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第41話:オルンの夜

 オルン太守代理の少女の願いを断ったオレは、市場バザールのウルド露店に戻る。


「ヤマトさま、お帰りなさいませ」

「ずいぶんと遅かったな、ヤマト兄ちゃん!」


「ああ」


 出かけてから時間もだいぶ経っていたので、ウルド露店は店じまいの片づけをしていた。

 見たところ商品の売れ行きも順調。


 もしかしたら不愛想な自分がいない方が売れる?のでは思ってしまうほどだ。


「予定よりも順調だ。褒美ほうびとして明日は一日休みとする」


 オレは明日のスケジュールを伝える。

 村から荷馬車に満載して持ってきた、ウルド商品の在庫はまだある。

 だが連日の頑張りの褒美として、明日一日を完全休日とした。


 売り上げの中から小遣いを用意して、子供たちに渡しておく。

 これで明日は各自、オルン街の観光や買い物を楽しんでくるように伝える。


「おお、やったー!」

「ヤマト兄ちゃん、太っ腹だね!」

「こんなに気前がいいと、逆に心配だよね! 明日は槍が降るかもね!」


「浮かれるなよ。街にも危険はある」


 数人一組で行動を厳守で、護身用の短剣の準備。万が一に危険な目にあった時の笛の合図も指示しておく。


 さすがにクロスボウは持たせられない。

 だが素早い子ども達なら、並の〝人さらい"からは逃げてくるであろう。

 

 何しろ大兎ビック・ラビット大猪ワイルド・ボアを、命懸けで日々相手にしている狩人たちなのである。あと空から槍は降ってこない。


「よし、では宿に戻るぞ」


 市場バザールでの今日の撤収も終わり、常宿へ帰宅する。

 この後は身体の汚れをおとし、宿の夕食を食べて寝るだけだ。


 成長期である子ども達には特に、"早寝早起き”を徹底させていた。

 深夜の時間帯の睡眠で、成長ホルモンは最も分泌するといわれている。身体を鍛えると共に健康的に成長を促す。


「おい、小僧」


 帰路のさなか、老鍛冶師ガトンがオレに声をかけてくる。


「なんだ、ジイさん」

「今晩ワシと“一杯”付き合わせんか?」


 ガトンにオレは晩酌ばんしゃくに誘われる。子ども達が寝た後に、宿屋の近くの酒場に飲みに行かないかと。


「ああ、かまわない」


 酒が嫌いではないオレが断る理由はない。それにこの世界とオルンの夜の情勢も見ておきたかった。


 こうしてオレは老鍛冶師ガトンと、夜の街へ出かけることになった。



 常宿で床についた子ども達は村長の孫娘リーシャに任せて、オレとガトンは宿屋の近くの繁華街へ繰り出す。

 ここなら宿で何かあってもすぐに駆けつけることができる。


 それにリーシャや子ども達は、常に危険があふれる辺境の村育ち。危険感知は高く並大抵の悪漢の夜襲なら大丈夫だ。


「うむ、ここがいつもの席じゃ」


 ガトンの先導で一軒の酒場へと入り席につく。


 他の店に比べても、それほど大きくはない普通の飲み屋である。

 だが店内には活気があふれ、厨房からは香辛料のいい香りがしてくる。雰囲気的に落ちつける悪くない店だ。


「来たことがあるのか、ここは?」

「鍛冶の仕事で数年に一度オルンに来た時にじゃ」


「なるほどな」


 乗り物が苦手なガトンは遠出を嫌う。

 それでも大陸でも有数の鍛冶職人の腕を持つ、ガトンにしかできない仕事の依頼が来ていたという。

 その時にここは利用する酒場だ。


「今のところの好調な売り上げに、乾杯じゃ」

「ああ」


 運ばれてきた酒を注ぎガトンと杯を重ねる。果実から作った酸味のある酒でワインに似ている。

 

 夕飯は常宿で子供たちと食べてきたばかりなので、軽いツマミと共に酒を中心にいただく。

 ウルドの村と同じで洋風な食材と味付けが中心だ。今のところ和食系の看板はオルンでも見ていない。


「ところで夕方に“難しい顔”で戻って来たが、何かあったのか?」


 飲んでいくうちにガトンがオレに尋ねてくる。ウソをつかない山穴族はこうした直球の質問が多い。


 だが遠回しな会話が苦手なオレも、ガトンのような男は嫌いではない。


「大したことではない……」


 オレは今日の午後に巻き込まれた騒動を、簡単に説明する。

 

 遊び人ラックに連れられて、オルンの太守代理の少女イシスに出会ったこと。謎の暗殺者集団を撃退したことを。

 

