第26話:恵みの準備
草原にいた三大名馬“ハン馬”を引き連れ、村に凱旋してから日がしばらく経つ。
辺境の村ウルドでは、稲によく似た“イナホン”の田植えの真っ最中だ。
「ヤマト兄ちゃん、植える間隔はこれでいい?」
「もう少し感覚を空けろ。その線に合わせて植えるんだ」
「えー、そうなの?」
「詰め過ぎても収穫量は減る。つまりお前たちの食う飯の量が減るぞ」
「げっ、それはまずい。直さないと!」
初めて田植えを体験する村のみんなに、現場監督であるオレは的確な指示を出す。
事前に説明と準備はしていたが、慣れない田植えに四苦八苦している。
「ヤマト兄さま、これで大丈夫ですか?」
「ああ、上出来だ。ずいぶんと上手いものだな」
「ありがとうございます、ヤマト兄さま! ハン族は草原と共に生きる部族。草扱いには慣れております」
「そうか」
その中でも新しくウルドの村の住人となった、草原の民ハン族の子ども達はなかなかの田植え上手だ。
生まれた時から馬羊の世話をしてきた彼らは、常に大量の飼い葉を扱う。そういった意味でも草には慣れているのであろう。
「ヤマト殿、ワシらの方も見てくだされ」
「ああ、これで大丈夫だ。だはあまり無理するな、村長」
「これまでの麦の世話に比べたら楽なものですぞ、ヤマト殿」
「頼りにしている」
田植えには村の老人・老婆衆も参加している。
手植えの作業は稲刈りと同じく、一年で一番人手と時間がかかる。年配である彼らには、あまり無理はしないようには伝えていた。
(だが気のせいか……最近は元気になっているような気がする……)
オレがこの村に来た時は、老人たちは力仕事に関しては当てにならなかった。
だが、ここ数か月の老人衆は、最初の頃よりもだいぶエネルギッシュに感じる。
もしかしたら、栄養のある食事を安定して食べることにより、体力と力が漲っているのかもしれない。
だとしたら嬉しい誤算であり、今後は頼もしいことだ。
イナホンの田植えは森の中の天然水田と、村の中の荒れ地を開墾した広い面積となる。
村人たちみんなで協力して、根気よく作業を続けていく。
◇
田植えを開始してから数日が経つ。
「よし、田植えはこれで完了だ。みんな、よくやったな」
村人総動員のイナホンの田植え作業は、ようやく完了した。泥だらけになった村人たちに、オレは声をかけてねぎらってやる。
「最後の一本はオレが植えたんだぜ。凄いだろう!」
「違うよ、僕のが最後だよ」
「いえ、私たちハン族の田の場所が遠いので最後でした」
「「えー、それはズルいよー」」
重労働の田植えも終わり、誰もが疲れ果てている。
だが、その顔には何とも言えない充実感に包まれ、誰もが笑みを浮べている。
「よし全員、小川で身体をキレイにしてこい。老婆衆が広場で暖かい昼飯を用意している。今日の午後は特別に全ての仕事を休みにする」
オレはこの後のスケジュールを村人たちに指示する。
「おお! 昼飯、それに休み! よし、一番のりで小川に行かないと!」
「ハン族は負けず嫌いなのです。駆けっこも勝たせてもらいます」
「ああ? 乗馬ならともかく、駆けっこでウルドの民が負けるわけにはいかなんでね! よし、競争だ!」
「あー、みんな待ってよー」
先ほどの疲労具合はどこにやら。
子ども達は一斉に小川に走り、一番で昼飯にありつこうとする。
(やれやれ……さすがに子ども達は生命力の塊だな)
そんな元気でやんちゃな光景に、オレは心の中で苦笑いする。
「子ども達は本当に元気ですね、ヤマトさま」
「ああ、そうだな」
オレの隣にいた村長の孫娘リーシャも、その光景を微笑ましく見つめている。
先日、十四歳の成人を迎えた彼女にとっても、村の子ども達は眩しく目に映るのであろう。
「リーシャさんも昼飯を食べたら、今日は休んでくれ」
「はい、心づかいありがとうございます。もちろんヤマト様も休みですよね?」
「ああ、今日くらいはゆっくりさせてもらう」
数日間の重労働をねぎらう為に、今日の午後は村人たちを強制的に休みにしていた。
