第39話:暗殺者
オルンの街の裏路地、黒ずくめ武装集団にオレは囲まれた。
(何者だ……?)
そう思った次の瞬間、相手は行動を起こしてきた。
集団のうち一人が列を離れ、こちらに迫って来る。
他の十人はオレに構わず、屋敷の中庭に次々と侵入していく。
その身のこなしから、特殊な訓練を積んだ武装集団だと推測できる。
(目的はオレじゃなかったか……屋敷の中の人物か……)
オレは瞬時に判断する。
目の前の古びた屋敷の中には、自称遊び人ラックが入っていった。
中にはオレの面会相手である"屋敷の主”がいると言っていた。
おそらくその屋敷の主が、こいつらの目標なのであろう。
(目撃者であるオレは"ついで”か……)
裏路地にいたオレは邪魔な目撃者として消すつもりなのであろう。商人風の自分なら、一人でも楽々と片付けられる相手は判断したのだ。
「何者だ?」
「……」
オレに向かって来た黒ずくめに問いかけるが、やはり返事はない。顔は布で隠されており表情も読めない。
刃先に黒い液体を塗ったナイフを向けて、オレに問答無用で襲いかかってきた。おそらく毒の類であろう。
なんの躊躇もなく、その毒の塗られた刃先で襲いかかってきた。
その動きは一切の無駄がなく、相手が暗殺者として腕利きであることがうかがえる。
「だが……遅い」
「なっ……」
すれ違いざまにオレは相手の首元を斬り裂く。
こちらの手持ちの武器は護身用のナイフ一本だけ。だが身体能力が向上している自分には、相手は苦にはならない腕前だった。
(やはり何も持っていないか……)
倒した黒ずくめの身体を確認するが、身分を明かすような物はなにもなかった。
顔の布を取り確認するが知らない人相。この集団が暗殺のプロであり、明確な目的をもって屋敷に侵入していったことが推測できる。
(コイツ等には殺気があった……つまりは殺る気か……)
先ほどの黒ずくめの集団は、屋敷の中に侵入していった。無関係である自分は、このまま見過ごすこともできる。
だがその場合、間違いなく遊び人ラックは巻き込まれてしまうだろう。なぞの集団による暗殺の惨劇に。
(こんな時に面倒なことに……)
自分のメインの武装は、市場の荷馬車の隠し床下に置いてきている。
今の手持ちの武器は護身用のナイフが一本だけ。あの数を相手にするには戦力としては物足りない。
「ちっ、仕方がないな」
だが見捨てる訳にはいかない。
内心で毒づきながら遊び人ラックを救う為に、オレは古びた屋敷の中に侵入していくのであった。
◇
古びた屋敷の塀を越えて進んでいく。
「ふたり目……」
入り口にいた黒ずくめの見張りを“消し去り”カウントする。
これで残りの相手の人数は九人。もちろんカウントの声は、他に漏れないようにつぶやく。
(それにしても随分と“手ごたえ”が無いな……)
黒ずくめの二人目の消し去ったナイフに視線を送りつつ、率直な感想をのべる。
初見ではヤツらはかなりの手練れに感じた。
だが、実際に対峙して倒した時はあっけないものだった。オレは相手に声を出させる暇もなく圧倒した。
(これならば……村のウルドやハン族の子供たちと同じレベルだな……)
身内びいきでもなく、これも率直な感想だった。
昨年の秋にウルドの村に世話になってから、オレは子どもたちに狩りと共に"護身術”も教えていた。
自称冒険家であった両親から叩き込まれた独自の格闘術。それを村でもみんなに教えていた。
素質だけなら子供たちの格闘術の方が、この暗殺者たちよりも高い。
(やはりウルドの民の身体能力は普通よりも高いのか……あと、ハン族の子供たちもか……)
ウルドの民は争いを好まず、今は辺境の静かに暮らしている。
だが前に聞いた村長の話では、古代のウルドの民は戦いに優れた武の民族だった。
