表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/177

第28話:ガトンの昔話

 ウルド村の近くにある岩塩鉱山の問題について、オレは老鍛冶師ガトンに事情を聞く。


「その岩塩鉱山は、もう採掘できないのか? ジイさん」

「いや……埋蔵量はまだある。ワシの見込みじゃ、大陸でも屈指の岩塩埋蔵量と言っても過言ではない」

「それは凄いな」


 鉄と岩をこよなく愛する山穴やまあな族は、優れた鉱山師でもある。

 有能な鉱山師として各国に使えている者もおり、彼らの慧眼けいがんによりその国の発掘量と経済が左右される事もあるという。


 大陸でも有数の鍛冶師の腕と目を持つガトンの推測によると、ウルド近郊の岩塩の埋蔵量はかなりのものだという。

 この小さな村で使用するには十分すぎるほどの塩があるのだ。


「その岩塩鉱は他の誰かの所有物なのか」

「いや……今は放棄されて誰もの物でもない……しいて言うならば“試練を乗り越えた資格ある者”の所有物となる」


「試練か」

「ああ……」


 オレは遠回しな会話はあまり好きでない。だが今回だけは特別にガトンの話を聞いていた。


 老鍛冶師ガトンは優れた職人であると同時に、明晰めいせきな頭脳をもつ男だ。

 その者が言葉を濁し慎重に口を開いているのだ。


「ならオレからも単刀直入に言う。ウルドの村の塩が危機だ」


 オレも村の塩不足問題を包み隠さずガトンに伝える。この男なら口も堅く信用できる。


「そうじゃったのか……」


 村の塩問題を聞き終わり、ガトンは静かにうなずく。

 そして意を決し鉱山の話の続きをはじめる。


「実は、その岩塩鉱山に"霊獣れいじゅう”が降臨したのじゃ……」

「霊獣だと」

「ああ……霊獣じゃ……」


 老職人ガトンは静かに語る。

 今から百年以上前まで、その岩塩鉱山は山穴族によって採掘されていた。採掘された高品質の岩塩は大陸各地に流通していたという。


 何を隠そう若かりし日のガトンも、鍛冶職人をしながら採掘にも携わっていたという。


「百年前だと」

「山穴族は人族より長寿なのじゃ」

「なるほど」


 だがそんな順調な岩塩鉱に事件が起きた。

  

 それが"霊獣”――――ある日突然、霊獣が降臨してしまったのだ。


「霊獣によって働いていたほとんどの山穴族が殺された……」

「そうか」


「ワシも大怪我を負いつつも辛うじて逃げてられた。気がつくと、このウルドの民に救われていたのじゃ……」

「それでウルドの民に恩義があるのか」

「ああ、そうじゃ……」


 この大陸には"霊獣”と呼ばれる謎の獣が、突如として降臨するという。

 外見はいろんな獣を模しているが生態系は不明。場所や時期の規則性はまったく無くいきなり現れる。

 

 遭遇した人々は災厄や災害ごとく逃げ出し、その土地を破棄するしかないという。


「退治はできないのか? 兵士団や騎士団で」

「無理じゃ……霊獣は“呪い”を持っておる……」

「“呪い”だと?」


 霊獣は普通の獣の何倍もの凶暴な力と、不思議な能力を持っているという。

 その中でも一番厄介なのが“呪い”の能力だという。


 数十年前、他の土地の霊獣を討伐しようと、とある都市国家が騎士団を派遣した。

 だが霊獣を前にして、騎士団は狂ったように同士討ちをして全滅。更に、その都市国家も数か月に謎の奇病により全滅したという。


『霊獣の"呪い”は国すらも亡ぼす』

 それ以来、どこの国家や領主も霊獣には手を出さなくなった。いなくなるまで決して触れてはいけない、禁忌きんきの存在として。 

 


「言い伝えによると過去に霊獣を倒した英雄はいた。“呪い”を回避するために"たった一人”で霊獣に挑み生き残ったという話じゃ……」

「つまり霊獣には"一人”で挑む必要があるのか」

「ここ数十年……そんな英雄は現れておらぬがな……」


 だいたいの話がつかめてきた。

 "霊獣”という獣は、相手を同士討ちさせる不思議な能力を持つ。


 それゆえに大人数での討伐ができなく、たった一人の個人の武で倒すしかない。

 更には霊獣の戦闘能力は段違いに高く、この異世界の騎士や戦士の猛者をもってしても難しい。


「だから鉱山はあっても、この岩塩は手に入らないのじゃ……」


 老職人ガトンは棚の岩塩彫刻を見つめる。

 これは百年前に無我夢中で持ちだした、同族の形見の品だという。

 亡くなった彼らのことを忘れないために、そして霊獣の恐ろしさを忘れないための自分へのいましめの品だと。


「話は分かった」


 オレは意を決して口を開く。


「準備ができたら出発する。岩塩鉱山の入り口まで案内してくれ」

「な、なんじゃと!? 人の話を聞いていなかったのか! 小僧!?」


 ガトンは驚愕した顔で聞き返してくる。霊獣は大国家すら手を出せない危険な存在なのだと。


「聞いていた。“呪い”を受けない手前までの案内を頼む」

「冗談を言っている場合ではないぞ……」


「オレが冗談を嫌いなのは知っているだろう」

「ああ……そうじゃったな……」


 老職人ガトンのジイさんとは、まだ短い付き合いだ。だが、オレはこれまで本音と本気をぶつけ合って接してきた。

 それでなければ村の改革のための、本気の道具などは編み出せない。

 

 ある意味、この村でオレのことを一番よく知っている人はガトンである。


「勝算はあるのか?」

「ダメだったら逃げてくる。ジイさん逃げられたのだろう?」


「そうじゃな……準備まで七日くれ……」

「わかった。七日後の朝に出発だ」


 老職人ガトンは出発前に準備をしたいと言った。

 ちょうどオレも村のことや、討伐の準備で時間が欲しいところだった。

 

 岩塩鉱山にいる霊獣に関しての情報は聞いていた。事前にできる限りの対策をして、最後はこの身体で挑むしかない。


 

 その後、オレは村のみんなに事情を話した。

 塩の死活問題があること、解決のために霊獣の討伐に出かけると正直に話をした。 


「ヤマトさま、危険すぎます!」

「無茶だよ! 兄ちゃん!」

 

 危険すぎるこの賭けに、反対の意見は多かった。

 だが村が生き残るための最終手段として、皆は了承してくれた。


「必ず生きて帰って来る」


 もちろん危険になったら、オレは退却してくるという条件付きだ。


(だが、そう簡単に霊獣から逃げられるとは思わないがな……)


 自分の危険予知信号が、最大限の警戒を出していた。おそらくは霊獣はそんな甘い存在はではないと。

 

 だがオレのその危険な推測は、誰にも言わないでおく。


 そして岩塩鉱山に出発する日の朝が訪れたのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