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第52話:再会の約束と帰還

 太守代理の少女イシスを救い出してから数日が経ち、ウルドの村に戻る朝がやってきた。


「ヤマトさま、荷馬車への積み込みは完了しました」

「こっちも完了だぜ、ヤマト兄ちゃん!」


 オルン市場バザールで仕入れた品物の積み込みも完了して、いよいよ出発の時間となる。


 山岳民族であるウルドの村からは、高品質な革製品やウルド織物・焼き物などの工芸品を街に売りに来ていた。

 逆の帰りは空になった荷馬車の荷台に、街で仕入れた医薬品や香辛料・工芸品などの生活物資を満載して帰路につく。


 辺境のウルドの村に貨幣経済はないので、市場バザールで稼いだ硬貨は基本的に仕入れで使い切る。


「みんな、また市場バザールに遊びに来いよな」

「ウルドの子供たちがいなくなると、オバちゃんたち寂しくなるわね……」

「山穴族のジイさんも今度こそ売ってくれよな」


 出発前のウルドの荷馬車には同業の市場バザールの商人たちが群がり、別れを惜しむ。

 ウルドの民がオルンに滞在した期間は長くはない。


 だが、まだ幼い子供たちが朝から晩まで声を張り上げ、一生懸命に売り子に励んでいた姿に、街の誰もが親しみと共感をもってくれていた。


 接客が苦手なオレは終日品出しと買い付けに勤しんでいたが、街の人々の温かい心意気を十二分に感じている。


(さて……)


 同じように見送りに来ていた遊び人ラックに、オレは視線を向ける。

 

「……という訳だ。後のことは頼んだぞ、ラック」

「へっ、へい……って。本当にオレっちでいいんですか? ヤマトのダンナ」


「ああ。そのうちに村から商品を届けに来る。それまでウルド商店の開店準備をしておけ」

「まあ、他でもないダンナの頼みなら頑張りますっす! オレっちに任せてくださいっす」


 オルンの裏路地に開店予定の店舗型ウルド商店は、遊び人ラックに任せることにしたのだ。

 この人選に関してはオレの独断であったが、ウルドの他のみんなからは特に異論はなかった。


「上手く言えませんが……ラックさんなら大丈夫だと思います」

「これで遊び人じゃなくなっちゃってね、無職ラックのオジちゃん!」


「仕事はしてもオレっちは永遠の遊び人っすよ、子ども達よ」


 イシス救出の激戦を経てから、村長の孫娘リーシャをはじめ村の子ども達はラックのことを信頼している。

 何しろ帝国の大剣使いバレスの魔剣“暴風マッド・ストーム”の脅威から、ラックは村の少年の命を身をていして守ってくれた。

 

 普段は軽薄でヘラヘラしている男だが、"やる時はやる”と誰もが知っていたのだ。


「それから土産として……ラックに“これ”をやる」

「へっ? おっとっと……」


 二人きりになったところでラックに餞別せんべつを投げ渡す。

 それは赤く澄んだ結晶の彫刻。老鍛冶師ガトンのお手製の結晶彫刻である。


「へっ……こ、これっすか? 餞別せんべつって……」

市場バザールに飾っておいた“それ”の価値に気がついたのは、お前だけだ」

「いやー、何のことやら……」


 口笛を吹き、知らぬふりをするラックに構わずに、オレは一方的に話を進める。


「ウルドの山に“売るほど”ある。落ち着いたらお前も遊びに来い」

「……ういっす……そのうちに遊びに行くっす、ダンナ」


 それは“ウルド岩塩”の結晶である。

 

 ウルド露店に展示しておいた彫刻の価値に、気がついたのはラックただ一人だった。

 数多いるオルンの商人や市民がまったく気がつかなかった“ウルド岩塩”の正体を、初日でラックは気がつき知らぬ顔をしていたのだ。


 霊獣の降臨により、この百年間は採掘できなかった“ウルド岩塩”を知る者は、ほとんどいないはずだ。

 ラックが"ただ者”ではないことにオレは気がついてはいたが、あえて聞かないでいた。


 どうせいつもの調子でウルドの村に遊びに来ることを、オレは知っていたからだ。



 買い出し品の積み込みの最終確認も終わり、いよいよウルド交易隊の帰還の準備が整う。


「お待ちください、ヤマト様!」


 その時であった。


 騎士の馬に乗せられて一人の少女が、最後の見送りに駆け付ける。


「イシスとリーンハルトか」

「イシス様がどうしてもと、言ってな……」


 最後に見送りに来たのは近衛騎士リーンハルトと、太守代理の少女イシスの二人であった。

 忙しい政務の合間をぬって、わざわざオレたちの見送りに来てくれたのだ。


「ヤマト様、申し訳ありませんでした。実は私の推薦する“三個さんこの礼”の最後の一個を、まだお見せしていませんでした……」


 少女イシスが言う“三個さんこの礼”とは、オレが口頭で伝えた“三顧さんこの礼”の事である。

 

