の子どもたちが集まり、食事の準備が終わる。


「よし、みんな。食う前に聞け」


 オレはなるべく丁寧な言葉でゆっくりと語りかける。両手で大事そうに料理の入った木皿を持っている少年少女たちの顔を、見まわしながら。

 子供たちの口からは既にダラダラとよだれがタレ落ち、オレの言葉に真剣に耳を傾けている。


「この村は食べるものに困っているな?」


「うん……」

「あの日から、辛い毎日……」


 オレの問いかけに子ども達はコクリとうなずく。

 悪い領主に両親と共に、ほとんどの食糧を徴収されて貧困に苦しんでいると口にする。


「その飯を食べたら、確かに今日の腹はふくれる。だが明日にはもう無くなる」

 

 食事を前に我慢つよく待っている子ども達に語る。

 大兎ビック・ラビットが大きな獣とはいえ、この人数で食べたらあっという間に無くなる。


「聞いた話では、もうすぐ厳しい冬も訪れる。その時は、どうする? 寒さに震えながら飢え死にしてゆくつもりか?」


 厳しい言葉かもしれないが、これは現実である。

 一晩過ごして分かったことだが、この村が置かれている状況はかなり厳しい。


 湖畔にあるこの村はしばらくの間なら、湖の川魚や山野草で辛うじて生き延びてゆくことも可能であろう。

 だが穀物や干し肉などの保存食を徴収され、この後に訪れる厳冬を乗り切るのは厳しい。


「オレたちは死にたくないよ……」

「もっと生きてたいよ……」


 子ども達もその現実に気が付いていたのであろう。下を向いて表情を暗く落とし、すすり泣きする者さえ出始める。

 日本の年齢でいったらまだ小学生以下の少年少女たち。誰もが自分の明るい未来を夢見て生きていたい。


「それならオレが生きる術を、お前たちに教える」


「えっ……」

「でも、お兄ちゃんは旅人だから、すぐに村を離れるって……」

 

 オレのまさかの言葉に、誰もが驚きの声をあげる。普通に考えたなら謝礼金も払えず、辺境にあるこの村に残るメリットは何もない。


「ただし“働かざるもの食うべからず”だ」

「働かざる……?」

「ああ。明日も飯を食い、生き残りたければ働け……という意味だ。その覚悟がある者だけ、この鍋を食べてもいい」


 オレは日本の言葉を引用して、この場にいる全員に問いかける。

 例え小さな子どもでも、生き残るための必ず仕事に従事してもらうと。大人がいないためにキツイ仕事や、命がけ仕事もあるであろう。

 

 それでも本当にお前たちは生き残りたいと誓えるのか。信じる神でも他の誰にでもなく、自分自身に対して宣言できるのかと問いかける。

 厳しいすぎる内容に、誰もが口を閉ざし即答できない。


「……僕は仕事をやります!」

「おれもやる!」

「わたしも!」

 

 だが次の瞬間には子ども達の声が次々とあがる。その声はやがてこの場にいた全員に広がり、一つの意思の響きとなる。


「オレの指導は厳しいぞ?」


「大丈夫! 僕たち頑張る!」

「何もしないで死ぬより、苦しくても生きる方がいい!」


 オレの厳しい最終確認にも、子ども達は決意を固めている。

 このまま村にいても何の役にも立たない自分たちでよければ手伝うと。それで食事を口にすることができるのなら、何でも頑張ると。


「わかった。なら“いただきます”をしてから食べるぞ」


「いただきます?……うん、分かった! いただきます!」

「いただきます!」

「わたしもいただきます!」


 オレの日本独特の感謝の言葉を真似して、子供たちは次々と挨拶をして食事をはじめる。

 よほど腹が減っていたのであろう。誰もが勢いよく食べ始める。


「ちゃんとかんで食え。胃が驚いて吐く」


 まともな食事をしていないと胃が小さくなって消化できない。鍋は柔らかく煮込んで消化もいいが、念のため最低でも三十回はかんでから飲みこませる。


「ヤマト兄ちゃん、オレたち十までしか数えられないよ」

「なら十を三回数えろ。それで三十になる」

「なるほど! うん、わかった!」


 子供たちは素直だ。

 オレの言いつけつをちゃんと守り、今度はよくかんでから飲み込む。

 これで消化をよくするだけではなく、満腹になり一石二鳥の効果だ。


「ヤマトさまは算学にも通じているのですね……」

「大したことではない」


 これまで口を閉ざし、事態を見守っていた少女リーシャ口を開く。

 どうやらこの村では簡単な掛け算ですら普及していないらしく、先ほどのオレの掛け算に概念に驚いていた。

 子ども達と同じよう彼女にも、鍋の料理を食べてもらっている。


「ところでリーシャさんは今日も、森へ狩りに行くのか?」

「はい、私は狩人なので……」


「それならオレが指示する物を用意しておいてくれ」

「はい、それくらいならあります。昔使っていた物や、空き家に放置された備品も多いので」


 オレの指示する物品内容にリーシャはうなずく。

 この村の中でもリーシャは聡明なのであろう。村長の孫娘として、ある程度の教育を受けてきたのかもしれない。


「でも待ってください……ということは、ヤマトさまはこれからしばらくの間は、村に滞在していただけるのですか?」


 先ほどの子ども達とのやり取りと用意を頼んだ内容から、リーシャはオレが長期に渡り村に滞在することを察する。


「少しの間だけ世話になる。問題はないか?」

「はい! もちろん大歓迎です! 私も手伝わせていただきます!」


 オレの答えに、彼女は涙を流しながら笑顔をうかべる。よほどこれまで我慢して生活してきたのであろう。

 鍋で十分な食事を口にしたせいか、昨日よりも明るい表情。年ごろの少女にふさわしい純粋で美しい笑みだ。おそらくはこれが彼女の本来の表情なのであろう。


「おい、お前たち。大鍋の残りは夜にも食べるから、終わりにしておけ。そろそろ仕事に行くぞ」


「えっ、夜も飯が食えるの?」

「うん、わかった!」

「仕事、頑張る!」


 大鍋に半分以上の料理を残して朝食は終わりとなる。

 いろいろと混ぜて煮込んだおかげで、だいぶ腹持ちも良かったのであろう。

 久しぶりに満腹になった子ども達は、お腹を抱えながら笑顔で見せていた。


一宿一飯いっしゅくいっはんの恩だ……食糧難がある程度まで解決するのを手伝ってやるか……)


 昨夜に子ども達の木の実を口にした時から、心の中でオレはそう決めていた。

 当初は一泊だけこの村に泊まり、すぐに近くの大きな街に移り住む予定。

 だがその考えを少しだけ修正することにした。


(少しの間か……)


 この異世界からは現世は戻れるとは限らない。おそらくは長い人生の旅になるであろう。

 ならばその少し間、この村に居残っても問題ない。


(やれやれ、解決するのいつになることやら……)


 内心で苦笑する自分に言い訳をしながら、オレも鍋の食事を口にするのであった。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 締めて1日しか経ってないウサギは固いっすよ… 煮ても無理なくらい… マジでゴム… そして味がない… ガキの頃のトラウマです。 まあ異世界ものだからその辺はご都合主義でもいいんですけど…
[一言] 大したことじゃないんですが第6話「さて」が多いです。
[気になる点] メタルマッチはどう考えても消耗品。
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