第38話:誘い出された裏路地
オルンの街の市場での、ウルド露店の商品の売れ行きはその後も順調だった。
「ねえちゃん、その織物をくれ」
「はい、ただいま!」
村長の孫娘リーシャが看板娘となり、懸命に対応する。
「おっ、この革細工……随分といい仕事だな」
「それオレが作ったんぜ、オジサン!」
「お前みたいなボウズが、これを!? よしっ、買った!」
村の子供たちも天真爛漫な笑顔で売り子にはげむ。
新参者であるウルド商店が、オルンの市場で良い場所を確保するのは難しい。
だがウルド産の良質の工芸品は、この街では珍しく人気を得てきた。
昔からの顧客の口コミもあり、露店を広げてから数日後には人だかりも出来るようになったのだ。
「おい、ジイさん。このスゲエ短刀の値段はいくらだ!?」
「おい、見てみろ。この槍先……見たこともない業物だ……」
そんな中、山穴族の老鍛冶師ガトンの作った鍛冶製品も注目を浴びていた。
「ふん、それは売り物でない。その槍先もじゃ」
「なら、こっちの包丁は?」
「そっちも、お前さんにはまだ使えこなせんじゃろう」
だが頑固な職人であるガトンは、その首をなかなか縦に振らない。
“鉄と炎の神”に愛された職人の山穴族は、相手の力量を見合った物しか売らないことで有名なのだ。
「ガトンのジイさん……客に売る気はあるのか?」
「ふん、素人には売るつもりはない」
「そうか」
オレの質問にも、ガトンは頑なに信念を曲げない。
客たちも山穴族が頑固であることは知っているので、トラブルにならないが唯一の救いだ。
ちなみにガトンはオルンの街には初日から一緒に来ていた。
「ところでジイさん、乗り物酔いは、もう治ったか?」
「ふん、大地から足を離して動く乗り物は好かん!」
だが大地の民である山穴族は、乗り物にめっぽう弱かった。
久しぶりに乗り込んだ荷馬車に大酔い。今朝になりようやく回復していたのだ。
万能だと思っていた山穴族にも、こんな弱点があったとは意外なものである。
裏方であるオレも荷馬車から商品を出して、陳列の補充をする。
「あっ、ヤマトのダンナ! ちゅーす」
そんな中、オレの名を呼ぶ軽薄な声が聞こえてきた。
「なんだ、お前か」
「“お前”じゃないっす、ラックっす」
「ああ、そうだったな」
声をかけてきたのは遊び人風の青年……名はラックである。
初日に貴族商人と"革製品のいざこざ”を引き起こした青年が、今日も来店したのだ。
ちなみに今のところは、あれから毎日来店の"皆勤賞”である。
「リーシャちゃん、今日も可愛いっすね」
「褒めても何もありませんよ、ラックさん」
「またまたー」
相変わらず軽い感じで、看板娘であるリーシャに声をかける。
彼女も最初は軽いラックを警戒していたが、毎日こうも褒められて慣れてきた。
「あつ、ラックのオジサンだ!」
「あっ、本当だ。今日も来たのか、本当に暇人だよね!」
「"無職”っ言うらしいよ。ラックのオジサンみたいなブラブラ人を!」
「ちっちっち……“遊び人”って呼んで欲しいね、そこは。それにオレっちはまだ若いから、"お兄さん”ね」
売り子をしている村の子供たちにも、ラックはいつの間にか人気者なっていた。
軽く調子がよく、イジリやすいのか、同レベルでの会話が続いている。あっとう間に子供たちとは仲良くなっていた。
(掴みどころのない男だな……だが不思議なヤツだ……)
とてもてじゃないが、不器用なオレには真似できない芸当だ。
もしかしたら軽薄な口調も、相手に警戒心を抱かせない高等な技術なのかもしれない。
どんな相手でも、すぐに仲良くしてしまうタイプ。
このオレですら既にラックのペースに巻き込まれている。
「あれれ? 今日は山穴族のダンナもいるんっすね?」
