第54話:【閑話】:ヒザン帝国の若き騎士たち
重罪を犯していた貴族商人ブタンツの処分が終わり、数日が経つ。
東征していたヒザン帝国の真紅騎士団は、帝都への帰路へついていた。
帝国軍でも精鋭ぞろいの騎士団は、団長である皇子ロキを中央に守り街道をへ東へ進んでいる。
「オルン太守府との手打ち交渉は上手くいったぞ、バレス」
皇子ロキは自ら馬を操りつつ、隣りで轡を並べている巨漢の騎士へ声をかける。
今回の事件はブタンツの独断犯行であると工作隠ぺいをして、多額の贈与金でオルンとの友好度も保てたと。
贈与金も帝国のブタンツ商店から徴収するので、帝国には何の痛みもない交渉であった。
「ふーん、そうかい。相変わらずそういうのは上手いな、ロキは」
外交計略ごとを好かぬ騎士バレスは、あくびをしながら興味なさそうに返事をする。
一方で騎士学院の同期生であるロキは、剣の腕だけでなく権謀術数にも優れた男だ。
「バレス卿。いくらロキ殿下と御学友といえども、もう少し丁寧な言葉をお使いください」
ロキの背後で馬を進める初老の騎士が、バレスの不敬な態度にチクリと言葉を刺す。
バレスは騎士爵位を持つ騎士団長の一人であるが、皇帝の実子である皇子ロキとは雲泥の身分差がある。
公の場であるならば不敬罪で処分されてもおかしくないのだ。
「爺、よい。いつも言っているが、このバレスは私の唯一の友人だ」
「……かしこまりました、ロキ殿下」
幼い頃から仕えている主の言葉に、初老の騎士は大人しく従う。
この苦言とロキの返事の言葉は毎回のやり取り。そばで聞いているバレスは何も言わず聞き流していた。
「ちなみに“あの男”……ヤマトの姿はオルンの太守府には無かったそうだ」
「なんだ……そうか……」
それは数日前の交渉の場に送った、使者からの報告である。
ヤマトという男は自分と互角の一騎打ちを繰り広げ、巨大な野生馬を華麗に操り罪人ブタンツを見事に仕留めた。
そして颯爽と去っていった謎の剣士の所在不明に、バレスはため息をつく。
「だが、似た男がオルンの市場にいたらしい」
「なんだと!? それは本当か、ロキ!?」
ロキの新たな情報に、馬で並走していたバレスの顔色が変わる。
口元を布で隠し正体不明であった"謎の男ヤマト”の新情報に、興奮しているのだ。
「ああ。流れの交易商人と似ていたらしい。どこの村から来たかの情報はないがな」
ロキの直属の隠密衆をオルンの市場に潜入させたが、"ヤマトらしき男”の警戒が強すぎて近づけなかったという。
信じられないことだが腕利きの隠密が、誰ひとり相手の警戒網を突破できなかったのだ。
「それだけ分かりゃ十分よ……」
バレスは満足な笑みをうかべる。
剣を交えたヤマトは“山犬団”という、聞いたこともない盗賊団を名乗っていた。
だが一介の賊にはありあない統率力と戦闘能力を有していた。おそらく何らかの理由で偽装していた可能性もある。
「つまり『オルンの街に行けば、また会える』ってことだろう」
そんな裏事情はバレスにとってはどうでもいい。
ヤマトにまた会える場所が判明しただけでも幸運なのだ。
「バレス……随分と嬉しそうな顔をしているな」
「ああ。団長の任に就いてから、面倒くせぇ事ばかり……久しぶりに面白い男と出会えたからな」
ロキの問いかけにバレスは、口元に獣の様な笑みを浮かべながら答える。
自分の剣技の前に“奥の手”を隠しながら対応していた、剣士ヤマトの姿を思い出しながら。
「確かに面白い男であった。剣の腕もたつが、頭の方もかなり切れる男だな……」
ロキはバレスから報告を受けた情報を思い出しながら、ヤマトの戦術家としての評価を高める。
貴族商人ブタンツの張り巡らせた卑劣な罠を、ヤマトは的確な状況判断でくぐり抜けていたという。
そして味方に一兵の損害もださずに、颯爽と自分の目の前から立ち去ってヤマトの能力をロキは認める。
あれほどの知力と決断力を有する騎士は、数々の武勇を誇る帝国軍にもいなかった。
ヤマトはまだ底を見せぬ潜在能力と、深い魅力も持ち合わせた有能な指揮官でもあろう。
「おい、ロキ! あの時も言ったが、あいつ……ヤマトはオレ様の獲物だ。横取りはよくないぜぇ!」
「私もあの時に答えたが……学院同期といえども譲れないモノもあるのだ、バレス」
「はん! そうだったな! だったら早い者勝ち……だな、ヤマトのことは」
「そうだな……」
帝国軍の中でも三本の指に入る腕の騎士たちは、冗談を言いながら互いにけん制し合う。
たった一瞬の邂逅であったが、それほどまでにヤマトの評価は二人にとって大きいのだ。
「しかし、その前に帝都の……軍部の一部の腐敗を何とかしねぇとな」
"大陸制覇”を掲げて領土拡大を進めているヒザン帝国は、大きくなりすぎた。
急速に大きくなりすぎた母国に生じた歪と腐敗を、バレスは案じている。
「帝国の大改革は必ずこの私が行う……頼りにしているぞ、バレス」
「オレ様は剣を振るうことしか、できねぇぞ……ロキ」
「ああ……"その時”は期待している」
皇帝の三男であるロキの皇帝位継承は高くはない。
だがその類まれな実力と人望は、兄である皇子たちよりも高い。
そのためバレスやこの真紅騎士団をはじめ、ロキに直属の忠誠を使う騎士・貴族は多い。
「大改革は困難な道になるであろう。だが、あの男……ヤマトを見た後では、なぜか容易に思えてしまう。不思議なことだな」
「はん、確かにそうだな! その内に帝都でバッタリと会うかもな、ヤマトとは」
「まさか……だが、あり得そうで怖いな」
帝国の皇子ロキと大剣使いバレスは、冗談を言いながら笑い合う。
いくら腕がたつ男とはいえ一介の剣士であるヤマトが、帝国の大改革の場に関与してくることは流石にないと。
――――この予言が当たるとは、この時は誰も思ってもいなかった。もちろん当人であるウルドのヤマトでさえも。
こうして辺境の村に住むヤマトは知らぬ間に、大陸の行く末を賭けた運命の渦へと巻き込まれていくのであった。
次話からいよいよ第四章がスタートいたします。
よろしくお願いいたします。