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第4話:困窮の村ウルド

 警戒していた村人からの襲撃はなく、オレは無事に入村を許された。


「うちの孫娘を助けてもらい感謝じゃ、旅のお方よ」


 ウルドの村の村長と対面した。

 森の中で助けた少女リーシャは村長の孫だったのだ。


「気にするな。通りがかりで助けたまでだ」

「ふぉっふぉっふぉ、ご謙遜をヤマトさま」


 初老の村長はていねいに感謝の言葉を述べてくる。山岳民族の独特なカラフルな衣装を着込みかなかの礼儀正しい人物だ。


「リーシャさんから聞いていると思うが、雨をしのげる場所をひと晩だけ提供してほしい。何だったら馬屋でもいい」


 事前にリーシャに頼んでおいた寝床について、改めて村長にもお願いする。

 宿代としてオレの狩った大兎ビック・ラビットを半分渡していた。とりあえず今日の夜を過ごせればいい。


(情報収集をして早めにこの村を離れよう……)


 オレはこの村に長居する予定はなかった。

 ここでひと晩だけ世話になり、こちらの世界の情勢を聞き出すつもりだ。ここから一番近い街への道順や、階級制度や経済状況が知りたい。


 リーシャや村長と会話して分かったがこの世界ではオレの言葉にほんごが通じる。それならば大きな街に移り住み仕事ができる。肉体労働や雑務など何でもして日銭を稼ぐ必要がある。


(この村は閉鎖的すぎる。できれば人種のるつぼである街の方が安全だ)


 オレはこの世界では異邦人である。黒目黒髪で東洋人の独特の顔立ちで目立ちすぎる。

 街にどんな経済観念がありか知らないが、そこで衣食住を維持して生き延びるためには、身分を隠してでも貨を得る必要がある。


「村の外れに無人の空き家がある。ボロ家だが今宵はそちらを自由に。おい、リーシャや。ヤマトさまを案内してあげなさい」

「はい、おじいさま」


 村長とオレの会談も終わり、少女リーシャに今晩の寝床に案内してもらう。


 彼女は森で出会ったときの狩人スタイルから着替えていた。村長を同じように山岳民族の独特な色彩豊かな衣装を着ていた。

 この世界の美的基準は分からないが、オレも目から見ても十分に美しい少女である。


「失礼かもしれないが随分と寂しい村だな、ここは」


 村の中を歩きながらその感想を口にする。隣を歩くリーシャを怒らせないように、言葉は選んでいるつもりだ。


「かつては独自の文化で栄えて村でした。でも最近は不幸が続きまして……」

「不幸か……村に老人と子どもしかいないのもその理由か?」


「気が付かれていましたか……」

「ああ、さすがにな」


 オレはここに入村した時から違和感があった。村長と会話をし、今こうして村内を歩いて、その感じは確信に変わった。


『ウルドの村には老人と子どもしかいない』という不可思議な状況に。

 今も村内を歩いているオレに怪訝な視線を向けてくるのは、年老いた老人とやせ細って目つきが鋭くなった子どもだけだ。


「ことの発端は少し前のことになります……」


 歩きながらリーシャはこの村が置かれている状況を簡単に説明してくれる。



 それは数週間か前のこと。

 この一帯を広く治める領主の軍がいきなり進軍して来たのだ。少数民族であるウルドは一応はその領主の庇護ひご下にあった。税を治めることにより、民族としての自治を長年にわたり認めてもらっていた。


『探せ! 家屋はもちろん家畜小屋まで探せ!』


 だが領主はこちらの言葉も聞かずに一方的に村内の散策を命じた。何を探していたかは検討もつかない。とにかく村中を全てかき回して探索していた。


『まだ無いのか……それとも隠しているのか。おい、老人と子ども以外の全てのウルド人を連れていくぞ!』


 探索を終えて領主は兵士たちに命令をくだした。その言葉のとおりに成人者から大人まで全ての村人に縄をつけて連行しいく。更には備蓄していた穀物や家畜も一緒に徴収して。


『殺すつもりはない。だが抵抗すれば今すぐウルド人を滅ぼす』


 意義を唱えようとした村人たちを領主は恐ろしい言葉で脅した。もともと平和主義であるウルドの村人たちは従うことにしたのだ。

 こうして山岳地帯にある辺境の村ウルドは、老人と子どもしかいない集落になってしまったのだ。


「その後にも悪いことは続きました……」


 リーシャは悲痛な声で話をつづける。

 領主がこの辺境を見捨てたことが噂になり、山賊団が出没するようになった。街までの街道に出没して、ウルドに行商人が立ち寄らなくなり経済的に孤立したのだ。


「塩や雑貨、必需品は行商人に頼る比率は大きくて……」


 こちらから街へ買い出しに行く案もでた。だが大人たちがいなく襲われたらひとたまりもない。


「一番の問題は食糧難でした……」


 近年は村での穀物の不作が続いていたという。麦の一種である穀物が病気にかかり収穫量が激減したのだ。備蓄していた食料と家畜も領主が徴収して、命にかかわる食糧難が村を襲っていた最中だった。


