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第49話:暴風の大剣


 帝国の大剣使いバレスの登場に、場の空気は一変する。


 戦力的には相手はバレス一人。

 それに対して包囲しているこちらは、クロスボウ隊と短弓騎兵を揃え圧倒的に有利なはず。

 

 だがバレスの放つ野獣のような危険な覇気オーラに、ウルドの誰もが押されていた。


「"ウルドのヤマト”か……会えて嬉しいぜぇ」


 周囲を包囲されながらも、帝国の大剣使いバレスは余裕の笑みを浮べている。


「オレは盗賊団“山犬やまいぬ団”の頭領の……ヤマトだ」

「あん?……どっちでもいい。お前さんにまた会えて嬉しいぜ、ヤマト」

「オレは初見だ」


 危うく正体がバレそうだったが、何とか誤魔化すことに成功した。

 口元を布で隠しているとはいえ、体格や動きで人を判別する技術もあるから油断はできない。


 会話をしながらも、相手の大剣の間合いに入らないように気を付ける。

 目の前のバレスの一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくに全神経を集中して警戒する。


「兄貴! 助太刀するぜ!」


 その時であった。


 バレスの背後に密かに忍び寄っていたウルドの少年が、構えたクロスボウを発射する。

 

 大剣使いと対峙して動けずにいたオレを助けようとした、少年の独断奇襲であった。森の狩りで鍛えられた見事な隠密術による狙撃。


「あん? なんだ、こりゃ?」


 だが一瞥いちべつをすることもなく、バレスはその矢を弾き返す。

 周囲に旋風が巻き上がったと同時の防御であった。


 信じられないことに初速数百キロのウルド式のクロスボウの矢を、この男は野獣のような反射神経のみで打ち落としたのだ。


「邪魔をするな! 子供ガキが!」


 好敵手との対峙を邪魔されバレスは激怒する。

 怒声と共に、背後の少年に大剣を構えて振り降ろす。また旋風がバレスを包みこむ。


「っ!? 逃げろ!」

「えっ……?」


 バレスの大剣から衝撃波が繰り出される。

 風を斬り裂く見えない死の斬刃が、オレの声に反応できない少年に襲いかかる。


「危ないっす!」


 だが少年は間一髪のところで助かる。


「ラック!」


 どこからともなく飛び出してきた遊び人ラックが、少年を抱えて助けてくれたのだ。

 これまでに見せたことのない、ラックの山猫のような反射神経と俊敏性であった。


「ダンナ! 気をつけてくださいっす。それは“暴風マッド・ストーム”をつかさどる“魔剣まけん”っす!」

「“魔剣”……だと?」


 "魔剣”という単語には聞き覚えがあった。

 村に住む山穴族の老鍛冶師ガトンが、何度かオレに語っていた話だ。


 それは何でも、今よりも文明が発達していた“古代の超帝国”の時代の遺産だという。

 剣や槍・盾・鎧などに不思議な力が付与された宝具の一つ。使い手の力量に比例して、人外なる力を授けてくれる。


 今の時代では再現ができない宝具は、王族でも入手できない品。現存している魔武具の保有者は、この広大な大陸に二十といない数だという。


 その一本が目の前の大剣使いバレスの持つ大剣。

暴風マッド・ストームで矢の攻撃が通じず、逆に見えない風の刃で反撃される』とラックは忠告してくる。

 

「一応は秘匿情報なんだがな、大剣これの能力は。さっきの身のこなしといい、オメエも面白い奴だな」

「オレっちはタダの遊び人っす」


 自称“戦闘能力皆無”であるラックは、助け出した少年と共にバレスの視界から退避していく。

 視界内にいるだけでどんな危険があるか見当もつかない。

 それほどまでに先ほどの“暴風マッド・ストーム”の力は圧倒的だった。


「ブッヒヒ……このバレスは我ら帝国でも三本の指に入る強者! そして魔剣使いじゃ!」


 バレスの登場に貴族商人ブタンツは下品な高笑いをあげる。


 気難しい騎士だがバレスは一騎当千の強者。その頼もしい護衛がようやく目を覚まして、自分の圧倒的な勝利を確信したブタンツの表情だ。

 

 そんなバレスを目の前にして、オレたちは動けずにいた。

 