 太守代理であるイシスは、オレのことを“北の賢者”としてオルンの軍師として迎えようとした。

 “三顧さんこの礼”はそれを断る方便だったのだが、何を勘違いしたのかイシスは“オルンの三個の素晴らしいモノ”をオレにくれようとしていたのだ。


 一つ目はオルン産の美味なる果物で、二つ目は街の美しい花のプレゼント。

 三個目を見せようとした時に誘拐事件がおきて、うやむやになったとオレは思っていた。


 だが彼女は忘れておらず、三個目を見せようと最後に駆け付けてきたのだ。


「ふう……実は……」

 

 息を整えて真剣な表情でイシスは口を開く。 


わたくしの最後にお見せしたかったのは……この街の人々の……」

「“笑顔えがお”……だろ?」

「えっ!? ……なぜ、それを……」


 言いかけた答えをズバリと言い当てられ、イシスは目を見開き驚いている。

 どうやらオレの予測は当たっていたようだ。

 

「簡単な魔術トリックだ。街の人々を接して三個目を推測した。イシスが一番大切にして、誇りに思っているモノをな」


 少女イシスは太守の一族として、誰よりもオルンのことを案じ愛していた。


 自分の足で歩き回り、市民一人ひとりの声を聞く。

 不器用ながらも真摯なその姿と有り余る行動力に、市民の誰もが彼女のこと認めていた。

 太守代理としてのイシスの素晴らしさを。


「それでしたらヤマト様に、ぜひお見せしたい場所があります! 市民の誰もが"笑顔”になれる場所がありまして……」

「その心遣いは不要だ」

「えっ……」


 イシスは言葉を失うが、オレは言葉を続ける。


「もう見せてもらったから不要だ。この数日間で……“オルンの笑顔”はな」

「ヤマト様……ということは……」


「ああ。困ったことがあったらオレを頼れ。いつでもオルンに助けにくる。これは“三個さんこの礼”の約束だ」

「はい! よろしくお願いします……ヤマト様!」


 少女イシスは満面の笑みで、だが……うっすらと涙を浮かべる。

 諦めていたオルン軍師の話を、引き受けてくれるとは思ってもいなかったのだ。

 

(やれやれ……)

 

 その反応に内心でオレは困惑する。

 嬉しいのか、涙するのか……本当に女性というのはコロコロ表情が変わるものである。

 

 人付き合いが苦手な自分には、一生理解ができない領域なのかもしれない。



 全員との別れの挨拶はこうして無事に終わる。


「よし、ではウルド交易隊……帰還するぞ」


「はい、ヤマトさま!」

「任せて、ヤマト兄ちゃん!」


 オレの号令に従いウルドの荷馬車はゆっくりと動き出す。


「ヤマト様、お元気で……」

「イシス様のことは安心して任せておけ、ヤマト」

「ダンナ、またっす!」

「みんな、また遊びに来るんだよ!」


 少女イシスと騎士リーンハルト、遊び人ラックや市場バザールのみんなに見送られながら、荷馬車は街の大通りを北へ向かう。


 街を出て街道を北に数日間進んでいくと、懐かしのウルドの村がある。

 

 到着の頃はちょうど穀物イナホンの秋の収穫の時期であろう。

 天候に恵まれ耕地も増やしたお蔭で、昨年の数倍の収穫量が見込まれていた。

 一年間で一番忙しく嬉しい収穫の時期がはじまる。


(オルンか……本当にあっとう間だったな……)


 荷馬車の後方で小さくなっていくオルンの街を振り返り、オレは感慨深くなる。

 オルンで出会い起こった数々の出来ごとを思い出しながら。


(また……忙しくなりそうだな……)


 秋の収穫と冬を迎える準備。ウルド商店の開店の準備に村の物資の確保。

 そして東からいずれ押し寄せてくるヒザン帝国の脅威への対応。


(考えることだらけだな。本当に……だが、悪くはない……)


 荷馬車に揺られながら誰にも気がつかれないように、オレは微笑み、そして呟くのであった。



「ヤマトのあにさま、ウルドの村が見えてきました!」

「本当だ! 懐かしい!」

「見てください、ヤマトさま。村内のイナホンの実があんなに黄金色に……」


 街道を進み数日経ち、オレたちは村へ戻ってくる。

 峠の街道を越えた先に、懐かしの集落が見えてきた。


「ああ、そうだな」


 オレがウルドの村に来てからもうすぐ二年目となる。

 新しい季節がまた始まろうとしていた。













こちらで第三章の本文は終了となります。

閑話の後に第四章とがスタートします。


これまでの感想や評価などありましたら、お気軽によろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 三個の礼、微妙かな。 相手の望むものを三個あげるならともかく、これ押し付けだよね。 三顧と三個をかけあわせたのはいいけど、イシスの浅慮が露呈したようにしか。
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