第40話:太守代理の少女
オルンの街の若き当主代理イシスから、彼女自身の命を狙われていた事情を聞く。
「つまり、このオルンの街が狙われているのか」
「はい。私の口から明言はできませんが、相手の見当はついています……」
イシスから大まかな説明を受けてオレは、その内容を再度確認していく。
この街は三つの街道が交差する交易都市である。それゆえに各国の商館が建ち並び税収により潤う。
またオルンはどこの国にも属さない"独立都市国家”で、世襲制度の太守制度を敷いてきた。
交易で得た富で強固な城壁で街を囲い、独自の騎士団や傭兵団を有して自治を長年にわたり守ってきた。
「まるで戦国時代の堺の街のようだな……」
「えっ、サカイ……?ですか……?」
「いや、何でもない。続けてくれ」
長年にわたり独立都市制度を守ってきたオルン。だが、最近になり周囲の国家情勢が変わってきてしまった。
「それがヒザン帝国の躍進か」
「はい……」
近年になり大陸の東部を領土としていたヒザン帝国という国家が、徐々に勢力を拡大してきたという。
オルンとはまだ国境を接していない。
だが、あと数年もあれば間違いなく侵攻できる勢力図になる予想だという。
「その手始めに、相手は外交で圧力が来たのか」
「はい……数か月前になります。実質的な降伏勧告の使者が帝国から来ました」
「そして、それを断ったと」
「はい! 我がオルンはそんな圧力には屈しませんでした!」
イシスの怒りの言葉の通り、ヒザン帝国から高圧的な使者が来た。
『オルンの自治は一切認めず命が惜しかったら降伏せよ』そんな内容であったという。
長年にわたって独立を守ってきたオルンの当主は、即座に断った。
帝国は勢いこそあるが歴史の浅い国家。
オルンの街の財力と軍事力、そして周囲国家のとの同盟を盾にしていけば、それほど脅威ではないと見ていた。
「だが現当主……キミの父が謎の病に伏っしたのか」
「はい……未だに目を覚ましてくれません……」
帝国からの使者を断った後……つい一か月ほど前の話。
オルン現当主であるイシスの実父が、謎の病で目を覚まさなくなったという。
命はあるが意識が戻らない奇病。
そこで急遽ひとり娘であるイシスが当主代理の座について、家臣団と共に懸命に街を運営しているのだという。
「そして今回の暗殺騒動か」
「はい……その通りになります」
「こんな人気のない屋敷に迂闊だったな」
「仰るとおりです……」
申し訳ないなさそうにイシスは謝る。
彼女の口からは明言していないが、全てはヒザン帝国が仕組んだ計略の数々であろう。
数年度のオルン侵攻を前にして、相手を弱体化させる。運が良ければそのまま乗っ取ろう、という腹積もりなのだ。
「話はだいたい分かった。オレに何の用だ?」
遊び人ラックの最初の説明では、会わせたい人物がいるのでオレはこの屋敷に連れてこられた。
つまりは目の前にいる少女イシスが、オレに会いたいがためにラックに指示していたのであろう。簡単な推測だ。
「ラックさんから聞いておりました……“北の賢者さま”の噂を……」
「“北の賢者さま”……だと?」
「はい……」
情報通であるラックから聞いた噂をイシスは語る。
――――
滅びの運命にあった北の少数民族の村にある日、救世主が降臨した。
その者は飢えに苦しむ村人たちに施しを与え、見たこともないような新しい技術で食糧難を次々と解決していく。
更には戦術眼にも優れ、村に一兵の犠牲も出すこともなく残虐非道な山賊団を壊滅させたと。
そして救世主……“北の賢者さま”がついに、このオルンの街にやって来た、と。
――――
「なるほど、“北の賢者”か。そんな凄い人物がいるのか」
イシスの話を聞きながら、オレは内心で感心する。その噂が本当であれば、“北の賢者”はかなりの人物なのであろう。内政だけではなく戦術眼にも優れた賢人である。
