第46話:再結成
近衛騎士リーンハルトの口から、恐るべき事件がオレに知らされる。
太守代理の少女イシスが、何者かによって誘拐されてしまったのだ。
「ここは人目がありすぎる。移動するぞ」
「ああ、わかった……」
詳しい話を聞くために市場の中央から移動する。
ウルド露店の裏側に止めた荷馬車の木陰。ここなら人通りもなく、誰かが来てもすぐに察知できる。
騎士リーンハルトと二人きりになり話を続ける。
「イシスが消えたのは、どのくらい前だ?」
「キサマ、イシス様を呼び捨てに!」
「今はそれどころではないだろう」
「……ああ、そうだな」
周囲に人の気配がないことを確認してから、消えた時間と状況をリーンハルトに尋ねる。
今は現場検証をできないために状況検証からだ。
「つい、先ほどだ……女中の一人と消えた」
「内通者がいたのかもしれないな」
「ああ……今思うとそうかもしれない」
リーンハルトは悔やんでいるが、内通者がいたのなら防げない状況だったのであろう。
この市場に来る情報も相手側に漏れ、女中と二人きりになるタイミングを狙われたのかもしれない。
恐らくは事前に綿密な計画を立て、何者かが実行した計画的な誘拐だ。
「犯人は“ヒザン帝国”か」
「十中八九はそうであろう……今のところ証拠は無いが……」
オルンの騎士であるリーンハルトは、言葉を濁して答える。
証拠もないのに明確に犯人を言えないのは、仕える騎士の辛いところだ。
特に今回の相手は他国であり、強国である近隣の帝国だ。
「狙いはイシスを“交渉の道具”として使う、か」
「その可能性は大きい……」
近衛騎士に守られていた太守代理を、金銭目的で狙うのはリスクが大きすぎる。
それなら商家の子どもを狙った方が割はいいはずだ。
となると誘拐犯は“外交道具”を狙っている者たち。
それは間違いなく貿易都市オルンを狙っているヒザン帝国であろう。
「オルン近衛騎士団の対策は、どうしている?」
「既に街中のヒザン関係の商館と大使館には、オルン衛兵隊を向かわせている。だが……」
「治外法権か」
「ああ。大使館と貴族の位を持つ商人には、衛兵隊といえども迂闊には手は出せない」
「だろうな」
イシスの監禁場所として一番怪しいのは、ヒザン帝国の大使館か商館である。
だが大商人の中には、自国の貴族の爵位を金で買った者もいる。
そういった者たちには治外法権が発動し、証拠が無ければ強引に捜査はできないのだ。
オルン側としては相手を刺激することなく、イシスの身の安全を優先したい。
例え太守代理が誘拐されても城壁の中であれば、法律が適用されるオルン側が長期戦で圧倒的に有利であった。
「ヒザン関連の建物は全て包囲するように指示は出している。」
「……イシスが“まだ”街の中にいればの話だがな」
「ば、ばかな!? まさか、そんな……」
オレの仮説にリーンハルトは声を荒げる。
街を囲う城壁の門の出入り検問をくぐり抜けて、イシスを壁の外に連れ出すのは不可能であると。
◇
「ヤマトのダンナ!」
その時であった。
ウルド露店の裏口から、オレの名を呼ぶ新たな者が近づいて来る。
「オレはここだ」
その声に聞き覚えがある者に返事をする。
「ダンナ! こんな所に!大変っす!……おっと……」
息を切らして駆け込んで来たのは、遊び人ラックであった。
露店の裏でオレといたリーンハルトの顔を確認して、口に出しかけた言葉に止める。
「“イシス関連”か、ラック。それなら言っても大丈夫だ」
「そっすか……」
ラックはオレに内密の報告があったのだろう
近衛騎士リーンハルトの見た反応から、オレはイシス関連だと推測した。
「そうっすか……そうなんっす。大変っす」
ラックは全力で駆けてきたのであろう。
興奮して、息を切らし、言葉がバラバラで続かない。これでは話にならない状況だ。
「落ち着け、ラック。どうした?」
「ありがとうございます、ヤマトのダンナ……」
飲み水を持ってきて飲ませてやる。
落ち着きを取り戻したラックは静かに報告し始める。
「ダンナ、大変っす……拉致られたイシス様が、さっき、街の外に運ばれて行ったっす」
「ば、バカな!? これほど早く!? どうやって城門の検問を!?」
ラックのまさかの報告に、リーンハルトは思わず声を張り上げる。
夕方前の市場の活気で、その声はかき消されていたので、他に聞かれている心配はない。
