第31話:オレたちの戦い
疲れ果てたオレの視線の先にいたのは、急所を吹き飛ばされながらも復活した霊獣だった。
「まさか不死身なのか……」
驚愕の光景に心を落ち着かせ、冷静に相手を観察する。
確かに脳天と心臓、そして呼吸器官を潰し生命活動を停止させたはずだ。その証拠に、つい先ほどは霊獣の禍々しい気配は完全に消え去った。
だが、その気配……霊気は段違いに強くなっいる。
「これは“呪い”の力か……」
老鍛冶師ガトンの話では、霊獣の有する“呪い”には様々な効果があるという。
もしかしたら、その一つに『死後に復活する能力』があるのかもしれない。信じられない話がだが、目の前の光景は現実に起きている。
「ならばもう一度、息の根を止める!」
先手必勝である。
オレは装備を再び構えて駆けだす。
ナイフに閃光弾、電気警棒それに弩はまだまだ使える。
立ち上がって、その場から動こうとしない霊獣の死角に回り込み仕かける。今度こそ息の根を完全に止めてやる。
だが攻撃を仕掛けようとした、次の瞬間。
「うぐっ!?」
目に見えない衝撃を受けて、オレの身体は吹き飛ばされる。
辛うじて防御の体勢で受け身を取るが、採掘場の壁に強烈に叩き付けられる。
「くっ……なんだ今のは……」
全く目に見えない攻撃。この五感が向上している自分でも反応できなかった。
その衝撃波を受けてオレは吹き飛ばれた。
辛うじて身体は動くが、肋骨の何本かは折れているかもしれない。身体能力が強化されていなければ、即死していたであろう攻撃だ。
「"あれ”か……今の攻撃をしてきたのは……」
霊獣の全身から“何か”が出ている。腹部に不気味な光を宿し、漆黒の触手が何本もゆらゆらと漂っていた。
復活してから得た力なのであろうか。凄まじい攻撃力を持った触手である。
「どうする……」
相手と距離をとり、牽制しながら策を練る。
明らかに霊獣は先ほどとは違う生物と化している。もはや化け物状態である。
何しろ脳と心臓、そして呼吸器官を潰しても動いているモノ。人知を超えた何かのエネルギーで活動している存在なのであろう。
「撤退か……」
この場の最良の選択を口にする。
ダメージを負ったとはいえ、自分の身体はまだ動く。戦術的な撤退でこの場を去るのも問題はないだろう。
回復し装備を整えてから、再度この霊獣に挑むための撤退の選択。
「だが果たして……ここから撤退できるか……」
今、霊獣は採掘場の出口を塞ぐ格好で立ちはだかっている。
まるでこちらの思慮を読み取り、オレを逃がさんとする位置関係だ。
ここから逃げるのには先ほどの触手の攻撃をかい潜り、なおかつ無防備な背中をさらしながら出口を目指すしかないのだ。
「随分と分の悪い賭けだな……」
冷静に状況を判断してみても、オレが生き残る確率はかなり低い。
逃げ場のない採掘場で持久戦になれば、相手が圧倒的に有利。
確率は低くても、イチかバチかでも行くしかない。
(リーシャ……ガトン……みんな。もしかしたら"約束”は守れないかもしれない……)
オレは自分の“死”を覚悟する。
そして鉱山の外で待っている村のみんなに、心の中で謝罪する。
もし自分がこの場で死んでしまったら、残されたウルドの村はどうなるであろうか?
