第33話:【閑話】おとこたちの魂の安息
岩塩鉱山での霊獣との激闘から数日が経つ。
大怪我を負ったオレだったが、安静にしていたお蔭で動けるようになった。
「坑内は特に異変はないか」
動けるようなったオレは一人で、鉱山内部の安全調査にやってきた。
主である霊獣を討伐したとはいえ百年もの長い間、人の手が全く入らずにいた場所だ。
本格的に稼働する前に、危険がないかこの目で最終確認をする。
「坑内は多少の修復で使えそうだな」
鉱山の内部の設備に大きな損傷はなかった。これならある程度の設備の修復で、すぐに再利用ができそうだ。
これは以前に発掘していた山穴族たちの、基礎工事がしっかりとしていたお蔭であろう。
頑固なまでに仕事に一切の妥協がない、山穴族らしい“いい仕事”の歴史だ。
「まずは村で使用する岩塩の採掘。その後は……」
この岩塩鉱山の今後の利用について思慮する。
何しろこの鉱山は、大陸でも有数の岩塩の埋蔵量がある。
今後は存在自体を内密にして、掘り出した岩塩の利用方法も慎重に取り扱う必要がある。
なにしろ"塩”は人の生存に必須なモノ。
地球の歴史でも、塩は古くから政治と経済で重要な位置を占めていた。塩を扱う商人は大きな富を得て、貴族まで成り上がる者も多い。
国や領主による専売制をとる支配者を多く、国を維持する富を塩から得ていた。
とにかく大量の塩の取り扱いには、今後は細心の注意を払っていく。
「まずは採掘や精製方法の取り決めだな」
岩塩を直接掘り出す方法では不純物が混じりやすく、硬く食用には適さない。
食用の商品とするには、専門の山穴族の知識を必要としていた。
塩の取り扱いについて思慮しつつ、坑内の安全をくまなく調査していく。
◇
「さて、最後は最下層か……」
坑内の全ての安全を確認し終え、最後の場所へ向かう。
鉱山の最下層にある採掘場。数日前にオレたちが霊獣と死闘を繰り広げた決戦の場である。
緩やかな坂をくだり、最下層にたどり着く。
「ここにいたか、ジイさん」
最下層にいた人影に声をかける。
「なんじゃ、来ていたのか、小僧……」
その場所にいたのは山穴族の老鍛冶師ガトンであった。
光苔しかない薄暗い中、松明も持たずに静かに立っていた。
「こんな暗闇の中で辛気くさいな」
「ふん、山穴族は闇でも良く見えるのじゃ」
「だろうな」
ガトンの隣に歩み寄り、その視線の先にオレも目を向ける。
老鍛冶師が目を細めてじっと見つめているのは、足元の黒い塊だった。
「霊獣の亡骸か」
「ああ……風化も終わりかけておる……」
数日前にオレたちが倒した霊獣の死体を、ガトンは一人見つめていたのだ。霊獣の亡骸は切断した核だけをオレが保管し、他はここに放置していた。
「霊獣の亡骸は取り込んだ魂と共に塵となり、その土地の糧となるのじゃ……」
「そうか」
霊獣は普通の獣と違い、死んだ後に血肉や骨が残らない。
核を破壊されると、時間をかけて空中に塵となり消え去ってしまうのだ。食い殺し取り込んだ生物の魂と共に。
「この塵の中に、あんたの仲間と家族もいるのか」
「ああ……みんなイイ奴じゃった。最高の鉱山師で鍛冶職人じゃった……」
百年前、鉱山にいた山穴族の集落は、突如として降臨したこの霊獣によって滅ぼされた。
ガトンのように辛うじて逃げのびた者もいたが、ほとんどの同族は霊獣の糧となってしまったという。
「この百年もの間……この霊獣のことをワシは恨んでいた。災厄と割り切ることは、ワシにはできんかったのじゃ……」
「そうか」
老鍛冶師ガトンは静かに語る。
◇
百年前、家族や仲間を見捨てて生き延びた自分を、恥じてばかりいたと。
命を助けてもらったウルドの村に世話になりつつも、その恨みの炎は消えることはなかった。
この大陸で“霊獣”という存在は、自然界が生み出した天災のようなモノだ。回避できない死の運命の一つ。
ゆえに同族を失った怒りを、何処にもぶつけることは出来ない。
行き場のない魂のガトンは、自分の工房で百年近くも一心不乱に鉄を打ち続けていた。
気がつくと大陸でも有数の匠の称号も得る機会もあった。