「ああ。売ってくれるとは限らんがな」
昨日まで乗り物酔いでダウンしていた老鍛冶師ガトン。その商品が並ぶのは今日が初めてで、ラックも初見である。
「へー、どれどれ」
ラックは軽い感じで、並んであるガトンの鍛冶製品をのぞき込む。
「おっと……これは……」
その時である。
ラックの目の色が一瞬だけ鋭くなる。
その視線の先には“赤結晶の彫刻”があった。
老鍛冶師ガトンの素晴らしい金属製品の数々ではない。
どの客も興味をもたなかった何の変哲のない"彫刻”を見て、ラックは驚愕していたのだ。
(ほう……"それ”の価値に気がつくか……)
他の売り子の誰も気がつかない、ラックの微妙な視線。
オレだけはそれを見逃さない。
「どうしたラック、顔色が悪いぞ」
「へっ、そうすっかー? オレっちはいつでも元気っすよ! それにしても素晴らしい槍先っすねー」
カラ元気で何事もなかったように返事をしてくる。見事な気持ちの切り替えだ。
「とことでヤマトのダンナ。今は暇っすか?」
自分の心情を悟られないように、ラックは話を転換してくる。
「商売中だ。暇そうに見えるか」
「そっすね……少しだけ……」
見栄を張って返事をしたが“、オレは今はちょうど暇な時間帯だった。
なにしろオレは接客に向かいないために、やる仕事がない時間帯もあるのだ。
「ヤマトさま。ここは私たちに任せてもらって大丈夫です」
「そうそう、大丈夫だから。行ってきなよ、ヤマト兄ちゃん!」
リーシャをはじめとする売り子のみんなは、オレに手伝いは大丈夫だと気をつかってくれる。
ここ数日間、交代もなしにずっと働きっぱなしだった自分に、気をつかってくれているのであろう。
「……という訳で、オレっちについて来てください。ヤマトのダンナ」
「どこにだ?」
「いいところっす」
自称遊び人ラックは曖昧な説明で、オレを誘ってくる。明らかに怪しい同行のお誘いだ。
だがこの男の頼みは、なぜか断れない不思議な魅力がある。
「あとのことは頼んだ、リーシャさん」
「はい、お任せ下さい、ヤマトさま」
オレは露店のことを村長の孫娘リーシャに任せて、ラックの誘いについて行くのであった。
◇
ラックに連れられてオルンの市街地の路地を進む。
「どこまで行くつもだ?」
「もう少しっす、ヤマトのダンナ……」
周りには人気はなくオレとラックの二人きりだ。前を進む背中を追っていくうちに、どんどん知らない裏路地へ入ってく。
もちろん来た道や方向感覚には注意しているが、明らかに街の中心街から離れている。
「ダンナ、ちょっとここで、待っててください」
「ああ。早くしろ」
古びた屋敷の前でラックは立ち止まる。
どうやらここが目的の場所だという。この屋敷の中に、どうしてもオレに会わせたい人物がいるという。
「ちょっと話をつけてきます」
相手はよほど警戒心の強い重要人物なのであろう。
ラックは屋敷の警備を解いてもらうために、一人で中に交渉しに入っていく。
オレは一人で裏路地に置いていかれる。
(随分と古い館だな……)
年代物の建物だが、造りはしっかりしている。ここの主はかなりの地位にある者かもしれない。
だが今は広すぎる屋敷の手入れに、手が回らない様子だ。人手不足か財政難なのであろう。
(それにしてもラックのヤツ、遅いな……)
ラックを屋敷の裏口で待っていた、その時である。
(……ん!?)
周囲の異変に気がついたオレは、腰のナイフに手をやる。
(いち……に……さん……よん……)
殺気から相手の数を測る。
薄暗い裏路地にいたオレは、いつの間にか何者かに囲まれていたのだ。
「盗賊……いや、プロの暗殺者か」
自分を包囲していたのは黒装束の集団。
明らかに殺しの鍛錬を積んだ武装集団によって、オレは囲まれてしまったのだ。