今このオルンに滞在しているという話なので、ぜひオレも会ってみたいものである。
「“北の賢者”はヤマトのダンナのことっすよ」
「なんだと……」
ラックのまさかの言葉に、オレは思わず声をもらす。だが、それは聞き間違えではなく、“北の賢者”はウルド村のヤマトだと説明してくる。
「オレは普通の村人だぞ、ラック」
「またまた、偉業をばかりで、ご謙遜をダンナ」
ラックは褒め称えてくるが、村で行っているのはほんの些細な改革である。世話になった村人たちに恩返しをするために、オレは知恵を出しただけであった。
どこから仕入れたか知らないが、ラックのオレに対する噂や評価は誤報に近い。
「お願いします、“北の賢者さま”……いえ、ヤマトさま。どうかこのオルンの街を助けてください!」
だが目の前に本気で信じてしまった者がいた。イシスは真剣な眼差しで懇願してくる。オルンの軍師の地位に就いて、帝国の魔の手から町を守って欲しいと。
その真剣な表情は冗談でなく、彼女は本気であった。
「悪いが断る。オレはそんなたいした賢人ではない」
「なぜでしょうか!? 十分な御礼金や地位を用意します!」
「金の問題ではない」
太守代理の少女イシスの頼みを、オレは即答で断る。
「お金ではない……」
「ああ、人は“仁義愛”をもって動く。“三顧の礼”をもって人を迎えるのがいい例だ」
「“さんこの礼”……?」
イシスは初めて聞く言葉に首を傾げる。もちろん地球の歴史が伝わっているはずもなく、その意味は理解できないであろう。
(だが、これでいい……素人が口を出す問題ではない)
これはイシスの頼みを断るための、オレの方便である。誤解により過大評価を受けているが、自分はたいした人物ではない。
軍略家として訓練を受けてきた経歴もなく、都市国家の政治経済を立て直す学もない。せいぜいアウトドアが趣味で、一般大学を卒業した社会人でしかない。
これまでもわずかな知恵で小さな村の貧困を救っているだけで、“北の賢者”や"軍師”などという大げさな男ではない。
「分かりました、ヤマトさま。“さんこの礼”を調べて、また伺います」
「ああ、勝手にしてくれ。しばらくはオルンに滞在している」
どうやらイシスはまだ諦めてない様子である。まだ軍師としてオレを登用しようと決意している。その瞳は絶対に諦めない強い意志が見える。
(オレより年下だが、かなり心は強いな……)
頼りなさそうなに見えて、イシスはかなり芯が強い少女である。内心でオレは少し彼女のことを見直す。
◇
話も終わりかけた、そんな時であった。
「イシス様!!」
「お嬢さま、ご無事ですか!?」
激しい金属音と共に、剣や盾で武装した集団が広間に駆け付けてきた。
イシスの説明では彼らはオルン近衛騎士だという。
いつの間にか抜け出したイシスの姿を探し、ここまで駆けつけてきたのだ。
騎士団の到着で彼女も身の安全も確保できた。
「怪しいヤツめ! 貴様もこの間者の仲間か!?」
屋敷内で絶命している黒装束の仲間だと、オレは騎士たちに勘違いされる。
なにしろ自分は黒目黒髪の珍しい風ぼう。オレが騎士の立場だったとしても怪しく思う。
「リーンハルト、お止めなさい! ヤマト様は命の恩人です!」
騎士団の登場でどうやら話がややこしくなってきた。
近衛騎士リーンハルトやらに斬り捨てられない内に、オレはこの場を退散することにする。
「という訳で悪いがラック、オレは先に戻る」
「また市場に遊びに行くっす!」
「ああ、待っている」
なにやら厄介事に巻き込まれそうになっていた。
まだ幼い太守代理のイシスの状況に同情はする。
だが自分には村のことがある。
古びた屋敷を後にしてオレは市場のウルド露店に戻るのであった。