第48話:ヤマト式・荷馬車戦闘
オルンの街を出発したオレたちは、太守代理の少女イシスを拉致する馬車に追いついた。
「命が惜しかったら。止まれ」
敵の先発隊を蹴散らし、オレは丁寧な口調で相手に降伏勧告をする。
こちらの目的は殺戮ではなくイシスの救助。無益な争いは避けたかった。
「ワシを誰だと思っておるのじゃ! 大貴族で大商人であるブタンツ子爵じゃ! 殺せ! コイツ等を皆殺しにしろ!」
だが残念ながら、相手の総大将ブタンツは逆に宣戦布告をしてくる。
馬車の窓から小太りな身を乗り出し、残る騎馬傭兵たちにオレたちの皆殺しを命じた。
「交渉決裂だ。“山犬団”……いくぞ、野郎ども」
「「へい! 兄貴!」」
オレは荷馬車内に同乗するウルドの村の子供たち、そしてハン馬で並走するハン族の子供子ちに指示を下す。事前に立てておいた"殲滅作戦”を実行すると。
「馬車の中にイシスがいた。まずは周囲の騎兵を黙らせる」
「分かりました。ヤマトさま」
荷馬車の御者台で隣にいた少女リーシャが、小声で返事をして作戦を実行する。
激しい疾走音で荷馬車内の会話は相手に聞かれる心配はない。
更には前回と同じでオレたちは身元を隠す為に、口には布で隠していた。
この完璧な変装ならオレたちがウルドの村人だとは、誰も気がつかないであろう。
「減速して馬車と距離をとれ」
「ういっす、ヤマトの兄さま!」
相手の陣形を読んで指示をだす。
御者のハン族の少年の見事な手綱さばきで、オレたちの乗る荷馬車は減速して相手との適正な距離をとる。
草原の民である彼らは生まれた時から馬と慣れ親しみ、荷馬車も手足のように扱うことができるのだ。
こちらは四車輪で二頭立ての農村荷馬車で、相手は四車輪で四頭立ての豪華な馬車。
単純な馬力は相手が有利に見えるが、こちらは大陸でも銘馬と名高いハン馬の二頭立て。
その掟破りの圧倒的な馬脚で、オルンからここまで追い付いてきたのだ。
「よし、戦闘開始だ」
「了解! ヤマト兄ちゃん!」
まずはイシスを戦いに巻き込まないために、相手の馬車とは一度距離とる。
周囲の武装した騎馬傭兵を片付けてから、彼女を救出する作戦だ。
「ヤマトのダンナ。アイツらはこの中原では有名な傭兵団。気をつけるっす!」
「ああ。お前は隠れておけ、ラック」
後方の荷馬車の荷台から遊び人ラックが警告してくる。
情報通のラックは案内人として連れてきた。
だが自称"戦闘能力皆無”なこの青年は、今のところ戦力として換算しないでおく。
その情報によると相手は、金さえ払えば何で請け負う危険な傭兵団だという。
先ほどの十数騎の先発隊が、有無を言わさずにオレたちに攻撃してきたことから実証されていた。
「ヤマト兄ちゃん! 周りの全部から来たよ!」
荷台の後方を監視していた少年から報告がとんでくる。
街道を直進する自分たちを殲滅するために、二十騎ほどの騎馬傭兵が襲いかかってきたと。
敵の残りの十数騎馬は、囮役として草原に散って行ったハン族の軽弓騎兵を追撃している。
「全員、“水平斉射の構え”です!」
「了解!」
村長の孫娘リーシャの号令と共に、後部の幌内の子供たちは弩を構える。
今回はオルンの街に連れてきた子供たちの数は多くはない。そのためギリギリまで相手を引き付けて、発射する必要がある。
「ダ、ダンナ! 相手が射ってきたっす!」
荷台の幌内にいたラックから悲痛な叫びをあがる。
ギリギリまで引き付けた為に、相手の騎馬傭兵が先制攻撃で弓矢を発射してきたのだ。
「大丈夫だ」
「で、でも……っす」
ラックが恐怖で悲痛な叫びあげたのも、当たり前の反応であろう。
