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第29話:岩塩鉱山へ

 岩塩鉱山にオレが挑む日がやってきた。


 山穴族の老鍛冶師ガトンの案内で、村から岩塩鉱山の入り口まで順調にたどり着く。


「この双子岩から先が霊獣の“呪い”の範囲じゃ……覚えておる」

「確かに違和感があるな」


 百年の霊獣降臨の時のことを、ガトンはハッキリと覚えているという。

 ここから先で“呪い”受けて発狂した山穴族が、仲間同士で悲惨な殺し合いをしたことを。


 オレの全身の危険信号も警戒音を発している。ここから先は危険だと。

 

「顔が青いぞ、ジイさん」

「大丈夫じゃ……この百年でワシも多少なりとも強くはなった」

「ならいい」


 深く深呼吸をしてガトンは冷静さを取り戻す。

 彼ほどの頑固で強い意志の職人ですら、恐怖を克服するのに百年もかかってしまう。それだけで霊獣の恐ろしさが垣間見える。


「本当に装備はそれだけでいいのか、小僧?」

「ああ、大丈夫だ」


 ガトンはオレの武装の少なさに、心配そうに声をかけてくる。

 オレが装備しているのは現世からのナイフ数本にクロスボウと矢、それにロープなどの野外道具だけである。

 身を守る鎧すら着込んでいない。


「ジイさんの話を聞いて選んだ」

「そうじゃな……普通の武器や防具はあの霊獣には意味を成さないからの……」


 この岩塩鉱山を巣食う霊獣の特徴については、事前にガトンから聞いていた。

 外見的な大型の四足歩行の獣で、とてつもなく動きが素早いのだ。


『気がついた時には目の前から消えて、背後に回り込まれていた……』


 百年前の事件の時も、山穴族の戦士たちは生き残るために、霊獣に立ち向かっていたという。

 山穴族は人よりは一回り小柄な種族であるが、強靭な腕力を有する。

 岩をも砕く大槌おおつちと強固な金属鎧で武装した戦士団は、下手な人族の騎士団以上の戦闘能力を持つ。


 だが、そんな歴戦の戦士が振るう武器が、霊獣にかすりもせずに空をきったという。

 逆に霊獣の鋭い爪牙によって、彼ら自慢の強固な金属鎧は斬り裂かれてしまったのだ。


「相手は金属を斬り裂く高速移動の獣だ。このくらいの軽装がいい」

「ああ、そうじゃな……」


 特殊な力を有する霊獣に正攻法や常識は通じない。

 ガトンには言ってないが、これ以外にも全身の隠しポケットに秘密兵器も用意してある。

 人外である霊獣に通じるかどうか分からないが、ないよりマシであろう。



「さて、そろそろ行く。みんな村のことは頼んだぞ」


 ガトンとの最終確認を終えたオレは、心配そうな表情をしている村のみんなに声をかける。

 

「ヤマトさま、ご武運を……」

「ヤマト兄ちゃん、ぜったい勝ってきてね!」

「ヤマト兄さま!」


 ここまでついて来たのは村長の孫娘リーシャと村の子供たち、それにハン族の子供たちだ。

 子供たちは全員ではなく、村の仕事や巡回もあるので年長組のごく一部だけ。


 彼女たちともガトンと同じく、ここ見送りでお別れとなる。


「リーシャさん、子供たちを頼む」

「はい、お任せください、ヤマト兄さま」


 心配だったのは子供たちのクロスボウ隊が、洞窟内のオレを助けるために追って来ることだった。

 “呪い”によって操られる危険性が大きいので、命令を守るように子供たちにも釘を刺しておく。


「ヤ、ヤマト兄ちゃん……ほ、本当にこの先に行くの……」

「ぼ、ぼく、なんかゾクゾクして怖いよ……」


 純真で幼い子供たちは、何かの気配を感じて震えている。

 おそらくは霊獣の発する殺気や霊気なのかもしれない。

 誰ひとり境目である双子岩から近づこうとしない。

 