食料や生活は、しばらくは間は何とかなるであろう。
だが肝心の"塩”が村には限りがある。
いずれは塩が尽きた山岳の村は将来はどうなるのか?……想像もしたくない。
「先ほどの弱気な言葉は訂正だ……必ず生きてここから出る」
村の未来を案じて、オレは覚悟を決める。
滅びの運命にあるウルドの村のために、必ず生き残ると自分に強く誓う。
(だが、どうやってこの窮地を脱する……)
覚悟を決めて新たなる策を考えようとした……
その時であった。
「ヤマトさま! 大丈夫ですか!?」
「ヤマト兄ちゃん!!」
「ヤマト兄さま!」
採掘場の一段上の階層から、聞きなれた声が坑内に響き渡る。
「リーシャさん! それにみんな……」
その声の主はウルドの村のみんなであった。
鉱山の外で待機していたはずのみんなが、オレの窮地に駆けつけたのだ。
◇
「うわっ、なんだアレは!?」
「アノの気持ち悪いのが“霊獣”だよ、きっと」
一段上の階層に駆け付けた村の子供たちは、まがまがしい霊獣の姿に驚愕していた。触手を漂わせる漆黒の獣は、もはや化け物の姿だ。
「全員、“二段構えの陣”構え! ヤマト様を援護するのです!」
だが狩人少女リーシャの号令と共に、子供たちは冷静さを取り戻す。
普段の厳しい狩りでの実戦を思い出し、条件反射で弩を構える。
最前列の者が全身を使い大盾を構えて、後衛の弩隊は二班に分かれる。
これはオレの考案して子供たちに教え込んだ“二段構えの陣”である。
「おい、待て……」
まさかの子供たちの登場。そして攻撃の指示。
とっさのことで、オレは静止の声を出すのが遅れてしまう。
「撃て!」
少女リーシャの号令と共に、子供たちの弩隊が剛矢の火を噴く。
テコの原理で巻き上げられた強力な弓の仕掛けから、次々と金属製の矢が発射される。
装填時間のかかる弩の弱点を克服するために、オレが考案したこの“二段構えの陣”。金属製の鎧や盾を貫通し、残虐非道な山賊団すらも一方的に殲滅した桁違いの攻撃力だ。
そんな矢の烈雨が無防備な霊獣に襲いかかる。
“ウギャアア”
耳を塞ぎたくなるような霊獣の咆哮が、坑内に響く。
弩隊の連撃は、この世界には無かった破壊力。霊獣はここまでの火力を想定もしていなかったのであろう。
「おお! やっぜ!」
「ヤマト兄ちゃん、今助けにいくよ!」
勝利を確信した子供たちから声があがる。それは慢心ではなく、これまでの狩りからくる確信だ。
自分たちの最強の攻撃である“二段構えの陣”の斉射をまとも受けて、これまで無事な獣はいなかった。
あまりにも獣肉を粉砕し過ぎるために、許しが出るまでは禁じ手となっていた禁忌の陣なのだ。
「くっ、お前たち! 逃げろ!」
だがオレは叫ぶ。
安堵の表情を浮かべている子供たちに、退却を命じる。早くその場から離れて、自分を見捨てて鉱山の外に逃げろと指示する。
「ヤマト様、いったい何を……? ん!? 盾隊! 三点防御の構え!」
オレの叫びの指示に子供たちが呆気にとられていた中、少女リーシャだけが反応する。
最前列の盾隊の子供たちに指示を出し、防御の構えをとらせる。
“ウギャギャヤル!!”
その次の瞬間。
魔獣の咆哮と共に、漆黒の触手がムチのように伸びる。。
「うわっー!」
「キャー!」
魔獣のその触手の横払いの攻撃を受け、一段上の階層にいた子供たちの悲痛な叫びが響き渡る。
まさかの遠距離からの触手による反撃。盾隊ごと子供たち全員が後方に吹き飛ばれたのだ。
「みんな、大丈夫……」
「うう……」
「いてて……」
リーシャの咄嗟の判断の指示で、大盾で防御はできていた。
だが、体勢を崩された今の状態は危険だ。
もう一撃でも先ほどの触手攻撃を食らったら、子供たち全員の命が危ない。
“ウギャ!”
霊獣は力を溜めて、先ほど強烈な攻撃をまた繰り出そうとしている。
敵対する存在の中で、一番火力を有する弩隊を先に始末しようとしているのだ。
(くっ! どうする……!?)
オレは迷う。
この場で自分がどうすればいいのか……判断に迷う。
先ほどの“二段構えの陣”の斉射をまとも受けても、この霊獣は倒れなかった。あれはオレを含めての『ウルドの村での最高火力の攻撃方法』だ。
つまり先ほどの攻撃が効かないという事は、この自分での攻撃は目の前の霊獣には通じないのだ。
(撤退か……)
指揮官として冷静に判断をするならば、この隙にここからオレも離脱するのが正解だ。
子ども達の何人かは犠牲になるが、その間にリーシャと残る子ども達と村に退却できる。
その後は入念な作戦を練り直して装備を整えて、この霊獣にリベンジを挑むのが正解であろう……冷静な指揮官なら、そう判断する。
(冷静な指揮官か……)
脳裏に浮かんだその単語を、オレは鼻で笑い否定する。
「おい、霊獣野郎……」
その言葉と共に、オレは右手に持つ弩を発射する。
“ウギャアア!?”
