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第37話:バザール

 

 オルンの街の市場調査が終わり戻ってみると、村の子供たちがトラブルに巻き込まれていた。


「ヤマトさま、お助けください」

「どうした、リーシャさん」

「実はお客さま同士が……」


 視線をウルド露店の前に向ける。

 そこには二組の客が何やら言い争いをしていた。


「悪いね、オジさん。この革細工はオレっちが先に会計したんぜ」

「ふん、そんなものは関係ないわ! ワシが買うと今決めたのじゃ!」


「まあ、まあ。お客さんたち。どっちも落ちついてよー」


 どうやら商品の購入権に関するトラブルである。売り子である村の子は、二組の言い分の間で困っていた。



「オレっちはこのウルド革製品が好きでさ、ようやく見つけたんぜ、オジさん」


 先に選んで会計を済ませたのは、若い青年であった。軽薄そうな口調で、どこか遊び人風にも見える。



「ふん、そんなのは知るか、小僧! これは金になる商品じゃ!」


 一方で後に来た男は高圧的に、横取りしようとしていた。

 恰幅かっぷくと身なりは良く、成金の商人といったところであろう。


 この二人の男の客が、ウルドの露店に並ぶ商品に関してもめている。

 細かい決まりがない市場バザールでは、よくある光景。周りの通行人も気にしていない。


「店の前でケンカは止めてもらおうか」


 状況を把握したオレは、二人の間に割って入り仲裁する。これ以上のいざこざは営業妨害にもなりかねない。


「なんだ! キサマは!?」

「この店のあるじだ」


「へぇー、あんたがこのウルドの露店のね……」


 突然介入してきたオレに、両者は反応する。成金男は威圧的に、遊び人風な青年は何やら感心している。


「ウチの店は早い者勝ちだ」

「な、なんじゃと!? 金なら腐るほどある! 何ら店の全ての商品ごと買い取ってやるぞ!」

「いや、遠慮しておく」


 オレとしては価値のある者に買ってほしい。

 ウルドの老人や子供たちが、厳しい冬の間に心を込めて作り上げた品物を。


「なっ……ワ、ワシを誰だと思っておるのだ! 帝国の貴族商人であるブタンツ子爵であるぞ!」

「すまない。勉強不足で知らない」


 オレの丁寧なはずの対応に、ブタンツ子爵を名乗る男は顔を真っ赤にして激怒する。恰幅のいい身体を震わせ、今にも斬りかかってくる勢いだ。


「不敬罪じゃ! この田舎者を斬り捨てぇ!」


 その指示と共に、後ろに控えていた人影が動く。 

 腰に剣をさしているとことを見ると、護衛の傭兵たちであろう。雇い主の命令に忠実に従い、抜剣してオレを斬り殺そうとする。


「恨みはないが、死ね!」


 傭兵たちは手慣れた様子だ。

 少数民族の売り子を殺しても大した罪にはならない。貴族商人である主が、いつものように金で解決してくれるからだ。


「あんっ……?」


 だが傭兵たちの剣は、いつまでたっても抜かれることはなかった。


「なんだ……こりゃ……」


 何故なら、ついさっきまであった自分たち愛剣が、腰からさやごと消えていたのである。まるで神隠しにあったかのように。


「探し物はコレか?」


「な……な、なんで……てめぇがそれを……」


 オレが手にしていた剣を見て、傭兵たちは顔を真っ青にする。

 音も気配もまったく無かった。いつの間にか目の前の商人風情が、自分たちの剣を奪い取っていたのだ。


「まだ、るか?」


 オレは貴族商人に視線を向けて尋ねる。

 これ以上やるのならば、こちらも“本気”を出させてもらうと。視線で伝える。


「お、覚えておれ! この屈辱は必ずはらしてやる!」

「もう買いに来なくてもいい」


 貴族商人と傭兵たちは捨て台詞と共に、市場バザールから逃げ去っていく。もちろん質の悪い駄剣は返してやった。


「ヤマトさま、本当ありがとうございます」

「さすがはヤマト兄ちゃんだったね!」


「さあ、遅れていた分を取り戻すぞ」


 トラブルも収まりウルド露店の営業を再開する。


 市場バザールはオレたちの影響で、一時は騒然とした。

 だが何事もなかったかのように、今は賑わいを取り戻している。

 

 貿易都市であり人種の坩堝るつぼであるオルンの街では、先ほどのようなトラブルは日常茶飯事なのであろう。たくましいものである。



「いやー、助かったよ、ダンナ」

「当たり前の対応をしたまでだ」


 さっきの革製品を購入した青年が、オレに拍手をして称えてくる。


「それにしてもダンナは強いんだね」

「べつに大したことではない」


 このオレの言葉は謙遜けんそんではない。

 先ほどの傭兵たちの動きは、あまりにも遅く稚拙ちせつだった。奴らの腰から鞘ごと剣を抜き取るなど造作もない。

 

 本当にあの程度の腕で、傭兵業をやっていけるのか疑問だ。

 あれでは村のウルドやハン族の子供たち方が、スキもなく何倍もマシだ。


「さすがは“うわさ”の……"ウルド村のヤマト”のダンナだ……」

「噂……だと?」


「おっと、いけねえ。もう戻らないと。じゃあ、またな、ヤマトのダンナ!」

「ああ」


 遊び人風の男はそう言い残し、市場バザールを走り去っていく。

 だが何やら気になる単語に、男はアクセントを置いていたような気がする。


(“うわさ”か……そんなハズは……)


 オレが住んでいたウルドの村は、山岳地帯の閉鎖された辺境の集落である。

 つい最近まで大盗賊団に街道を封鎖されて、村の出入りは誰ひとりなかった。

 

 つまりウルドの村にオレがいたことは、村人以外は誰も知らないはずなのだ。噂や情報がもれる可能性もない。


(聞き間違いか……だが)


 妙に気になる青年であった。

 外見は軽薄で遊び人風であった。

 だが明らかに足運びは"タダ者”ではなかったのだ。恐らくは何らかの鍛錬を受けてきた者。


「ヤマト兄ちゃん!」

「ん。どうした?」


 ウルド露店で売り子をしている子供たちが、オレに声をかけてきた。


「また、そんな“難しい顔”だと、お客さんが寄り付かないよー」

「そうそう、笑顔、えがお」


 どうやら考えごとをして、オレは硬い表情になっていたようだ。

 客商売の基本であり最重要である"営業スマイル”を怠っていたようである。


「こうか?」

「まだ、まだ“難しい顔”だよ!」

「ならば……」


「ヤ、ヤマトさま……ここは私たちに任せてゆっくり休んでください」


 少女リーシャにも気を使われてしまう。

 仕方がないので露店は彼女や子供たちに任せておくことにする。



 夕方となり市場バザールの営業時間は終わりを告げる。


「今日は思っていた以上に売れましたね、ヤマトさま」

「ああ、順調だったな」


 午後だけの短い時間とはいえ、ウルド露店の商品の売れ行きは順調だった。

 まだ在庫が沢山あるので、明日移行も出店する予定だ。


(またトラブルのなければいいのだがな……明日からが本番だ)


 少々の不安はあるが、更なる新しい目論見もくろみをオレは計画していくのであった。





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