 それは老鍛冶師ガトンと狩人少女リーシャも同じであった。

 言葉には出さないが嫌な汗が額に流れ耐えている。

 恐らくは普通の者は恐怖のあまり、鉱山内に入ることすら出来ないのであろう。


「大丈夫だ。必ず帰ってくる」


 みんなを安心させる言葉で別れつつ、オレは岩塩鉱山の中へ進んで行くのであった。



 薄暗い坑道内の道を慎重に進んで行く。


「かなり整備された坑道だな……」


 周囲に反響しないようにつぶやきながら進む。

 山穴族の老鍛冶師ガトンから聞いてはいたが、岩塩鉱山の内部は動きやすいように整備されていた。


 地面は平らに整備された歩道で歩きやすい。

 脇には台車を走らせるレールのような物まであり、これで採掘した岩塩を外に運び出していたのであろう。


「これが光苔ひかりこけか。面白いものだな」


 坑道内は薄暗く光っていた。

 これは山穴族たちが植えた発光性のこけが、微かに光りを出しているからだ。そのおかげで松明や懐中電灯を照らさずとも十分に見える。


「ここまではっきり見えるのは、やはり五感向上の恩恵だろうな」


 この異世界に来てから不思議なことに、オレの五感の感度は向上していた。

 日本でも夜目は効く方だった。だが今は薄暗い光苔の明かりだけで、坑道の先まで十分に目視できるほどになっている。


「……さて、この先を下ったところに大採掘場があるのか」


 この岩塩鉱山の造りはそれほど複雑ではない。

 事前にガトンから詳細の地図を渡され、オレは暗記していた。


 自分の入ってきた入り口から真っ直ぐに本道を進む。その後はゆっくりと下に進むと岩塩の採掘場がある。


(そして、そこに霊獣がいる……か)


 ガトンの話だと百年前に霊獣はそこに降臨したという。滅多なことでは寝床を移動しないので、今も最下層にいるはずだと。

 

(よし……)


 目的の場所が近付き警戒を更に強める。

 森や山岳地帯とは違い、この坑道内には身を隠す場所は少ない。

 相手に奇襲を受ける心配は少ないが、逆にこちらも身を隠すことができない。


 霊獣の姿を発見して出会った瞬間に、戦闘が始まるかもしれない。全身に身につけている装備品を確認する。


(一撃でも食らったらお終い……とにかく動き回り、反撃を食らわせる


 ガトンの話にもあったが、霊獣は四足歩行の獣型だという。

 とにかく移動速度が早くて攻撃は一切当たらない。そして金属鎧すらも瞬時に斬り裂く爪牙で攻撃してくる。


(警戒レベルは最高の更に上だ……)


 恐らくはオレが地球上の森やジャングルで、遭遇したこともない種の肉食獣であろう。獣の姿をしているだけで、全くの別ものだと想定した方がいい。



「よし、ついたぞ」


 警戒しながら遂に最下層の採掘場へとたどり着く。


 周囲は光苔ひかりこけに照らされて赤く光っている。

 岩塩の結晶が光りを反射して、見とれるほどの美しく幻想的な光景だ。

 

 ヒンヤリと肌寒く全くの無音。不気味なほどの静寂が辺りを支配している。


「霊獣はどこだ」


 注意深く周囲を見渡したが、探し求めている霊獣の姿は見当たらない。

 この最下層の採掘場には、身を隠しておける岩陰もなく獣の気配もない。


(まさか、もういないのか……)


 山穴族ガトンたちが襲われたのは、今から百年も昔のことである。

 もしかしたら、霊獣は既にどこかに消え去っているのかもしれない。


(いや……気配はないが……感じる……)


 だが、先ほどから"嫌な感じ”がする。

 背中の神経を直接触られているような……首元まで冷たい氷に閉じこめられているような……そんな本当に嫌な感じ。


(目に頼るな……感じるんだ……)


 オレは両目を閉じて意識を集中する。

 視覚や聴覚ではなく、全身に流れる気に意識を集中する。これは自称冒険家であった親父から習った索敵術だ。


(この感じは……いた……)


 その時であった。


 自分の背後に"ソレ”を感じた。ようやく見つけたのである。


「……さて、主役のお出ましか」


 振り返った視線の先に目的の影はいた。距離は十分に空いているが油断はしない。


「これが霊獣か……」


 視線の先にいたのは漆黒の獣であった。

 

 鋭い両眼を暗闇に光らせた巨大な霊獣が、矮小わいしょうなオレに襲いかかろうと構えていたのであった。




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