これはオレの日本での田舎の祖母の習慣を真似たものだ。
強制半休は田植えの疲れを回復させると共に、ウルドの村人たちの親睦を深める目的がある。
重労働を互いに協力して完成させた後は、なんとも言えない連帯感が生まれ親睦が深まる。
特に孤児であるハン族を新しい村民に迎えたこともあり、彼らとの垣根を少しでも取り払うのが目的であった。
「でも子ども達は、もうすっかり仲良くなっていますね、ヤマトさま」
「ああ、元気というか図々しいというか、逞しいな子ども達は」
そんな大人たちの気づかいをよそに、ウルド族の子ども達とハン族の子供たちは、先ほどのように既に仲良くなっていた。
お互いに子供という事もあり、大人のような先入観やプライドがないのであろう。直球勝負で見ていて清々しい。
「よし、それではオレたちも昼飯に行くとするか、リーシャさん」
「はい、ヤマトさま」
田植えの最終確認が終わり、オレたちも広場に向かうことにした。
◇
村の広場での田植えの"お疲れさま会”は盛り上がっていた。
「今日は“オニギリ”と鍋をたくさん作ったから、たんとお食べ」
「おお! “いただきます”!」
「そう、“いただきます”!」
午前中の間に老婆衆が用意してくれた昼飯に、誰もが喜び食している。
オレが前に教えた感謝の言葉『いただきます』と、イナホン米から作る『オニギリ』はこの村でもだいぶ浸透してきたようだ。
子供たちはわれ先を争うように、準備された昼食のお替わりに群がる。
「ヤマト殿も一杯いかがですか?」
「ああ、いただくとする」
一方で広場の上座にいる老人たちは、地酒であるウルド酒で疲れを癒している。今日はお疲れまの宴ということで、村の貴重な酒も解禁だ。
酒は嫌いではないオレも、昼間から軽くいただくとする。
「ガトン殿もどうぞ一杯」
「うむ、かたじけない。村長よ」
オレの隣で山穴族の老鍛冶師ガトンも腰を下ろしくつろいでいた。
ガトンのジイさんは田植えには参加していないが、オレが新たに頼んだ道具の数々を作り上げるために頑張っていたのだ。
「それにしても"田植え”というのは手作業で、随分と効率が悪いのう」
「精密な田植えは手作業でしかできない。こればかりは仕方がない」
「ふん、“賢者殿”をもってしても、効率を上げる知恵が浮かばぬか?」
「野牛に引かせる、かなり複雑な道具なら考えられるが、どうするジイさん」
「いや、遠慮しておこう。今はオヌシに頼まれた他で手いっぱいだ」
「そうだな」
重労働である田植えを、効率化させる道具の製作は難しい。
日本でも田植えコンバインが登場する前までは、手植えが主流だったはずだ。
この異世界の文明度では、さすがにコンバインまでの技術力は底上げできない。田の世話に関しては今後も手作業でいくつもりだ。
「ところでオヌシに頼まれていた“例の弓”はもうすぐ完成するぞ」
「随分と早いな。さすがはガトンのジイさんだ」
「ほめても何も出んぞ。まあ、前回の嬢ちゃんの機械長弓を簡略化しただけじゃ。楽なもんじゃ」
「たしかに」
最近の老職人ガトンには、優先で頼んでいた道具があった。
それは新しい住人となった、草原の民ハン族の子供たちの狩りの道具である。
生まれついての騎馬民族である彼らの特性に合わせた、新しい弓をオレが設計して、ガトンのジイさんに試作してもらっていた。
試作品が完成するのが楽しみである。
「ヤマト兄さま……」
その時であった。
後ろから小さな声でオレを呼ぶ者がいた。
「どうした。何かあったか」
声をかけてきたのは、リーシャよりも少し年下の女の子だ。
昔から絵を描くのが得意で、今では書記として村の作業の記録を指示していた絵描きの少女である。
手に村の記録台帳を抱えているところを見ると、何か問題があったのであろう。オレは優しく尋ねる。
「実は……食糧庫の在庫のことで問題がありまして……」
「なるほど……それはマズイな。よし、わかった。食糧庫に見に行こうと」
新たに発生してしまった"大問題”を自分の目で確認するために、オレは宴の席を立ち倉庫に向かうのであった。