 もちろん声は抑えて、周りの客には聞こえないようにしている。


「相変わらず物凄い男じゃの、オヌシは」

「別に大したことではない。それに断ってきたから、もう関係のない話だ」


「それにしては、まだ“難しい顔”に見えるがのぅ」

「そうか……」


 もしかしたら自分の中で気になっているのかもしれない。

 窮地きゅうちおちいり、ワラをも掴む思いで“北の賢者さま”に懇願してきた、若い当主代理の少女の真剣な顔を。


「おお、もしやガトンか!?」


 その時であった。


 酒場にいた山穴族の男が近付いてくる。

 ガトンの職人仲間で、このオルンに住んでいる凄腕のガラス職人だという。


「オヌシも歳をとったのう!」

「ワシはオヌシの一つ年下じゃ!」


 ヒゲもじゃの山穴族の老人同士が、肩を組み挨拶をしている。

 こうして見るとどちらがガトンなのか? と見間違える。なんでも遠い親戚にあたるために、二人は顔が似ているという。


 その山穴族も加わり、三人でしばし酒を飲み歓談する。


「オルンの街の景気はどうじゃ?」

「悪くはない。じゃが……」


 ガトンの何気ない問いかけにガラス職人の男は語る。


―――― 


 数か月前からオルンの街へ、他の国の商人や商品が強引に参入してきた。

 相手は利益無視の価格破壊をし掛けてきて、街の市場が混乱がおきている。


 更には現太守が病に伏っして意識不明。公の商工会の会議の場に出てこれない。

 

 それによりガラス組合をはじめとする各組合でも、相手に対処ができずに混乱の輪が広がってきているという。


――――


(なるほど……帝国の策謀は水面下でも行われているのか……)


 恐らく強引に参入してきているのは、帝国の息のかかった商人であろう。


 彼らからしてみればオルンに進出するのは、自分たちの勢力図を大きく広げるチャンスである。

 しかも今回はお国の後ろ盾があり、資金も豊富で利益は度返し。

 

 それに対するためにはオルンの個人店は単独では敵わない。太守を中心に組合同士で連携しなければ立ち向かえない、危険な状況だ。


「じゃが大丈夫じゃ!」


 話を終えてガラス職人は自信満々に補足する。


「えらく自信満々じゃの?」

「ああ、何しろこの街には"イシス様”がいるからの」


「太守代理の少女のことか……」

「ああ……イシス様は人族には珍しくウソをつかず、努力家で真摯しんしな方じゃ……」


 ガトンの問いかけに老職人は更に語る。


――――


 確かに太守代理の少女イシスはまだ若い。

 だが誰よりもこのオルンの街のことを愛し、今も寝る間を惜しんで懸命に尽くしていると。


 これまでの太守や騎士たちと違い、彼女は庶民や職人と壁を作らずに平等に話を聞いてくれる。

 何よりも決してウソを言わず、本気で街の運営をしているのだと。

 

 だからどこぞの帝国の商人が職人組合が乗り込んで来てても、ワシらは大丈夫じゃと。


――――


 老職人は我が子の自慢でもするように、若き当主代理の少女を褒める。

 大きな街オルンで、一介の職人にここまで褒め称えられるとは並大抵のことではない。

 恐らくな太守の娘としての長年の献身的な姿が、市民まで認められているのであろう。


「じゃが、イシス様は真面目すぎる……争いになったらそれだけが心配じゃ……」


 確かにあの少女は真っ直ぐで危うさもあった。

 周りにいた近衛騎士たちも堅物が多く、卑劣な罠や策には強くはないであろう。

 

 その証拠に既に父親である現当主は意識を失っている。

 このままではオルンの街が……そして、あの少女が帝国に卑劣な策に陥れられるもは時間の問題であろう。


 ――――そう……誰かが助けてやらなければ。


「用事を思い出した。先に帰る」

「ああ……ワシらはまだ飲んでおる。ゆっくりな……」


 ガトンと老職人を残し、オレは席を立つ。



 酒場を出て、夜風に当たるように常宿へと足を向ける。

 

 交易都市として栄えているオルンも、夜の裏通りともなれば人通りも少なく静かだ。

 こうして夜も安全に飲み歩けるのも、当主代理が懸命に頑張っている証拠であろう。

 

(……ん)


 宿屋の前に人の気配を感じて、オレは足を止める。

 念のため腰のナイフを確認する。

 

 だが見覚えのある人影に警戒を解く。


「どうしたこんな夜更けに」

「夜分遅くに申し訳ありません、ヤマト様……お待ちしておりました」

 


 宿屋の前の路地でオレのことを待っていたのは、キレイな身なりの少女……オルン太守代理イシスであった。




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