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第53話:【閑話】遊び人ラック

 ウルドの民の荷馬車隊がオルンの街から離れてゆき、市場バザールにはいつもの日常の光景が広がっていた。


「さてと……」


 その市場バザールから少し離れた裏路地に、ラックは一人たたずみ声を発する。


 目の前には“貸店舗”の看板が外れたばかりの、古びた空き店舗。

 ここはヤマトが契約して、今後は山岳民族の商品を置く店舗型のウルド商店となる場所である。


 遊び人ラックはここの責任者としてヤマトから任命され、店舗内の確認に来たのだ。


「築年数は古いけど、建物の柱はしっかりしてるっすね……」


 ここは人目のつかない裏路地で人気が無く、借り手がつかずに空き店舗になっていた。

 だが二階建ての建物の造りはしっかりとしていて、見る者が見たら好物件であることが分かる。


「裏に搬入口と倉庫あるから、動線も使いやすいっね……」


 ヤマトからは事前にちゃんと説明を受けていた。

 ウルドの村から定期的に商品を運搬して、この商店で売る物販スタイルである。

 それもあり在庫を置く倉庫があるのは有り難い。

 今後の計画も踏まえてヤマトは、この空き店舗を商店として選んだのであろう。


『商品は“高速荷馬車ハイ・キャラバン”で搬入する』


 説明によると“高速荷馬車ハイ・キャラバン”という輸送車輌が、もうすぐ村で完成するという。


 ヤマトが設計して山穴族のガトンが製造する高性能な荷馬車。

 大陸屈指の名馬であるハンに引かせることにより、圧倒的な速度でウルドとオルンの街の往復運搬ができる計画だ。

 特殊な柔軟車輪とサスペンションを使用することにより、安定した高速移動が実現するらしい。



「信じられない話っす。でも、あのダンナなら何でも可能にしちゃう……そんな気がするっす」


 ラックの目から見ても、ヤマトは異質な青年であった。


 黒目黒髪の独特の風貌ふうぼうで、不愛想ぶあいそうな物言いの辺境の村人。

 例え相手が近衛騎士や太守代理の少女であろうが、そのぶっきらぼうな口調と態度が変わる事はない。


 更に聞いた話では数日前の誘拐事件の時、ヤマトはなんと"帝国の第二皇太子ロキ”とも対面していたという。

 その目の前で少女イシスを救出して颯爽さっそうと帰還したのだ。


「さすがはヤマトのダンナっすね……」


 “紅仮面クリムゾン”とも呼ばれる冷静沈着なロキ皇子が、ヤマトのダンナにひと泡吹かされた姿を見たかったものである。

 

「オルン太守代理の次は、まさかの帝国の皇太子と……流石っす……」


 ヤマトは普通にしているだけ、多くの要人をその因果に巻き込んでゆく。

 本人は平凡な村民を名乗っているが、今後も大陸の騒動に絡んでいく“予感”がラックはしていた



「ん? ……あれ、来たんだね」


 その時であった。

 誰も無いはずの空き店舗の柱の奥にむかって、ラックは声をかける。


「……私の隠密に気がつくとは、さすがです」

「うーん、なんか最近は調子がいいからねー」


 柱の陰にいたのは女であった。

 声色を殺して特徴はつかめないが、ラックが話しかけたのは女性である。

 フードをかぶり顔は良く見えないが、美しい年ごろであることが垣間見える。


「随分と肩入れをしていますが……あの“ウルドのヤマト”という男は危険です、ラック様」


 女は警告する。

 上手く説明できないが、得体のしれない危険な者だと。


「まあ……危険といえば危険だよねー。何しろ、あの魔剣使い“暴風マッド・ストーム”バレス・アーバイン卿と互角だったからね……」


 退避した荷馬車から遠目でラックは見ていたが、あれは凄まじい一騎打ちであった。

 大剣“暴風マッド・ストーム”を相手に、なんとヤマトはナイフと不思議な体術だけで対応していたのだ。

 

 背中に斜めに差していた剣を抜かなかったことを考えると、ヤマトはまだ本気を出していなかった可能性がある。

 本人はかたくなに『剣士ではない。ただの村人だ』と言い張っていたが、実にとんでもない男だ。


「……前回も進言しましたが、お許しがあれば“ウルドのヤマト”を消します」


 女は腰から漆黒の短剣を抜き、主であるラックに進言する。

 勢力を増し危険な存在になる前に“ウルドのヤマト”を暗殺するべきだと。そしてこの自分であるならばウルドの村に忍び込み、暗殺も容易に達成できると。


 この大陸でも有数の暗殺者アサシンである彼女の言葉は、慢心ではなく確信をもった進言であった。


「止めておけ……ヤマトのダンナは“お前”の存在にも、気がついていたっす」

「そ、そんな馬鹿な……」


 ラックのまさかの言葉に、暗殺者アサシンの女は驚きを隠せない。

 自分が本気を出せば、帝国や王国の本城に忍び込むことすら可能である。

 それを一介の村人である“ウルドのヤマト”という男は、監視していた自分の気配を察知していたのだ。


「それにオレっちの正体にも、薄々勘付いていたみたいだし。本当に底が見えない方っす、ヤマトのダンナは……」


 遊び人を完璧に演じてラックの正体に、ヤマトは初日から気がついていた様子がある。

 だが全く気にせず、そして疑いもせずに対応していた。


 まるで雄大な大海や大空のように、ヤマトの本質は広大で底が見えない男である。


「ラック様……いや、“ラクウェル”様。このようなおたわむれは止めて、そろそろ聖都の"本家ほんけ”に戻ってくださいませんか?」


 女暗殺者は禁じられていた本名で、あえて強くラックを呼ぶ。

 貴方様は"こんな小さな貿易都市の薄汚れた商店の店主”をしてはいけない身分であると。


「もう少し……ヤマトのダンナとのたわむれが終わったら、必ず"本家”に戻る……っす」


 本名を呼ばれていましめられようとも、ラックはあえて遊び人の口調で答える。探し求めていた"宝”を得るまで、もう少し待ってくれと。


「かしこまりました……少しの間ですよ、ラック様」

「ああ……“少しの間”だけっす……」


 そう返事をしながら、ラックは窓から北の方角を眺める。ウルドの荷馬車隊……そしてヤマトが立ち去った方角を。


(でもダンナが次に来た時も……“更なる波乱”が起こるはず……)


 その言葉は誰にも聞かれないように、心の中でラックはつぶやく。

 ヤマトから餞別せんべつとして貰った"岩塩の赤結晶”をポケットの中で握りしめながら。




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