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第32話新しい季節の予感


 岩塩鉱山で霊獣を倒してから数か月の日が経つ。


「ガトンのジイさん。岩塩の採掘は順調か」

「うむ。岩と鉄に関しては。ワシら山穴やまあな族に任せておけ。小僧」

「ああ、頼りにしている」


 ウルドの村から少し離れた所にある岩塩鉱山は、順調に稼働していた。

 

 老鍛冶師ガトンの頼もしい言葉にもあるように、岩塩を採掘しているのは山穴族の年配の鉱山師たちである。

『巣食っていた霊獣が退治された』という噂が彼ら独自のネットワークで伝わり、大陸各地から懐かしのわが家に戻って来たのだ。


 老鉱山師たちはガトンと同じく百年前の事件から奇跡的に生き延びた老人たち。その後は大陸各地に散らばり静かに暮らしていた者たちだ。


「山穴族は生まれ故郷を大事にするのじゃ」

「百年も経ってもか」

「ああ、故郷ふるさととはそういうものじゃ、小僧」


 鉱山師やちはガトンと同じように既に年老いていた。だが、その子供や孫たちを引き連れて再び戻って来てくれたのだ。


「約束通りに食料や生活物資はウルドの村から出す」

「ふん、もちろんじゃ。あと酒もな」

「村長に相談しておく」


 里帰りした山穴族の鉱山師たちは、ウルドの村外れに住むことになった。

 彼らには特殊な技術が必要になる岩塩の掘削と加工を委託する。その代わりにウルドの民から生活物資を分け与えるという関係だ。

 

 ウルドの民は塩を得て、山穴族は食料と故郷を得る。

 お互いに欲するモノを得る共同生活は、今のところは上手くいっている。



「ところで本当にオレが岩塩鉱山の所有者なのか、ジイさん」

「ああ。霊獣に止めを刺したのはオヌシじゃ。遠慮はするな」

「なるほど、そういうことか」

 

 岩塩鉱山の所有者オーナーはオレになった。

 これは『霊獣が降臨した土地の新しい所有権は、倒した者に生じる』という、この大陸の絶対的な慣例だ。権利の分割はできずに、最後に止めを刺したオレ一人になったのだ。


「岩塩の採掘と保管は極秘裏に行う」

「うむ、その方がいいじゃろう」


 大陸有数の埋蔵量を誇る岩塩鉱山の百年ぶりの再開。かん口令を敷いて極秘裏に行うことにした。

 採掘した大量の岩塩は、頑丈な扉で施錠された坑内に保管しておく。


 頑固で絶対に嘘をつかない種族である山穴族は、秘密裏ひみつりに岩塩を採掘してくれるのに向いていた。



 村に戻りオレは村長の孫娘リーシャと村内の視察をする。


「ヤマトさま、イナホンの生育は今のところ順調ですね」

「標高が高いウルドは害虫や病気も少ないからな」

「なるほどです、ヤマトさま」


 米に似た穀物イナホンの生育は順調に進んでいた。

 山岳地帯にあるの村は作物の栽培に適している。標高が高い分だけ気温が安定しており、害虫や作物病も少ないのだ。


 この分だと秋には、金色の実りで村中があふれるであろう。


「そういえば……ヤマト様の怪我はもう大丈夫ですか?」

「ああ、問題ない」

「それは良かったです!」


 リーシャが心配しているのは、数か月前に霊獣から受けたオレの大怪我のことである。

 

 霊獣との戦いで一番の重傷を負ったのは、このオレだった。クロスボウ隊の子ども達や老鍛冶師ガトンは軽傷で済んでいた。


(肋骨の数本の骨折に、全身に数え切れないほどの裂傷と打撲。今思うと、あっとう間に完治したな……)


 オレが霊獣から受けたダメージは決して軽くないものであった。

 だが自分での驚くほどの超回復、具体的には"たった数日間の休養”で完治したのだ。


(これも身体能力の向上の恩恵か……)


