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第30話:霊獣との死闘

 

 岩塩鉱山の最下層、オレは霊獣と対峙していた。


「黒いとらに似た巨躯きょくの獣か」


 ようやく姿を現した災厄の霊獣の外見を分析する。

 老鍛冶師ガトンから話は聞いていたが、実際に目にして改めて相手を認識する。外見的な特徴は肉食獣の虎に酷似していた。


「だが……これは別物だな」


 パッと見は地球上にいた虎に似ている。

 だが口元から鋭く飛び出した巨大な牙、それに四肢の先に生える鋭い爪は別の生物だ。


「古代の"サーベル・タイガー”と言ったほうがいいか、これは」


 霊獣の外見は古代に生息していた剣歯虎けんしこであるサーベル・タイガーに似ている。博物館で見た異様な姿が目の前に実際にいた。


 オレは冷静になるために意識的にひとり(ごと)で分析する。これで客観的に状況を確認できるのだ。


「いきなりは襲いかかってこないのか」


 霊獣は身構えながら、オレのことをジッと見つめている。

 恐らくこちらの力を測っているのであろう。知能ある肉食獣の習性ではある"観察”を行なっているのかもしれない。


“グルル”


 霊獣の"観察”の時間は終わった。

 身を起こしゆっくりとこちらに歩きだしてきた。このオレのことを『用意にみ殺せる敵対者』と判断したのだ。


「偶然だな。オレもだ」


 オレの〝観察"の時間も終わった。

 両足を前に進め霊獣に向かって歩き出す。目の前の漆黒の獣を"狩れる”と、オレは判断した。


“ガルル!”


「いくぞ!」


 申し合わせたように両者は同時に大地を蹴り、相手に襲いかかる。



 漆黒の霊獣との戦いは始まった。


“グガァ!!


 何一つ防具を身につけていないオレの身体に、霊獣の巨大な牙が襲いかかる。


 巨体とは思えないその俊敏な動きは、目にも止まらぬ速さだ。人の反応速度を軽く超えた脚力のなせる攻撃。

 これなら山穴族が視界から消え、一方的に殺戮さつりくできる訳だ。


「早い! だが……」


 だが、その巨大な牙をオレは寸前でかわす。自分の身体の軸をずらして、相手の虚をつき死角に潜り込む。

 そのまま両手に持ったナイフで、霊獣の無防備な首元を狙う。


“ガルガァー!”


「くっ、その体勢から!?」


 強烈な殺気を感じてオレは攻撃を中止、そのまま回避する。

 先ほどのまで自分がいた空間に、霊獣の巨大で鋭い爪が繰り出されていた。

 

 あのまま攻撃していたら、オレの頭は粉々に斬り裂かれていたであろう。恐ろし程の霊獣の反撃力だ。


「だが、隙だらけだ!」


 回避しながら両手のナイフを投擲とうてきする。狙うは霊獣の防御が薄そうな脇腹。なおかつ予備のナイフを抜き、次の攻撃に移る。


“ガルガァ!”


 オレの投擲したナイフは、咆哮ほうこうと共に霊獣に回避されてしまう。


「あまい!」


 だがその素早い動きも計算のうちだ。

 すぐにまた相手の死角に回り込み、両手のナイフで攻撃をしかける。

 

 四足歩行の獣は安定性もあり地上戦には非常に有利だ。

 だが関節の動きもあって、反応し辛い苦手な方向が必ずある。そこを執拗しつように狙う。


“グラアァ”


「ちっ!」


 霊獣はオレの背後からの攻撃に、瞬時に反撃してくる。後ろ脚を蹴り上げてその鋭い爪で、脆い人肉を切断しようとする。


「くっ、やはり普通の獣とは違うか。だが!」


 オレは手を休めずに更に動き回り、次々と霊獣に攻撃を仕掛ける。


 霊獣も信じられない反射速度でそれ対応して、反撃してくる。


(やはり普通ではないか……だが、イケるかもしれない……)



 オレが霊獣相手にとった作戦は、相手の虚を突き休ませることなく、連続で攻撃していく策だった。

 

 この異世界に来た時から、オレの身体能力と五感は向上している。

 村のみんなと一緒に生活している時は、セーブして力を出さないようにしている。


 だが、その向上率はかなりのモノだ。そのおかげでこうして人外の霊獣と互角に対峙している


(力と攻撃力は相手が上。だが勝てない相手ではない……)


 戦士団や騎士団すら壊滅させる霊獣相手に、今のところは対応できていた。

 

 知能の低い霊獣の動きは単調である。

 異様なまでの移動と反射速度。だが“技”はない。


 前世で自称冒険家であった両親に叩き込まれた護身術で、オレは霊獣の動きに対応できていた。

 当時は死に物狂いな鍛錬に親父を恨でもいたが、今となっては感謝するしかあるまい。


(よし、このままだと、あと”数手(すうて)"だ……)


 霊獣との単調な攻防を繰り返しながら、オレは罠を張っていた。

 相手に気がつかれないように、攻防の中に何本もの伏線を仕掛けていく。


 採掘場の地形配置と光苔ひかりこけの照明の強弱、全てを測り"その時”を待つ。



“ガルルルァ!”


