第43話:つかの間の休日
「チュース、ヤマトのダンナ!」
自称遊び人ラックは、この数日の日課となった市場への挨拶へ来た。
もちろん今朝もかなり軽薄である。
「……って、あれれ?」
「ウルドの人たちなら、『今日は店休日だ』って言ってたぜ、遊び人の兄ちゃんよ!」
だが今日一日だけはウルド露店は店休日。隣の出店のオヤジから教えられる。
「まじっすかー」
ラックは途方に暮れながら、ヤマトたちが休みを満喫しているであろう中心街に視線をおくるのであった。
◇
オルンの街に交易のために来てから数日経ち、今日は初の店休日となる。
オレは村長の孫娘であるリーシャに頼まれて、一緒に繁華街に買い物に出かける。
「ヤマトさま、見てください! この店も素敵です」
「ああ、品ぞろえが先ほどより多いな」
買い物先はリーシャに任せている。
何度かオルンを訪れたことがある彼女は、顔なじみの店を何件か知っていた。
「このデザインのネックレスも素敵ですね……」
「村にはない類の装飾品だな」
「はい、可愛らしく憧れます……」
金銭的に高級な商館では買い物はできなく、大通りに立ち並ぶ露店や小さな店がほとんどだ。
雑貨屋に手作り宝飾店、布生地屋やガラス商店など女の子らしい店をハシゴしごしていく。
特に欲しい物がないオレは、荷物持ちとして後をついて行くだけ。
それでもオルンの街の経済状況が見られて悪くはない。
(今のところは目立った混乱はないな……帝国商人の進出の悪影響は……)
昨日の昼に太守代理の少女イシスから聞いた話では、オルンにはヒザン帝国の息のかかった商人が進出してきているという。
奴らの目的は経済的にオルン街の弱体化だと思われている。
国のバックアップがある帝国商人は、利益度返しの強引な手口でオルン市場の相場を荒らしているという。
それにより街の個人商店は徐々にしわ寄せを受けてしまう。
(経済進出もまだ水面下なのか……あとはイシスが太守代理と健闘しているのか……)
リーシャと買い物をしながら、オレは何気なく情報収集をしていた。
露天の売り子のおばちゃんたちは口がよく回り、いろんなことを話してくれた。
その情報の中でも目立っていたのが、太守代理の少女の頑張りである。
太守として経験不足な部分があるが、『こまめに市街地や繁華街に足を運んで、市民の生の声を聞いて生かしてくれてる』と、イシスの好感度は高かった。
(おっとりした不思議な印象があった。だが、ああ見えて、実は芯が強い少女なのかもしれないな……)
昨夜の宿屋の前のやり取りを思い出し感心する。自分の中でお彼女の評価を上向きに見直す。
このくらいの規模の街を治めるためには、イシスくらいの向こう見ずな行動力は必要なのかもしれない。
「ヤ……マトさま……ヤマトさま!」
「ん……どうした、リーシャさん」
リーシャがオレを呼ぶ声で視線を向ける。
「ヤマトさま、また“難しい顔”をしています。お休みなのに……です」
どうやら情報収集をしているうちに、オレは仕事モードで考えごとしていたようだ。
『今日一日は仕事を忘れてリラックスしろ』と自分から言っておきながら、リーシャに叱られてしまう。
「ああ、そうだかったか。すまない。買い物を続けよう」
何気ないそんなやり取りしていくうちに、二人での買い物も終わっていく。
◇
「あっ、ヤマト兄ちゃん!」
そんな時、繁華街で聞き覚えのある声に呼び止められる。
「ヤマトの兄さま!」
「ヤマト兄さま……」
オレを呼び止めたのは村の三人の子どもたちであった。
子ども達の中でも最年長のグループである、ガキ大将ガッツとハン族の少女クラン、そして絵描きの少女クロエの三人だ。
歳が近い三人で一緒に街の散策をしていたという。
ちなみに他の村の子供たちは、数人一組でグループになり街の探検と買い物をしていた。安全性は事前に準備指示していたので問題はない。
「あっ、リーシャ姉ちゃんだけ、そんなに買ってずるいよ!」
「私も兄さまに、選んで欲しい」
「画材と本を選んで欲しい……です」
