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第27話:死活問題

 

 書記の仕事を任せていた絵描きの少女の報告を受けて、オレは村の中心部にある食糧庫にやってきた。


 村長の孫娘リーシャと絵描きの少女の三人で倉庫の内の状況を確認する。


「なるほど、これは確かに問題だな」

「申し訳ありません、ヤマトにいさま……」


「いや、クロエの責任ではない。状況は常に流動的だ」

「ありがとうございます……ヤマトにいさま」


 落ち込んでいる絵描きの書記少女……クロエの頭をでて元気を出してやる。

 問題が起きたのは彼女の責任ではない。むしろ誰よりも早く問題に気がつき、報告してくれた功労者だ。ちゃんと褒めてやる。


「確かに塩の減りが多いですね、ヤマトさま」

「ああ。この分だと予定よりも早く無くなる」


 問題となっていたのは村の倉庫にある"塩”の備蓄量であった。

 オレの計算だと"遠くない日”にウルドの村の塩の在庫が尽きてしまう。


“塩不足”


 これは村にとって一番頭の痛い問題である。

 なぜなら、このウルドの村は山岳地帯の盆地にある。海から遠い地形で塩を手に入れるのが苦労する立地条件なのだ。


『人は塩分がないと生きていけない』これはどんな世界でも深刻な問題だ。

 昨年の秋、オレが村の再建を誓った時に、まず確認したのは塩の在庫量についてだった。


『村の備蓄庫に、ある程度の塩の蓄えはあります』


 昨年の秋、村長の孫娘リーシャが村の塩の現状について、そう説明してくれた。

 村では塩は村長が管理しており、定期的に村人に配布していた。


 塩は貴重品ということもあり、村の食糧庫の床下に厳重に隠して保管している。

 それで昨年の悪い領主の食糧徴収からも逃れており、今まで在庫があったのだ。


「かなり節約を徹底していたのですが……」

「塩は必ず使うものだ、リーシャさん。仕方がない」


 だが、今日になって再計算をしてみると問題が発覚。

 今からどんなに塩を節約して使っても、遠くない将来には村の塩の在庫が無くなってしまうのだ。


「おそらく村の食糧の変化と、人が増えたからだ」

「確かに……そう言われてみるとそうですね、ヤマトさま」


 今回は原因はオレもあった。

 ウルドの民の食事の風習に関して、まだまだ把握しきれていなかったのだ。問題は保存の塩漬けに使う塩の多さであった。


(冷凍庫ないこの世界では"塩漬け”は常識。オレの予測計算もまだまだだな……)


 この中世風な世界では、食料はとにかく"塩漬け”される。小川で捕れた魚に、森で仕留めた獣の肉類など。

 

 とくに大兎ビック・ラビット大猪ワイルド・ボアの肉の保存に、けっこうな量の塩を使ってしまった。

 早急に食糧難を解決することが裏目に出てしまった。だが、これは冷蔵庫のない時代では仕方がないこと。

 

 無いものを悔やむより、別の解決の方法を探る。


「これまで塩は買っていたのだな」

「はい、塩は行商人から仕入れていました……」


 リーシャの説明の通り、海がない山岳地帯では外部から塩を購入するしかない。

 これまでは定期的に来村する行商人から、塩は高値で買っていたのだという。村の特産品などを売ることによって得た硬貨によって売買していた。


「だが街道沿いに"大盗賊団”が出没して、行商人は来られなくなったか」

「はい……大盗賊団のお蔭で、この村から街に買い出しにも行けなくなりました……」


 ウルドの村の問題の一つが、完全に閉鎖された集落ということだ。

 山岳部のウルドの村から一番近い街までの街道沿いに、大規模な盗賊団が出没していたのだ。


 神出鬼没で通行人や荷車を襲う残虐非道な武装集団。規模は先日オレたちが対峙した山賊の何倍も大きく、ちょっとした軍隊並だという話だ。

 