「兄貴、大変です!」


 その時であった。


 周囲の警戒を命じていたハン族の少年から、更なる悲痛な報告がはいる。


「東からどこかの騎士団が近づいてきます!」


 この場所に向かって真っ直ぐ進軍してくる騎士団がいると。

 先ほどの騎馬傭兵とは比べものにならない膨大な数。"真紅の軍旗”を掲げながら完全武装の騎士団が接近して来ると。


「お前らは本当に運がないのぅ! 帝国の騎士団がもうすぐ来るのじゃ! ブッウッヒヒ……」


 この中原で"真紅の軍旗”を掲げるのはヒザン帝国のみ。

 援軍の接近にブタンツは更に勝利を確信し、下品な笑い声をあげる。

 

 だが東に見える土煙の規模から、それは慢心ではないであろう。

 オレの目測でも数百騎の帝国の騎士団が、こちらに進軍してきていた。


 こちらはまだ無傷とはいえ、戦力差がありすぎる戦況。

 更には目の前の大剣使いバレスにはまったくスキがなく、オレも迂闊うかつに動けずにいた。


「リーン、退却だ。子供たちを頼む」


 状況を冷静に分析してオレは、騎士リーンハルトに退却を指示する。自分一人をこの場に残して、荷馬車と共にオルンの街へ撤退しろと。


「なんだと!? まだ馬車の中には彼女イシスさまが……」

「大丈夫だ。オレが必ず助け出す。その代り他のみんなを頼む」


「くっ……傷一つでもつけたら、私はお前を許さない」

「ああ、任せておけ」


 オレの命令に従い、リーンハルトは子供たちを引き連れて撤退する。

 聡明な騎士であるリーンハルトも、この窮地の状況を理解してくれたのだ。


 東からは数百騎もの帝国軍が、すぐそこまで迫ってきている。

 優れた馬脚のハンの荷馬車でもあっても、急がなければ追い付かれてしまう。そうなったら自分たちは全滅である。


「ヤマトさま! ご無事で……」

「兄貴! 必ず戻ってきてよね!」


 荷馬車が発車した去り際、少女リーシャや村の子供たちがオレに心配の声をかけてくる。

 大剣使いバレスの周りに自分たちがいたら、足手まといになる事を彼女たちは察してくれたのだ。

 

 苦渋の選択とはいえ、迫り来る帝国軍に包囲される前に撤退してくれたのだ。

 一人で残るオレが、少女イシスの救出してくれることを信じて。



「これで邪魔者はいなくなったな、ヤマト」

「ああ。待たせたな、バレス」


 荷馬車が立ち去ったのを確認してから、バレスは大剣を構え直す。

 まるで戦いの邪魔者をワザと逃がした口調である。


(さてと……)


 冷静さを取り戻すためにオレは状況を確認する。 

 

 今この場にいるのは、街道で対峙しているオレと大剣使いバレス。

 少し離れた馬車で下品な笑みを浮べて貴族商人ブタンツ。そして馬車内で意識を失っているオルン太守代理の少女イシスの四人だけである。


 東から土煙を上げて迫ってくる帝国軍が、ここまで到達する時間はあとわずか。

 それまでにオレは目の前の大剣使いを倒し、イシスを救いだしてオルンの街まで退却しなければいけない。


(かなり厳しいな……絶体絶命。いや、背水の陣か……)


 わずかな可能性しかない厳しい状況であった。

 

 だが不思議とオレは不安を感じていない。

 何とも説明しがたい高揚感を、自分の心の奥に感じていた。


「それじゃ……いくぜ、ヤマト」


 どちらかともなく歩み出し、互いの距離を縮める。


「ああ……」


 小さな開戦の呟きと共に、オレは大剣の射程距離内に飛び込んでいくのであった。



 戦いは熾烈しれつを極めていた。


「どりゃぁぁあ!!」

「くっ!」


 バレスの烈火のような剣撃が、次々とオレに襲いかかってくる。

 鉄塊のような大剣をバレスは軽々と振り回し、オレに反撃の隙を与えてくれない。


「ならば……」

「ちっ! また奇妙な技を!」


 だが身体能力の強化されているオレは、強引に相手の死角に入り込みナイフでバレスの急所を狙う。

 互いに金属鎧は着込んでいない為に、急所に先に一撃を入れた方が有利である。


 オレは使い慣れた二本の中型のナイフを駆使してスピード重視で戦う。


「どりゃあああ!!」

「くっ、獣なみの反射神経か……」


 オレの死角からのナイフの攻撃に、バレスは大剣を地面に突き刺し後ろ蹴りで反撃してくる。

 丸太をぶつけられたような強烈な蹴りに、オレは身体をひねり受け流しで回避する。合気道と柔術の複合の受け流し技だ。


「はん! 面白れぇえ! いいぞ、ヤマト!」

「こちらは面白くとも何ともない」


「ジョークも一級品だな、ヤマトォ!」


 オレとバレスの攻防は目まぐるしく展開される。


 大剣使いであるバレスを、単純なパワー型の剣士だと当初オレは予測していた。それに加えて魔剣“暴風マッド・ストーム”の攻撃力で押し切ってくる脳筋かと。


(蛮勇でありながら……見事な剣技……)