だが、それでも老鍛冶師ガトンの心は癒されることはない。
「そんな時にオヌシが現れたのじゃ……"迷い人”であるオヌシが……」
ウルドの村の窮地に現れたのは、英知をもった謎の青年ヤマトであった。その者は新しい技術と勇気を示し、村の問題を解決していく。
武器を手に取れば、目にも止まらぬ技と早さで凶暴な獣を打ち倒していく。
更には不思議な道具と武器も有していた。
「複雑な機械式の弩……そして、"このワシ”ですら見たこともない金属で鍛え上げた短剣。あれは衝撃じゃった……」
「ああ、あのときか」
ガトンは心のどこかで期待した……『この者ならいつかアノ霊獣を倒してくれるのでは?』と。
だが自分の恨みにのために、他人を利用もしたくなかった。
「ワシの勝手でオヌシを危険にさらしたくなかったのじゃ……」
「それで最後まで迷っていたのか。"コレ”をオレに渡すのを」
ガトンの話を聞き終え、オレは腰に下げていた片刃の剣を抜く。これは霊獣との決戦時、ガトンがオレに投擲し渡してくれた剣。
この剣のお蔭で、オレは硬化した触角を斬り払い、辛うじて霊獣を倒すことができたのだ。
「それは霊獣を倒す為だけに、ワシが作り出してしまった〝恨みの剣"じゃ。人を生かすモノではない……」
ガトンは深く後悔をしていた。
"鉄と火の神”に愛された山穴族は、『個人的な恨みの感情で鉄を打ってはいけない』という厳しい戒律がある。
その誓いを老鍛冶師ガトンは破ってしまった。
ヤマトからあの時に対価として貰った、〝現代日本の匠の結晶である和式サバイバルナイフ”をベースに、新たなる剣を作り出すことを決意する。
決戦までの七日七晩の全身全霊をかけて、秘蔵の鋼とサバイバルナイフを混ぜ合わせ”剣"を作り出した。百年分の恨みを込めたガトン最高傑作の魔剣を。
◇
ガトンの話はつづく。
「じゃが、ワシは……お主を見送る時に、その剣を手渡せなかった。迷ったのじゃ……自分の愚かな行為に後悔して」
「それでオレの装備をあれほど心配していたのか」
数日前に鉱山の中に入る前の最終確認の時。ガトンはしつこい位にオレの軽装さに言葉をかけてきた。
恐らくはその時も、この剣を手渡したくて葛藤していたのであろう。どうりで様子がおかしかったはずだ。
「許してくれ、小僧……いや、ヤマトよ。ワシの個人的な感情のせいで、オヌシや村のみんなを危険にさらして……」
老鍛冶師ガトンは声を詰まらせながら謝罪してきた。
頑固で融通の利かない山穴族の男が、自分の非を認めているのだ。
「気にするな、ジイさん。大したことではない」
「なっ!? じゃが、ワシは……」
「ジイさんのお蔭で、村のみんなとオレは生きている。それだけでいい」
「小僧……オヌシ……」
オレのその言葉には嘘はない。
この老鍛冶師がいなければ、窮地だった村の生活がどうなっていたか想像もできない。
その凄腕から生み出された道具は村の暮らしを向上させ、狩りの道具は寒さと飢えをしのぐ毛皮と肉を与えてくれた。
残虐非道な山賊から村を守ったのも、ガトンの作り出した弩隊のおかげ。
そして魔獣を退治して塩を得ることができたのも、ガトンのこの剣のお蔭である。
「この剣の〝対価”の代わりだ。ジイさんにコレをやる」
言葉を失っているガトンに、オレは杯を手渡す。
そして村から持ってきた小瓶から、琥珀色の液体を注ぐ。
「なんじゃ、これは……」
「村長の一番秘蔵の酒だ。くすねてきた」
「こんな時に、酒じゃと……」
「献杯の酒だ」
オレはガトンに説明する。
自分の故郷の国では“故人を悼み杯を捧げる”献杯という習慣があることを。これは、そのための酒と杯だと。
「小僧のくせに随分と年寄り染みているの、オヌシは……」
「オレも付き合ってやる」
自分の杯にも同じように酒を注ぎ、霊獣から舞い上がる風化の塵に視線を移す。
「勇敢な山穴族の魂の安息に……献杯」
「献杯じゃ……」
別れに長々しい言葉はいらない。
オレとガトンは誰もいない静寂の間に杯を捧げる。
偉大なる漢たちの魂にむかって。