周囲を雨避けの布製の幌に被われているとはいえ、その素材は所詮は薄い皮製。
弓矢で射られたら軽く貫通され、中にいる者は矢のハリネズミとなってしまうからだ。
「オレの設計とガトンのジイさんの腕を信じろ」
操馬に集中している御者の少年を、敵の矢から守っているオレはラックと子供たちを鼓舞する。
この荷馬車の改造を設計した自分、そして山穴族の鍛冶職人ガトンを信じろと。
「うぉっす!? 」
ラックと子供たちのいる幌式荷台に、傭兵たちの放った矢じりが次々と命中する。連射による矢の雨がごう音が降り注ぐ。
だが中にいる誰もがまったくの無傷だった。
「おお!! 凄いっす!」
薄皮の幌を矢が一発も貫通していないことに、ラックは感動の声をあげる。
オレが事前に説明してやっていたが、実際に目にして驚いているのだ。
"ウルド式・複合防御皮膜”
今年の春ごろにオレが発案して腕利きの鍛冶職人ガトンが仕上げた、薄鉄と硬皮の複合式の幌には普通の弓矢は通じない。
もちろん荷馬車を引く二頭のハン馬の全身も覆い、完璧に防御していた。
「バ、バカな!?」
「矢が弾かれるだと……」
一方で攻撃してきた傭兵たちは、口を開けて驚愕の声をあげる。
たかが農民風情の荷馬車の皮の幌を、自分たちの弓矢が貫通できないとは思っていなかったのだ。
「今です! 弩隊、撃て!」
敵のその驚愕と発射直後の硬直を見逃さず、リーシャの凛とした号令が荷台に響く。
それに合わせて荷台の開閉式の小窓から、弩隊の斉射が全方位に火を噴く。
狙うは不用意に接近し過ぎた傭兵たちの急所。金属板すら貫通するウルド式の弩の矢先は、一撃で敵の命を奪っていく。
「二射目、撃て!」
自分たちの攻撃がまったく通じずに、逆に農民荷馬車内からの火を噴くような反撃。
その信じられない光景に混乱する傭兵団に、隙ができていた。
野生の獣の瞬時の反応速度に比べたら、人の思考回路には無駄なタイムラグがある。
優秀な狩人、なおかつ優れた指揮官となっていたリーシャは、相手のその隙を見逃さなかった
「退避! 退避だぁ!」
数回の弩隊による斉射を受けて、騎馬傭兵団は壊滅寸前。
生き残った数騎の傭兵たちは、悲痛な退避の号令と共に散り散りに逃げていく。
「待て! 貴様ら! どこへいく!? ワシを守れぇ!」
「うるせぇ! テメェも頑張りな!」
「逃げろ!」
護衛たちの逃亡に、馬車内のブタンツは絶叫している。
敵前逃亡は傭兵にとって重大な契約違反になるが、誰もが金よりも自分の命が一番である。
高圧的な貴族商人ブタンツのために、傭兵たちは命をかけて守る義理はなかった。
辛うじて義理が固く残る傭兵たちも、ハン族の軽弓騎兵の類まれな馬上弓術の前に次々と倒れていく。
「そ、そんな……バカな……」
疾走する馬車の小窓から戦況を確認して、ブタンツは絶句している。
何しろ戦力として残るは、自分が乗っている帝国馬車一台だけ。一方で相手はまったくの無傷。
ついさっきまでの圧倒的な戦力差が、ほんの一瞬で逆転されていたのである。
信じられないその現実に、小太りな顔を真っ青してブタンツは唖然としていた。
「リーン。今だ!」
その一瞬の隙をつき、オレは号令をかける。
指示をだした相手は、草原を密かに迂回させていた騎士リーンハルトだ。
「馴れ馴れしく呼ぶな!」
そう叫びながら伏兵リーンハルトは姿を現す。
草原の丘から愛馬と共に飛び出し、見事な手綱さばきで馬車に突撃していく。
狙うは帝国の御者台。すれ違いざまに馬車に飛び乗り、相手の手綱をあっとう間に占拠する。