 オレの怪我の回復が異常に早かったのは、恐らく異世界に来たときの恩恵の一つだ。客観的に普通の何倍もの回復力を持っていると推測している。

 今のところ、このことは誰にも言うつもりはない。何しろ異常すぎるからだ。

 


「今後は……村の方針はいかながさいますか、ヤマトさま」

「ああ、そうだな……」


 村内を巡回しながらリーシャと今後の方針を話し合う。

 この村の村長はリーシャの祖父であるが、実質的な計画の立案はオレとリーシャに委ねられていた。

 これは村長と村民全員の総意であり、特に問題はない。


「食料と生活物資に関しては、何とかなりそうでね。これもヤマト様のおかげです!」

「大したことではない」


 食料に関しては穀物イナホンの栽培が順調だった。これにより一番の腹持ちのする食料の確保が安定していく。

 

 それ以外でも、森から捕獲してきた野生の獣を家畜として飼育している。

 牛と豚、ニワトリに似た鳥に羊など、総数は少ないが種類は確実に増えている。村ではもともと家畜の飼育をしていたので繁殖も順調に進んでいた。



「子供たちの狩りも、だいぶ上手くなってきましたね」

「食肉と革製品、それに治安維持と鍛錬も兼ねて狩りは続けていく」


 狩りにより村のそばに広がる森の開拓も少しずつ進んできた。危険な肉食の獣を狩りつつ、採取や栽培などの生活圏内を広げていく計画だ。

 

 燃料となるまきも森を切り開き、厳しい冬に備えて保存していく。村の人口に対して森は広大で、環境問題も無いくらいに木々の成長の方が早いであろう。



 

 そんな風に村内を視察している時であった。

 

 ひづめの音と共に騎馬の集団が村内に戻ってきた。


「ヤマトあにさま! ただいま戻りました」

「ああ、クランか」


 戻って来たのはハン族の子供たちであった。

 数か月前から村の住人となった草原の一族。優良馬であるハンを駆けて、任務から戻って来たところだ。


 先頭にいてオレに声をかけてきた美しい少女クランは、ハン族の族長の直系。今は生き残ったハン族の子供たちを束ねる身分にある。


「街道の先の偵察はどうだった、クラン」


 今回オレが彼女に頼んでいたのは、長距離偵察の任務であった。

 優秀な軍馬であるハン馬は、一日で数百キロも移動できる。ウルドの村から南方に伸びる街道先の情報を、仕入れてもらいに行ったのだ


「それが、ヤマトあにさま……不思議なことが起こってました」

「街道沿いの大盗賊団か」

「はい、妙な噂を聞いてきました……」


 オレが一番知りたかったのは大盗賊団の情報。ウルドから街へ行く街道沿いを襲っていた大盗賊団の現状であった。

 

 何しろ大盗賊団の影響で、街からの行商人はウルドに来れらない。また、こちらも荷馬車を出すことが出来ずに困っていた。


 今のところは自給自足で生活していたが、将来的に盗賊団は解決したい問題だった。

 クランが得た情報の話を聞く。

 

「なるほど。噂によると『大盗賊団は壊滅した』のか。"何者”かの襲撃によって」

「はい、詳しい状況は不明だという話でした、兄さま」

「そうか……」


 クランの話を聞きながらオレは思慮しりょを巡らせる。

 

(大盗賊団が消滅したのは大歓迎……だが……)


 このタイミングで好機とは思いつつ、心のどこかで"嫌な予感”がしていた。


 ようやく普通の生活が可能になったウルドの村。また新しい"何か”が訪れそうな予感だ。


 それは村の平和を脅かす事件なのか……それとも生活を豊かにしてくれる希望の光なのか分からない。


 だが、オレはこれだけ分かっていた。


「やれやれ……また忙しくなりそうだな」


 オレは新しい季節の予感と共に、南方に伸びる街道の先を見つめるのであった。


















――――◇――――◇――――























【第二章:騒乱の春】 完結



【第三章:街の世界】へ続く










こちらで第二章の本文は終了となります。

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