 近隣の領主軍の討伐隊もこんな辺境までは手が回らずに、賊たちは我がもの顔ではびこっていたのだ。


「盗賊団の討伐の問題は後回しにしよう。今は塩を入手する手段を探そう」


 大盗賊団の根城はウルドからかなり遠い場所にある。前回の奴らのように、向こうからこの山岳辺境を襲ってくる確率はかなり低い。

 

 それよりも確実に塩を入手できる方法を、模索する必要がある。


(塩の入手か……)


 地球の歴史でも塩の必要性は高い。むしろ塩の歴史が、人類の歴史だと言っても過言ではない。


 人類が原始的な狩猟時代は、獣の内臓や脊髄せきずいから塩分と接取していた。

 農耕時代になってからは天然の塩田や、海水からの精製で塩を得て、人類は爆発的に発展してきた。

 

 生きるために必須な塩は、古来から国営や専売特許の国が多く利益も莫大な税品だ。


(ウルドは山岳地帯……海からは遠い……)


 近くに海水があれば、オレの現代知識でいくらでも食塩を精製できた。

 だがここは海岸から離れた盆地で、無いものは作れない。


(となると違う手段で……いや、まてよ)


 その時であった。

 思考していたオレはある映像を思い出す。自分の頭の中にあった、この村での"ある記憶”がよみがえったのだ。


「リーシャさん、クロエ。塩の件に関してしばらくは内密に。オレに解決策の考えがある」

「本当ですか、ヤマトにいさま!」

「よろしくお願いします、ヤマトさま」


 責任感から青い顔になっていた二人の少女は、オレの言葉に元気になる。

 塩はデリケートな問題ということもあり、村長意外には秘匿情報にしておく。


「では、少し行ってくる」


 食糧庫に二人を残し、オレは塩の解決策になるかもしれない人物を訪ねることにする。



「どうやら、ここにいたな」


 村の広場を経由してから、オレは目的の人物がいる場所へと辿り着く。

 建物の中から気配がするので、ここの主はいるのであろう。


「入るぞ、ジイさん」

「なんじゃ、小僧か。また何か面白い設計図でも描いたのか?」


 オレが訪れたのは村外れにある鍛冶師工房だった。目的の人物は山穴族の老職人ガトンだ。


「どうしたのじゃ、いつになく真剣な顔で」

「実はジイさんに聞きたいことがある」

「ん? なんじゃ」


 ジイさんに表情を読み取られるとは、オレのポーカフェイスも修行不足か。

 死活問題である塩のことで、オレも少し焦っていたのかもしれない。


「"コレ”の在りかを知りたい」

「それは……」


 オレはガトン工房の棚にある、赤結晶の彫刻品を指差し尋ねる。

 これを削り作り出したはガトンのジイさんだ。なら入手先も知っているはずだ。


「それは……ただの岩塩の結晶じゃぞ?」

「ああ、知っている」


 オレは以前に来た時に、この彫刻を見て記憶していたのだ。工房の中にこの岩塩の赤い結晶があったことを。


「『山穴族は山の真理を知り尽している』……だろ?」

「ああ、そうじゃが…………」


 何しろ頑固者である山穴族は、同族が彫り出し加工した金属や岩石しか愛用しない。

 つまりガトンのジイさんは岩塩の在りかを知っているはずだ。


「それか…………」


 だがなぜか、ガトンのジイさんは言葉を濁している。なにか事情があるのかもしれない。

 だがこちらとて死活問題であり、遠慮している場合ではない。


「その岩塩の結晶は……この近くの岩塩鉱山からワシが採取した……」

「なに? 近くに岩塩の鉱山があるのか」

「ああ……じゃが、今は何人なんぴとたちとも、その鉱山には近づくとが出来ない……」


 頑固者で怖いもの知らずなガトンが、消えるような小さな声でつぶやく。

 こんな怯えたジイさんは初めて見た。


「話してみろ。聞いてやる」


 オレは老鍛冶師ガトンに事情を聞くことにする。




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