さすがは中原でも最強の騎士称号《十剣》のうちの一人、騎士リーンハルト。
だが今は主イシスを助けるために、全ての地位を捨てて盗賊団“山犬団”の一員となった"剣士リーン”である。
「よし……どうどう……」
帝国馬車の御者台を占拠したリーンハルトの手綱さばきで、馬車はゆっくりと停止する。
生き残った騎馬傭兵たちは散り散りに退散しており、周囲に怪しい敵兵の姿は見えない。
帝国の馬車を守る者はもはやいない。
残るは馬車に乗る貴族商人ブタンツと、意識を失って拉致されているイシスだけであろう。
「警戒はまだ解くな」
オレはウルドの荷馬車を停止させ、リーシャたちと共に街道に降りたつ。
念のためハン族の軽弓騎兵は周囲の巡回を指示しておく。
「ブタンツとやら観念しろ。積み荷を全て引き渡せ。そうすれば命だけは助けてやる」
盗賊団の頭らしくオレは強迫する。
自分たちは口元を布で覆っているために、相手に正体はバレない。
あくまでも普通の盗賊団が馬車に襲いかかり、『積み荷と一緒に美しい少女イシスを奪っていった』と思わせる必要があるのだ。
「降伏じゃと……ウッヒヒ……」
停止した馬車から、貴族商人ブタンツが扉を開けて降りてくる。
勝ち目がないこの状況にも関わらず、勝気で下品が笑みを浮かべていた。まるで自分の勝利を確信した不可思議な表情である。
「降伏しろ。そうすれば命だけは助けてやる。これが最後だ」
最終降伏をブタンツに勧告する。
「うヒヒ……ようやく"目を覚ました”……これでワシの勝ちじゃ……」
だが相手はブツブツと呟き余裕の表情。
素人同然の商人が、この包囲網を打開できる戦闘力があるようには見えなかった。
敗北を前にして気でも狂ったのであろうか。
「ならば、その命をもって……」
オレがブタンツを仕留めたようとした、その時であった。
「くっ!?」
凄まじい"殺気”を感じたオレは言葉を止める。
「全員、散れっ!」
馬車を包囲していた弩隊の子供たちに、すぐさま指示を出す。今すぐに全力でこの場を退避せよと。
「えっ!?」
「どうしたの兄貴っ!? うわっー!?!」
子供たちは間一髪で退避した。
だが想定外の凄まじい"剣圧”で吹き飛ばされてしまう。
オレが教えていた受け身で、辛うじてダメージは半減して全員無事である。
だが今のたった"一撃”で馬車の包囲網の一角が崩された。
(これが……剣撃で破壊力だと……)
頑丈なはずの石畳と草原の一部が、今の衝撃でえぐれていた。
その光景に少なからずオレは衝撃を受ける。
「ふん、人が寝ている間に、面白れえ事になっていたな……」
その破壊跡を生み出した主がゆっくりと姿を現す。
先ほど弩隊の少年たちを吹き飛ばしたのは、馬車に乗っていた剣士であった。
鍛え上げられた見事な巨躯の太い腕には、使い込まれた大剣が握られている。
(斬撃か……早すぎる大剣の速度による衝撃波か……)
荷馬車から街道に降り立った大剣使いの動きから、先ほどの現象を推測する。
科学的には信じられないが、それは事実であろう。
先ほどの衝撃は、この大剣使いが意図的に繰り出した攻撃だったのだ。
「ほう……? お前ぇは確か……」
オレの姿を確認して、その大剣使いは口元に嬉しそうで獰猛な笑みを浮べる。
好敵手を再び見つけた騎士のような……
いや……印をつけた獲物と再会した肉食獣のような危険な笑みである。
(まさか護衛として、この馬車に乗っていたとはな……)
今朝の市場でのオレの嫌な予感は的中してしまった。
「ヤマトか……会えて嬉しいぜぇ」
余裕の笑みを浮べる帝国の大剣使いバレスの姿に、オレは背筋に嫌な汗が流れるのであった。