思っていたとおり霊獣にはその攻撃は通じない。
周囲を漂う漆黒の触手が、自動防衛のような強固な盾となり防いでいるのだ。あれで先ほどの弩隊の斉射も防げたのであろう。
だが子ども達を狙っていた霊獣の意識を、こっちに向けることは成功した。
「悪いが……その子たちには“一宿一飯の恩”がある……誰ひとり殺らせない!」
オレその雄叫びと共に駆けだす。狙うは霊獣の"懐”である。
(あの……腹部の核にさえ辿り着ければ……)
オレは観察し直感していた。
復活した霊獣の腹部に新たに発生し輝いている核の存在を。漆黒の触手や全身の霊気は、その核から流れ出ていた。
恐らくはあの核が霊獣の正体――――そして弱点である。
(核を破壊できたなら、この霊獣は倒せる!)
“ウギャギャヤル!!”
だが霊獣も自分の弱点のことは十分に熟知している。
危険な存在となりつつあるオレに対して、全ての触手を総動員して攻撃を仕掛けてくる。
強固で鋭い触手の波状攻撃がオレに襲いかかってくる。
「くっ、固い!」
オレは攻撃を寸前でかわし手持ちのナイフで切断しようとすう。だが、あまりの固さに刃が欠けて跳ね返される。
この触手を何とかしないと、オレは近づくことすら出来ない。
その時であった。
「小僧!!」
採掘場の最下層に、地響きのような雄叫びが響き渡る。
「ジイさん!」
雄たけびをあげなら駆けて来るのは、老鍛冶師ガトンであった。分厚い盾を構えながら霊獣に突撃していく。
「小僧! "ソレ”を使え! ワシの最高傑作じゃ!」
その叫びと共に、ガトンの手から金属の塊が投擲される。
投げ出された先はオレと霊獣の中間地点。その武器を使って霊獣を倒せということであろう。
“ウギャギャヤルルル!!”
だが、霊獣は本能で"その危険物”を察知した。
ガトンの投げた武器を触手で空中で叩き潰そうとする。この危険な武器を"黒髪の男”に渡さないように全力で防ごうとする。
「霊獣めぇ! 山穴族の仲間も敵じゃぁあ!!」
地鳴りのような雄たけびと共に、老鍛冶師ガトンは盾ごと霊獣に全力で体当たりする。
人の何倍もの腕力と膂力を有する山穴族。百年間の恨みと全身全霊の体当の攻撃に、触手で防御した霊獣はひるむ。
「弩隊! 撃て!」
少女の凛とした号令と共に、弩隊の火を噴くような矢の斉射が霊獣に降り注ぐ。
「ヤマトさま! 今です!」
少女リーシャが動ける子ども達を立ち上がらせ、援護射撃をしてくれたのだ。
その数は先ほどの半数にも満たなく短発の攻撃。次弾の装填ができないほどに、子ども達もダメージを負っていた。
「だが……十分だ」
オレは満足そうに笑みを浮べる。
ガトンの体当と弩隊の決死の攻撃。漆黒の触手の多くはそちらの防御にまわっていた。
残る何本かの触手がオレに攻撃を仕掛けてくる。ナイフも通じない硬化性の恐ろしい触手が。
「だが……"これ”なら!」
老鍛冶師ガトンの投擲した武器を空中でオレはキャッチする。そして、その勢いのままに鞘から抜刀して目の前の触手に挑む。
ガトンの"最高傑作”は湾曲した片刃の剣であった。
残念ながらオレは西洋式の剣術など鍛錬したことはない。
だが、オレは信じていた。
大陸でも最高峰と名高い鍛冶師ガトンが、"最高傑作”と叫んだこの剣の切れ味を。
「いくぞ!」
そして剣の柄を握る感触がオレに"戦える”と伝えてくる。
「破ッァア!」
目の前の全ての触手を剣で斬り払い、オレは霊獣の懐に到達する。
「これで……本当に終わりだ……」
そして一気に振り切り、霊獣の核を切断したのであった。
◇
こうしてオレは……
いや、“オレたち”は全員の力で、岩塩鉱山の霊獣を倒すことに成功したのだ。