だが、それほどまでに想定外のことだったのであろう。
「馬糞運び屋に偽装した荷馬車で、外に連れていかれたみたいっす」
それを目撃したのは、街で馬糞拾いを生業にしている孤児だった。
いつもは見慣れない御者の乗った荷馬車が、検問を突破して東の門から出ていったという。
孤児は不審に思って、城門の外にまでこっそり尾行していく。
危険だったが、何しろ秘密の情報は金になるから無茶をしていたと。
外で待機していた馬車に、身なりのいい気絶した女性が移されたのを目撃。
その馬車は東の方角に、物凄い速度で走り去っていったという。
「孤児の話から〝その女性”はイシス様に間違いないっす」
ラックは運よくその情報を聞きつけ、一番で〝買った”のだ。
ちなみにその孤児の身柄は、とある場所で"確保”していると説明する。
情報が漏れて街に混乱が広がらないようにした、ラックの独断の判断だった。
「ラック、よくやった」
「へい。でも、どうしますか、ヤマトのダンナ? 早くしないと……」
「ああ、イシスを乗せた馬車が国境を超える」
馬車が東に向かったことから、犯人が帝国の一味であることは確定された。そしてオルンの領内から出て行けば、こちらはもう手出しができない。
そのまま帝国領まで連れさられたイシスの将来は悲惨である。国家間の外交の道具として、いいように命を弄ばれてしまうであろう。
「騎士団の追撃隊は?」
「こ、これから太守の館に行く……が、それからでは……」
すべての情報を整理し、リーンハルトは言葉を失っている。
近衛騎士であるこの青年は、これまでのやり取りから聡明であることが分かる。
それゆえに『今から騎士団の出陣を要請し準備しても、イシスを乗せた高速の馬車に追い付けない』……その推論を確信してしまったのだ。
オルン騎士団に追撃されるタイムロスすらも、綿密に計算していた帝国側が一枚上手だったのかもしれない。
「くそっ! 私は……騎士失格だ……」
近衛騎士にあるまじき下品な言葉で、リーンハルトは悔しさを吐き出す。
護衛である自分の失態の罪を恥じているのでない。
幼い頃から仕えて主イシスの未来を、自分のミスが奪ってしまったことを後悔しているのだ。
「リーンハルト。お前は、この後"空いて”いるか?」
まるで魂の抜け殻となっていた騎士に尋ねる。
その地位と命を賭けてまで、主であるイシスを助けに行く覚悟があるかと。
「当たり前だ! イシス様のためならば、私は"全て”を捨てられる!」
その言葉に嘘はない。
リーンハルトは栄えある近衛騎士の地位を捨ててでも、仕えてきた少女の命を守りたいとオレに誓う。
「よし、ならオレを手伝え」
「なっ……キサマ、一体何を……」
理解出来ずに唖然として訪ねてくる騎士を無視して、オレは身体の向きを変える。
「みんな“そこで”ちゃんと聞いていたか」
誰もいない筈の空間にオレは尋ねる。時間が惜しいから二度目の説明はしないと念を押す。
「申し訳ありませんでした……ヤマトさま」
「なんだ、バレていたのかよ、兄ちゃん!」
「さすがはヤマト兄さまです!」
オレの声に反応し、物陰から村長の孫娘リーシャをはじめとするウルド露店のみんなが、ぞろぞろとその姿を現す。
「なっ……コイツらはいつの間に……」
騎士リーンハルトは気がついていなかったが、皆はだいぶ前から隠れて話を聞いていたのだ。
オレとリーンハルトとの会話。そして太守代理の少女イシスが誘拐された事実を。
「“野郎ども、仕事の時間だ”!」
オレは荒々しい口調で“手下”に命令する。普段では決して使わない言葉と口調だ。
「“へい! 兄貴!”」
「“今回の獲物は何ですかい!?”」
その言葉に反応して、子供たちも賊のような口調で返事をしてくる。何が起こるのか理解できないリーンハルトを無視し、オレは言葉を続ける。
「“今回の奪う獲物は……オルンの姫様! いいか、野郎ども!"」
「「へい! 兄貴!!」」
オレの命令に誰もが目を輝かせて返事をする。
約一年前の北部地方に突如として現れた、謎の武装集団がいた。
その者たちは圧倒的な火力で、風車小屋にいた山賊団を瞬時に壊滅させた
辛うじて生き残った賊の口から、彼らの名だけは恐怖と共に広まっていた。
その名は“山犬団”。
かつてウルド地方を席巻した猛者たちが少女イシスを助けるために、今再び出陣する時がきたのであった。