第3話:肉をかついで村へむかう
少女を助けるために、数匹いたウサギの獣をオレは倒した。
「助けてくれてありがとうございます……旅の方」
手足に細かい傷を負っていた少女が感謝の言葉を伝えてくる。やはりオレの耳には流ちょうな日本語に聞こえる。
「気にするな。何てことはない相手だった」
「この大兎を"何てことない”……ですか」
オレの言葉に少女は驚いた表情になる。ありがたいことにオレの言葉も理解できるらしい。
ちなみに自分たちのいる足元で絶命しているウサギ型の獣の名は大兎というらしい。
少女を助けるために、大兎を全て殺したのはオレだった。
最初にこのウサギを見たときは驚いた。何しろこんな可愛い顔をしながら、鋭い牙で少女を襲っていたからだ。
(だが、よく集中して見ると動きは単調。しかも遅く見えた)
草むらで実を隠し観察していたオレはそう感じた。
『これなら勝てる』と思い茂みから飛び出し、大兎の首を斬り裂き全て倒したのだ。武器は自分の腰にあった合法サバイバルナイフを使い。
「ただの大きいウサギだな、これは」
足元の死骸を観察して再認識する。普通のウサギよりも大きく、跳躍して人を襲ってくる大兎。
だがその動きが遅く、口元の牙さえ注意できればただのウサギだ。
なぜか好調な身体の自分の動きもあって、いとも簡単に倒した。
「大兎は村の大人でも手こずる獣です。しかも数匹を同時に倒せる者は村にはいませんでした」
オレの余裕の言葉に、驚いた少女は説明してくる。
その素早い動きで人を翻弄し鋭い牙で足や首を狡猾に狙い、生肉すらも食す雑食の大兎の恐ろしさを。
「これが素早いだと……」
少女の説明を不思議に思う。
自分はアウトドアに精通しているとはいえ武道の達人ではない。達人のように素早い動きが止まって見える能力もない。
冒険家であった両親の影響で、多少の護身術やナイフ術は身につけさせられた。それもあり大兎の難なく斬り裂けた
だが自分の戦闘能力に奢りはない。
本物の鍛えられた武道家には"道場”では勝てないであろう。こうした森の中では別の話になるが。
「すまないがオレは……迷い人だ。できれば君の住む村へ行きたい」
オレは一時的な安息の場を求める。
先ほどの少女の言葉には“村”という単語があった。
つまりここから遠くない場所に人里があり、彼女と同じように言語が通じる人種が住んでいるのだ。
「あなたのような強い方は大歓迎です。事情があり今の"ウルド”は食糧難の貧しい村。大丈夫ですか?」
「それでもこの森よりは安全なんだろう?」
「はい、食料はともかく水と安全に寝る場所はあります」
それは助かる話だ。
このままでいくと森に夜が訪れる。知らない森の中で過ごす夜ほど恐ろしものはない。
食料に関しては自分で何とかするない。
「そういえばこの大兎は食えるのか?」
足元で転がっている肉と毛皮の塊について尋ねる。
「はい、貴重な食料と毛皮として村でも貴重品です。村のきまりでは狩った者に所有する権利があります」
「つまりオレにか?」
「はい……」
なるほど、それなら話ははやい。
これだけの肉の量があればしばらくの間は腹はもつ。
「なら半分だけ貰おう。残りはキミにやる。宿賃だと思ってくれ」
「この半分の大兎をですか!? はい、ありがとうございます!」
この大兎は村ではかなりの価値があるのであろう。少女は本当に嬉しそうにな顔で大喜びする。
「では村に戻る準備をしましょう」
交渉は成立。
その後は大兎の血抜きをして、木の棒に死体をぶら下げて村へ行く準備をする。
「随分と血抜きの手際がいいな、キミは」
見た目は弱々しい少女であるが、流血にもひるまずに血抜き作業する姿に感心する。