「それで危険を侵してまで、私は森へ狩りに入ったのです」


 森の中は豊かな恵みが多い。

 だが先ほどの大兎ビック・ラビットのように危険な獣が多い森。大人の猟師も連れていかれてしまった今では、リーシャしか弓矢をまとも使える者はいなかったのだ。



「お話はここまでになります……」


 リーシャの悲痛な説明を終わる。


「なるほどな。それは厳しい状況だ」


 村の中を歩きながらオレはつぶやく。

 彼女の話を聞きこの村がおかれている状況がわかった。異世界からきたオレから見てもかなりの危機的状況である。


 とにかくこの村には活気がなく空気が沈んでいる。空腹のあまりに道端に座り込んでいる村人たちの目に、希望の光はなく覇気がない。

 見ているだけで胸が苦しくなる光景である。


「とにかく村での最大の問題は食糧難でした。小川の水と川魚、野草で今のところ生きのびていますが、このままだと村はいずれ……」


 リーシャは村の光景を辛そうに見つめ暗い顔になる。彼女は先ほどまで元気な表情だったが、オレを前に無理をしていたのであろう。そういえば村長もそんな感じであった。


 露出した首や腕を見ると彼女も全体的にやせている。このくらいの年頃ならもう少し膨らみがあってもおかしくないはずだ。

 おそらくは村長の孫娘としてかなり無理をいるのであろう。たった一人で危険な森の奥まで入っていたことからも分かる。


「グチを言って申し訳ありませんでした。さあ、こちらがヤマトさまの宿になります。飲み水やかわやまきに関しては先ほどの説明のとおりに自由にお使いください」


 リーシャが案内してくれたのは小さな平屋であった。

 村外れにある板と土壁でできた古びた一軒家だ。この山岳民族独特の工法で建てられた建物。


「ここは無人の家、自由にお使いください。何だったら……しばらく滞在しても大丈夫です!」

「ひと晩だけで大丈夫だ」

「そうですか……何かあれば村長の家に私いるので」


 少し寂しそうな表情でそう言いのこし、リーシャは立ち去っていく。これからオレの狩ってきた大兎ビック・ラビットを解体する作業があるという。


 少女が立ち去りオレは村外れでぽつんと一人になる。


「さて、どうしたものか……」


 周囲に誰もいないことを確認してオレはつぶやく。ひとり言で復唱をし、冷静になるのはオレのクセでもある。


 ここまで受けた説明と自分の観察で分かったことは、この村がかなり困窮しているということだ。

 部外者である自分に対して敵意は今のところはない。村長の孫娘であるリーシャの命を助けたことが好印象だったのであろう。


「だが楽観視はできないな……」


 こういった辺境の村にはどんな風習があるか分かったものではない。

 もしかしたら好印象を演じてオレをだましているのかしれない。オレの寝込みを襲い、持ち物を奪うかもしれない。もしくは人食い文化が残る部族かもしれない。


 考えすぎかもしれないが、実際にオレは東南アジアを旅していたときに似たような経験をしていた。二十一世紀の地球上でも起きていたのだから、異世界で何が起きても不思議ではない。つまりは油断禁物ということだ。


「さて、まずは貴重品を管理。それから飯を作るとするか」


 登山用の大型リュックを降ろし、必要な道具の入れ替えをおこなう。長期登山の途中でオレはここに転移してきた。荷物の中にはテントやサバイバルグッツ・衣類・食料や水などけっこうある。


 だがこれらに依存して生活していく考えは、オレにはなかった。

 なにしろここは文明度の低い異世界である。数日間の旅行ならまだしも、これから何週間日、いや何年間ここで過ごすかは想像もできない。


「補給を考えてなるべく現地調達でいくとするか……」


 オレは死ぬまでこの世界で暮らす覚悟もすでにできていた。そのためにできる限り現世日本の道具器機に頼らないつもりだ。

 可能ならば現世の日本に戻りたいが、その可能性はかなり低いであろう。転移してきた原因や理論すら分からないのだ。


「よし、ここの壁板がちょうど外れて隠せるな」


 ボロ家の中を散策して、いい隠し場所を見つける。

 背負っていたリュックをすっぽりと隠せる収納場所だ。万が一に村人たちからも見つからない場所である。


「最低限これだけあれば今日は大丈夫か」


 必要最低限のサバイバル道具を予備の小リュックに移し替えて、持ち歩くことにする。

 万能調理器具であるサバイバルナイフや小鍋、調味料、スプーンナイフの道具などの飯道具。


「できればこれば使わずにいたいがな……」


 あと対人用の護身具も持ち歩いておく。

 強力な熊用催涙スプレーや電気スタン棒など山での護身具。これらは人に使うのはあまりにも危険な“武器”である。


「あと、オレの身体の動きはどうか……」


 スッと深呼吸をしてから空中に蹴りをくり出す。

 続いて掌底しょうてい打とひじ打ちの連携。最後にサバイバルナイフで止めを刺す一連の動き型としておこなう。


 これは自称冒険家であった両親に、オレが幼いころから叩き込まれた護身術の型である。


「やはり身体の動きが恐ろしいほどキレている。日本にいたときの何倍も……」


 空き家の広間で一連の型を終えてそう確信する。明らかに自分の身体の身体能力が向上していることに。

 筋力や瞬発力はもちろん動体視力や五感のすべてが向上している。


「森で大兎ビック・ラビットを倒したのも偶然ではなかったということか……」


 護身術の型が自分の思っていた通りの動きをトレースできることに驚く。イメージの中の最良の動きに身体がついていけるのだ。


「やはりこの世界は重力が地球よりも弱いのか? それとも何かしらの影響でオレの身体が強化されているのか?」


 見知らぬ世界での身体の向上は嬉しい誤算である。だが楽観視はできない。

 とにかく今のところは誰も信用できない。村長や村人はもちろんあのリーシャという少女ですら。


(ん?……)


 その時であった。

 平屋の中にいたオレは気配を感じる。建物の外に複数の人の気配があるのだ。


(さて、さっそくお出ましということか……しかも、この数か……)


 建物の小窓から気配を消しながら外の様子をうかがう。

 自分のおかれた状況に思わず心の中でグチる。そして相手の想像以上に素早い行動に対して。


(少なく見積もって数十人といったところか……)


 いつの間にかオレは取り囲まれていたのだ。鋭い目つきをした無数の村人たちによって。



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