第30話:霊獣との死闘
岩塩鉱山の最下層、オレは霊獣と対峙していた。
「黒い虎に似た巨躯の獣か」
ようやく姿を現した災厄の霊獣の外見を分析する。
老鍛冶師ガトンから話は聞いていたが、実際に目にして改めて相手を認識する。外見的な特徴は肉食獣の虎に酷似していた。
「だが……これは別物だな」
パッと見は地球上にいた虎に似ている。
だが口元から鋭く飛び出した巨大な牙、それに四肢の先に生える鋭い爪は別の生物だ。
「古代の"サーベル・タイガー”と言ったほうがいいか、これは」
霊獣の外見は古代に生息していた剣歯虎であるサーベル・タイガーに似ている。博物館で見た異様な姿が目の前に実際にいた。
オレは冷静になるために意識的にひとり言で分析する。これで客観的に状況を確認できるのだ。
「いきなりは襲いかかってこないのか」
霊獣は身構えながら、オレのことをジッと見つめている。
恐らくこちらの力を測っているのであろう。知能ある肉食獣の習性ではある"観察”を行なっているのかもしれない。
“グルル”
霊獣の"観察”の時間は終わった。
身を起こしゆっくりとこちらに歩きだしてきた。このオレのことを『用意に噛み殺せる敵対者』と判断したのだ。
「偶然だな。オレもだ」
オレの〝観察"の時間も終わった。
両足を前に進め霊獣に向かって歩き出す。目の前の漆黒の獣を"狩れる”と、オレは判断した。
“ガルル!”
「いくぞ!」
申し合わせたように両者は同時に大地を蹴り、相手に襲いかかる。
◇
漆黒の霊獣との戦いは始まった。
“グガァ!!
何一つ防具を身につけていないオレの身体に、霊獣の巨大な牙が襲いかかる。
巨体とは思えないその俊敏な動きは、目にも止まらぬ速さだ。人の反応速度を軽く超えた脚力のなせる攻撃。
これなら山穴族が視界から消え、一方的に殺戮できる訳だ。
「早い! だが……」
だが、その巨大な牙をオレは寸前で躱す。自分の身体の軸をずらして、相手の虚をつき死角に潜り込む。
そのまま両手に持ったナイフで、霊獣の無防備な首元を狙う。
“ガルガァー!”
「くっ、その体勢から!?」
強烈な殺気を感じてオレは攻撃を中止、そのまま回避する。
先ほどのまで自分がいた空間に、霊獣の巨大で鋭い爪が繰り出されていた。
あのまま攻撃していたら、オレの頭は粉々に斬り裂かれていたであろう。恐ろし程の霊獣の反撃力だ。
「だが、隙だらけだ!」
回避しながら両手のナイフを投擲する。狙うは霊獣の防御が薄そうな脇腹。なおかつ予備のナイフを抜き、次の攻撃に移る。
“ガルガァ!”
オレの投擲したナイフは、咆哮と共に霊獣に回避されてしまう。
「あまい!」
だがその素早い動きも計算のうちだ。
すぐにまた相手の死角に回り込み、両手のナイフで攻撃をしかける。
四足歩行の獣は安定性もあり地上戦には非常に有利だ。
だが関節の動きもあって、反応し辛い苦手な方向が必ずある。そこを執拗に狙う。
“グラアァ”
「ちっ!」
霊獣はオレの背後からの攻撃に、瞬時に反撃してくる。後ろ脚を蹴り上げてその鋭い爪で、脆い人肉を切断しようとする。
「くっ、やはり普通の獣とは違うか。だが!」
オレは手を休めずに更に動き回り、次々と霊獣に攻撃を仕掛ける。
霊獣も信じられない反射速度でそれ対応して、反撃してくる。
(やはり普通ではないか……だが、イケるかもしれない……)
◇
オレが霊獣相手にとった作戦は、相手の虚を突き休ませることなく、連続で攻撃していく策だった。
この異世界に来た時から、オレの身体能力と五感は向上している。
村のみんなと一緒に生活している時は、セーブして力を出さないようにしている。
だが、その向上率はかなりのモノだ。そのおかげでこうして人外の霊獣と互角に対峙している
(力と攻撃力は相手が上。だが勝てない相手ではない……)
戦士団や騎士団すら壊滅させる霊獣相手に、今のところは対応できていた。
知能の低い霊獣の動きは単調である。
異様なまでの移動と反射速度。だが“技”はない。
前世で自称冒険家であった両親に叩き込まれた護身術で、オレは霊獣の動きに対応できていた。
当時は死に物狂いな鍛錬に親父を恨でもいたが、今となっては感謝するしかあるまい。
(よし、このままだと、あと”数手"だ……)
霊獣との単調な攻防を繰り返しながら、オレは罠を張っていた。
相手に気がつかれないように、攻防の中に何本もの伏線を仕掛けていく。
採掘場の地形配置と光苔の照明の強弱、全てを測り"その時”を待つ。
◇
“ガルルルァ!”