三人は村の中でも、リーシャに次ぐ年ごろの子供。それなりに欲しい物も出てくる頃合いなのかもしれない。
「ああ、三人にはいつも頑張ってもらっている。今日は特別だぞ」
こうしてオレはリーシャと共に三人を引き連れて、それぞれが欲しい物を選んでやる。
◇
大通りの露店や小さな商店を回り、買い物は無事に終わる。
街角の広場に端で買った物を見せ合いっこの時間になる。
「ヤマト兄さま……ありがとうございました」
「欲しい物が見つかってよかったな」
「はい!」
絵描き少女クロエには、希望とおりに画材一式と書物を買ってあげた。
オルンの街でも高品質にあたる道具に、彼女は目を潤ませて喜んでいる。
控えめで内向的な彼女は、自分の欲しい物をこれまで言い出せなかったのであろう。
計算が得意なクロエには、村の会計や村長の孫娘リーシャの補佐をお願いしていた。これで今後も頑張って欲しい。
――――
「兄さま! 私の細工笛も褒めてください」
「ああ、クランもいい音だ」
「ありがとうございます!」
ハン族の少女クランには、街でも評判の飾り笛を買ってあげた。
草原の民である彼女は、楽器を奏でるのを趣味として集めている。
試しに吹いただけでも、何ともいえない美しい音色が広場に響く。
クランは草原の民の王者の血を引く美しい少女。丁寧な口調とは裏腹に、負けず嫌いマイペースな部分もある。
今後も一日数百キロを駆けるハン馬と共に、機動力や輸送力の面で世話になるであろう。
――――
「オ、オレも褒めてくれ……ヤマト兄ちゃん……」
「ああ。ガッツもよく似合っている……その"ワンピース”は」
「ほ、本当か!? 勇気を出して買ってよかったぜ!」
村の子ども“ガキ大将”的な存在であるガッツは、頬を赤く染めて喜んでいる。
リーシャのアドバイスで、オレが選んだことなっているワンピーススカートを着てご満悦だ。
(まさか……ガッツが"女の子”だったとはな……)
みんなに気がつかれないように、オレは冷静で対応する。
だが内心ではこれまでにない位に驚愕していた。
なにしろこれまで一年近く『ヤンチャ坊主』だと思っていたガッツが、“実は女の子だった”のだ。それをオレは今日初めて気がついたのだから。
「ヤマトさま……もしかして……ガッツのことを"男の子”だと……」
「そんなはずはない、リーシャさん」
疑念の目を向けていたリーシャに即答する。そんなはずはないと。
だが、まさかの真実であった。
村の子どもの中で一番身長が大きく、統率力があり積極的。しかも短めの髪のガッツが"女の子”だったとは、オレはこの一年間は想像もしていなかった。
(……やはり、何度見ても"少女”だ……)
意識を集中して何度確認しても、ワンピースを着た姿は間違いなく女の子だ。
リーシャが髪の毛を整えてあげると、彼女はボーイッシュで美しい少女だったことが判明した。
ちなみに“ガッツ”というのは村での"あだ名”だった。
本名は“ガリエリス”という発音し辛い名。ゆえに幼いころからの愛称の"ガッツ”が定着していたのだという。
(まさか性別すら見抜けなかったとは……オレもまだまだ修行が足りないということか……)
この異世界に来てオレの身体能力と五感は遥かに向上していたはずである。
だが、どこかで慢心があったのかもしれない。
これを教訓、今後はもっと油断なく冷静沈着にいかねばらないと心に誓う。
「ヤマト兄さま……本当にありがとうございました……」
「兄さまの為に、今後ともこの命の炎を尽くします!」
「ヤマト兄ちゃん、本当にありがとな!」
三人の子どもたち……いや、“少女”は本当に嬉しそうに感謝してくる。
まだ成人前の彼女たちを、狩りや賊の討伐で命の危険に晒すのは本当にしのびない。
だが、この笑顔を見ているとオレは勇気をもらう。
村の皆と力を合わせ、精いっぱい生きようとする彼女たちの姿は美しく輝いている。
「別に大したことではない……だが、今後ともみんなの力を……このオレに貸してくれ」
「「「「はい!」」」」
こうして一日だけの休日はいろんな発見やサプライズと共に、終わりを迎えようとしていた。