 だが野獣のようなバレスの剣術には、凄まじいほどの確かな技が組み込まれていた。

 おそらくこの剣士は幼い頃からの血のにじむ様な鍛錬を、自分に課してきたのであろう。

 

 それに生まれ待った巨躯きょく膂力りょりょくが加わり、想定して以上の驚異の大剣の使いであった。


(現世日本の剣術の達人とは、比べものにならないほどの実戦的な剣技だな……)


 ウルドの民と同じく、バレスの身体能力は地球人を遥かに超えていた。戦いながらオレは自分の経験してきた見識を修正していく。


 今のところは何とか持ちこたえていた。

 異世界で遥かに向上していた自分の身体能力と反射神経。

 そして自称冒険家であった両親に、幼い頃から叩き込まれた護身術を駆使して対応していた。

 

 だが攻め手の欠けるオレは、バレスの竜巻のような剣技と野獣のような反射神経を攻略できずにいたのだ。


「オメエ……本当にスゲエな、ヤマト」

「くっ!?」


 剣を交えながらバレスは笑みを浮べている。

 その表情には余裕はあるようには見えない。だが明らかに心から歓喜していた。


「オメエほどの凄腕の剣士は帝国でも、そういねえぞ……」

「オレは剣士ではない」


「そしてジョークも一級品ときたぁ!!」


 バレスは獣のような咆哮ほうこうをあげながら、更に大剣の回転速度を上げていく。

 かすっただけも致命傷となる大剣の動きを、オレは全神経で感じて反応する。


(バレス……ここまで強いとはな……)

 

 帝国の大剣使いバレスに対して、もう何度目かの驚愕きょうがくをする。

 

 辺境のウルドの村にいたオレは、自分の戦闘能力に関してはよく分かっていかなった。

 これまで命のやり取りしてきた相手は、野生の獣や素人同然の山賊たちだけ。

 本格的な対人戦闘は初めてだ。

 

 だが、ここまで自分が接戦したのは岩塩鉱山のぬし剣歯虎けんしこサーベル・タイガーに似た霊獣との激戦だけである。


 バレスの強さは、あの時の霊獣と同等……いや、卓越した剣技を使ってくる分だけ霊獣よりも危険であった。


 クロスボウによる飛び道具は、魔剣“暴風マッド・ストーム”の不思議な力で逸らされ通じない。近接戦闘しか通じない厄介な相手なのだ。

 

「はっはっはぁ! いいぞ! いいぞ、ヤマト!」

「くっ!」


 バレスは更に連撃の回転速度を上げてきた。強敵と対峙して興奮すればするほど、力を発揮する恐ろしいタイプだ。

  

 大剣の刃先が徐々に自分を追い詰めてくる。


(奥の手を使うか……いや、まだ“早い”)


 バレスと激しい戦闘を繰り広げながら、オレは待っていた。この劣勢を一気に逆転できるタイミングを。


 だが“その時”までは、まだ時間が必要であった。

 それまでにオレのナイフの耐久力が、持ちこたえてくれるかの勝負である。



「おい! これを見るのだ!!」


 その時であった。


 この激戦に相応しくない下賎げせんな声が街道に響く。

 その声は馬車にいた貴族商人ブタンツであった。


いやしい賊め! お前たちの狙いはこの小娘だったのであろうが!」

「……」

 

 そのまさかの光景に、思わずオレはバレスから距離をとる。

 

「小娘の命が惜しかったら、そこを動くな! この賊め!」



 目の前で拘束した少女の喉元にナイフを当て、ブタンツはオレを強迫してきた。コイツを殺されたくなければ武器を捨てよと。


「くっ……」


 オレは動きを止め、両手のナイフを地面に放棄する。


「ヤマトさま……申し訳ございません……」


 少女は悲痛な声をあげていた。

 太守代理の少女イシスをオレは人質に取られてしまったのだ。




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