 オレの執拗な攻撃にしびれを切らした霊獣は、思いがけない攻撃を仕掛けてきた。

 これまでの攻撃を更に超える速さで、一気に襲い掛かってきたのだ。


 霊獣はこれまでオレの動きを洞察していたのであろう。

 こちらが決して反応できない攻撃速度で、その鋭く巨大な牙を振りかざしてくる。野生と人外の力を合わせた、まさに必殺の一撃だ。


「だが……オレも"それ”を待っていた!」


 見ているだけで恐ろしい霊獣の眼光に、オレは言葉を吐き捨てる。自分もこのタイミングと位置関係を狙っていたのだと。


「まずは目を潰す!」


 その言葉の次の瞬間だった。

 最下層の採掘場で白銀の光が爆発する。先ほどまで光苔ひかりこけで薄暗かった空間が、一瞬で真っ白に発光爆発したのだ。


"ウギュ!”


 想定もしていなかった光の爆発に、霊獣はほんの一瞬だけ動きを止める。


「次はのどを!」


 ほんの一瞬の隙……だがそれを見逃すほど、今のオレは甘くはない。

 身を低く飛び込み、霊獣の無防備な喉元を斬り裂く。狙うは呼吸器官であり、完全に切断して攻撃を繰り出す。。

 

「最後は脳と心臓だ!」


 相手に息をつかせぬ攻撃を更に繰り出す。

 装備していた二丁のクロスボウを構え、霊獣の頭蓋骨と心臓部分を吹き飛ばす。


 これは最後の最後まで取っておいた切り札。こちらの最強の破壊力を有するクロスボウで止めを刺す。


「悪いな。今回は、なりふり構っていられなかった」


 バタリと採掘場の冷たい地面に崩れ落ちた霊獣に、言葉を投げかける。

 これはその身ひとつでオレに戦いを挑んできた、相手へのせめてもの言葉だ。


(“強化フラッシュ”に電気警棒スタンガン、それにクロスボウ総決算(バーゲンセール)だ)


 オレの今回の切り札は、現代日本から持ってきていた護身武器の数々だった。

 デジカメを強化改造したフラッシュで、霊獣の視界をまず潰した。暗闇に慣れた相手はいったい何が起きたか、理解できなかったはずだ。


 続いて相手の喉元をナイフで切り裂き、電気警棒スタンガンの連続攻撃で霊獣の動きを止めた。

 そして最後は二丁のクロスボウによる止めの攻撃。


 卑怯かもしれないがコレは正々堂々の決闘はない。

 狩りであり命の奪い合いで、そして霊獣討伐だったのだ。


「よし……」


 霊獣に止めを刺してから、念の為に距離をとる。

 ピクピク痙攣けいれんしている霊獣にクロスボウの矢先を構えながら、相手の心肺停止を確認するまで気を休めない。


 何しろ相手は人外の獣である霊獣。普通の獣の生態常識など通用しないのである。



「やったか……」


 その待っている時間は永劫にも長く感じた。

 だが遂に、霊獣は全く動かなくなる。

 喉元の呼吸器官を完全に切断され、脳と心臓を吹き飛ばれて絶命したのだ。


「手強い相手だった……」


 思わずほっと息を吐き出す。

 先ほどまで絶え間なく集中力を張り巡らせて、ギリギリの攻防を繰り返していたのだ。

 肉体的にも精神的にも想像以上の疲労が襲ってくる。


 あと少し霊獣と戦っていたら、自分が危険な状況だった。

 終わってみれば圧勝に見えるが、本当にギリギリで僅差きんさの戦いだったのだ。


「さて、後は外にいるガトンやみんなを呼びに行こう……」


 討伐目的であった霊獣は倒した。

 他の危険がないか確認してから、岩塩鉱山の今後の活用に話し合っていかねばならない。また色々と忙しくなりそうだ。


「だが、今日はゆっくりと休みたいな」


 本音を言えばオレは体力の限界だった。

 村に帰って水浴びをして、横になりゆっくりと休みたいところだ。

 

 この岩塩鉱山も羽が生えて逃げていく訳ではないので、それもいいかもしれない。


「ふう……」


 そう安堵の息を吐き出した時である。


 オレは"ソレ”を感じた。


(そんな……)


 禍々しい気配を感じたオレは、ゆっくりと後ろを振り返る。


「そんな馬鹿な……まさか不死身なのか……」


 疲れ果てたオレの視線の先にいたのは"漆黒の獣”であった。

 

 頭蓋骨と心臓を吹き飛ばされながらも、霊獣はその両眼を怪しく光らせながら復活していたのだ。




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