ちなみに内臓と血抜き作業は日本の野ウサギとまったく同じだった。
「はい、こう見えて私は狩人です。そういえば……リーシャです」
「ん?」
「私の名はリーシャといいます……失礼ですが旅人さまの名は……?」
助けた少女はリーシャと名乗り、オレの名前を訪ねてくる。
そういえば先ほどから“キミ”とか“旅人さま”とか呼び合いをして気がつかなった。オレたちはまだ名乗ってなかったのだ。
「オレの名は山人……ヤマトだ」
「ヤマトさま……素敵な名ですね……」
「"ヤマト”の呼び捨てでいいから、リーシャさん」
「ヤマトさま……ヤマトさま……」
こりゃダメだ……聞こえていない。
たぶんなんど訂正しても“様”をつけてくる感じの子だ。仕方ないから気にしないでおこう。
こういうタイプの子は言えば言うほどエスカレートして“様”をつけてくるタイプだ。前世でも経験があった。
「ではウルドの村への道案内を頼むぞ、リーシャさん」
「はい、ヤマトさま!」
こうして助け出した少女リーシャの道案内で、オレはウルドという村へと行くことにした。
村はここからしばらく歩いた山岳地帯の盆地にある小さな集落だという。
大兎の死体を二人で天秤棒でかつぎ、周囲を警戒しながら獣道をひたすら進んでいく。
「貸せ。少しもってやる」
「申し訳ありません、ヤマトさま」
歩行速度が落ち、辛そうにしていた彼女の大兎の一部を持ってやることにする。オレは力にはまだまだ余裕があった。
(それにしてもこの大兎は大きさの随分と軽いな……)
それは不思議な感覚だった。
大兎はちょっとした犬くらいの大きさがある。それを何匹もかついでいるにも関わらず、オレはそれほど重さを感じないのだ。
オレは猟銃免許をもつ両親と、日本の山で狩りをしたこともある。
その経験からいうと『獣の死体は重い』のだ。
こうして毛皮や骨肉が全部ついたままの死体というのは、みんなが想像している以上に重量がある。
この大兎は一匹あたり数十キロの重さはあるろう大物。だがそれを何匹もかついでも、オレにはまだまだ力の余裕があったのだ。
これは本当に不思議な現象だ。
(もしや、この世界は重力が弱いのか? それともオレ自身の筋力が上がっているのか?)
歩きながらいろいろな想定はする。だが楽観視だけはできない。
多少の筋力が向上したところで人は弱い生き物だ。武器や道具を使わなければ、どんな獣にも勝てない最弱生物なのだ。
(とにかく情報収集はウルドの村に到着してからだな)
狩人の少女リーシャの後を追いながら、安住の地を求めてオレ村へ向かうのであった。
◇
獣道を約一時間ほど歩いて村に近づく。(ちなみに時間はオレの時計でこっそりと計っていた)
ここまでの途中でオレは様々な発見があった。
リーシャに声をかけて止まり、何種類かの植物と菌類を採取する。
彼女は不思議そうな顔をしていたが気にしない。今後の道を開くかもしれないからだ。
そして遂に村にたどり着く。
「ヤマトさま。あれが私の住むウルドの村です」
「ほう、あれが……」
森を抜けた視界の先に小さな村があった。山岳地帯の盆地の地形を利用した集落だ。
ちょうど昼時ということもあり炊事の煙も見える。
ここから見た感じだと、本やネットで見た中世風のやや原始的な村な様子だ。
(さて、異世界の村か。ここからどうなることか……)
大兎をかつぎながらオレは警戒を強める。
先にゆくリーシャに気が付かれないように、懐や腰にある武器や道具を"対人用”にこっそりと変える。先ほどまでは対獣用だった武器を。
少女リーシャはオレのことを歓迎してくれた。
だが世界中の未開の地を旅してオレは知っていた。辺境の村の住人ほど恐ろしい者はいないのだ。