もしかしたら鍛錬や戦いの場に身を置くことで、その本能が少しずつ呼び覚まされているのかもしれない。
今は少数民族であるハン族も、かつては草原の覇王の子孫たち。同じような歴史と状況だと聞いている。
(だが油断はできないな……)
手ごたえがない相手にも、オレは気を引き締めていく。
◇
その後も古びた屋敷の中を進んでいく。
「さん……」
「よん……」
先ほどと同じように、道中の見張りもすべて倒していく。
オレ自身に人を殺める罪悪感が無いわけでない。
だがウルドの村を生かし助けると決意した時から、覚悟はしていた。"抜いた刃で手加減はしない”と。
ここは平和な現代日本とは違い、優しくない世界だ。躊躇した者が容赦なく死に絶える世界なのだ。
今ところ人を相手にしても、自分の精神的に乱れはないのは助かっている。
もしかしたら、これも身体と五感の強化の影響なのかもしれない。精神のストレス耐性も高まっているのであろう。
(ん……この先の部屋か……)
古びた屋敷を進んでいく。
その先で人の争う声が聞こえる。
一人は軽薄そうな青年の声。おそらくはラックであろう。
ここで躊躇して暇はない。
重い扉を勢いよく蹴り開け、室内に突入していく。
「ヤマトのダンナ!」
突然のオレが侵入してきた姿にラックが叫ぶ。
その声は相変わらず軽薄そうではあるが、いつもと違い余裕は少ない。だが無事は確認できた。
「ダンナ、危ないっす!」
ラックの叫び声と共に、部屋の四隅からオレに襲いかかってくる黒い影がある。
(四人か……)
刃先に黒い液体を塗った四人の暗殺者が、音も無くオレに迫る。
ここまで倒してきた相手よりも動きが早く、おそらくは手練れの精鋭であろう。
いきなり侵入してきたオレの命を消し去ろうと、なんの躊躇もなく猛毒の刃を突き出してくる。四身一体の凄まじい連携で。
「はっ!」
だがオレは気合の声を吐き出し、暗殺者を迎撃する。
右手のナイフと両手両足から繰り出す格闘術で、相手の四人を倒す。
「バ、バカな……一撃だと……」
一人だけ残っ暗殺者が、はじめて声をもらす。
オレが目にも止まらぬナイフさばきで、四人を同時に倒したことに驚愕しているのだ。
「ちっ……」
オレには敵わないと判断したのあろう。
舌打ちをして生き残った暗殺者はこの場から逃げ去っていく。
窓を突き破り屋敷の外へあっという間に退却。敵ながら見事なまでの状況判断と撤退だ。
「ダンナ助かりました!」
「ああ。無事か?」
「はいっす!」
ラックが駆け寄り感謝してくる。見たところ外傷もなく無事であった。
どうやらオレがこの部屋に侵入してきた時は、タイミング的に暗殺者たちと同時だったのであろう。
急いで助けにきて正解だった。
「コイツらは何だ?」
「分からないっす……でも、たぶん"この方”の命を狙ったのかと……」
そう言いながらラックは、視線を部屋の中にいるもう一人の人物に移す。
おそらくこの者が屋敷の主であり、ラックがオレに引き合わせたかった相手なのであろう。
着ている高価な服から身分の高さが推測できる。
「説明してもらおうか、ラック」
巻き込まれたとはいえ、自分も問答無用で命を狙われたのである。
どのような状況なのか、今後のために知っておく必要があった。
「はいっす、ダンナ。実はこの方は……」
「ラックさん、その先は私から説明いたします……」
ラックの言葉を遮り館の主が口を開く。
その声は細くか弱いが凛としている。
「私の名はイシス。このオルンの街の太守……その代理をしています」
イシスと名乗ったのは美しい少女であった。
オルンの街の若き当主代理の口から、オレは彼女が命を狙われていた事情を聞くのであった。