オレの執拗な攻撃にしびれを切らした霊獣は、思いがけない攻撃を仕掛けてきた。
これまでの攻撃を更に超える速さで、一気に襲い掛かってきたのだ。
霊獣はこれまでオレの動きを洞察していたのであろう。
こちらが決して反応できない攻撃速度で、その鋭く巨大な牙を振りかざしてくる。野生と人外の力を合わせた、まさに必殺の一撃だ。
「だが……オレも"それ”を待っていた!」
見ているだけで恐ろしい霊獣の眼光に、オレは言葉を吐き捨てる。自分もこのタイミングと位置関係を狙っていたのだと。
「まずは目を潰す!」
その言葉の次の瞬間だった。
最下層の採掘場で白銀の光が爆発する。先ほどまで光苔で薄暗かった空間が、一瞬で真っ白に発光爆発したのだ。
"ウギュ!”
想定もしていなかった光の爆発に、霊獣はほんの一瞬だけ動きを止める。
「次は喉を!」
ほんの一瞬の隙……だがそれを見逃すほど、今のオレは甘くはない。
身を低く飛び込み、霊獣の無防備な喉元を斬り裂く。狙うは呼吸器官であり、完全に切断して攻撃を繰り出す。。
「最後は脳と心臓だ!」
相手に息をつかせぬ攻撃を更に繰り出す。
装備していた二丁の弩を構え、霊獣の頭蓋骨と心臓部分を吹き飛ばす。
これは最後の最後まで取っておいた切り札。こちらの最強の破壊力を有する弩で止めを刺す。
「悪いな。今回は、なりふり構っていられなかった」
バタリと採掘場の冷たい地面に崩れ落ちた霊獣に、言葉を投げかける。
これはその身ひとつでオレに戦いを挑んできた、相手へのせめてもの言葉だ。
(“強化フラッシュ”に電気警棒、それに弩の総決算だ)
オレの今回の切り札は、現代日本から持ってきていた護身武器の数々だった。
デジカメを強化改造したフラッシュで、霊獣の視界をまず潰した。暗闇に慣れた相手はいったい何が起きたか、理解できなかったはずだ。
続いて相手の喉元をナイフで切り裂き、電気警棒の連続攻撃で霊獣の動きを止めた。
そして最後は二丁の弩による止めの攻撃。
卑怯かもしれないがコレは正々堂々の決闘はない。
狩りであり命の奪い合いで、そして霊獣討伐だったのだ。
「よし……」
霊獣に止めを刺してから、念の為に距離をとる。
ピクピク痙攣している霊獣に弩の矢先を構えながら、相手の心肺停止を確認するまで気を休めない。
何しろ相手は人外の獣である霊獣。普通の獣の生態常識など通用しないのである。
「やったか……」
その待っている時間は永劫にも長く感じた。
だが遂に、霊獣は全く動かなくなる。
喉元の呼吸器官を完全に切断され、脳と心臓を吹き飛ばれて絶命したのだ。
「手強い相手だった……」
思わずほっと息を吐き出す。
先ほどまで絶え間なく集中力を張り巡らせて、ギリギリの攻防を繰り返していたのだ。
肉体的にも精神的にも想像以上の疲労が襲ってくる。
あと少し霊獣と戦っていたら、自分が危険な状況だった。
終わってみれば圧勝に見えるが、本当にギリギリで僅差の戦いだったのだ。
「さて、後は外にいるガトンやみんなを呼びに行こう……」
討伐目的であった霊獣は倒した。
他の危険がないか確認してから、岩塩鉱山の今後の活用に話し合っていかねばならない。また色々と忙しくなりそうだ。
「だが、今日はゆっくりと休みたいな」
本音を言えばオレは体力の限界だった。
村に帰って水浴びをして、横になりゆっくりと休みたいところだ。
この岩塩鉱山も羽が生えて逃げていく訳ではないので、それもいいかもしれない。
「ふう……」
そう安堵の息を吐き出した時である。
オレは"ソレ”を感じた。
(そんな……)
禍々しい気配を感じたオレは、ゆっくりと後ろを振り返る。
「そんな馬鹿な……まさか不死身なのか……」
疲れ果てたオレの視線の先にいたのは"漆黒の獣”であった。
頭蓋骨と心臓を吹き飛ばされながらも、霊獣はその両眼を怪しく光らせながら復活していたのだ。