第25話:ハン族の宝物
新しく村の一員となったハン族の少女の頼みを聞き入れ、オレは"形見の品”を探しに出発した。
「"形見の品”のある場所は、正確に分かるのか?」
「はい、ヤマト兄さま。この風車小屋から、もう少し進んだ先に“いる”はずです」
「なるほど、それならもう少しだな」
ハン族の族長の娘の案内で、廃墟と化した風車小屋を通り過ぎ目的の場所へとむかう。
今回のメンバーはオレと村長の孫娘リーシャ、元気になったハン族の子どもたちである。特に大きな危険はないので弩隊は村に待機だ。
「体力は大丈夫か」
徒歩での移動が続き、周りにいるハン族の子供をオレは気づかう。
「はい、お気遣いありがとうございます、ヤマト兄さま。我らハン族は幼い頃から草原を駆けて生きる部族。体力には自信があります」
「そうか、それは良かった」
救出してから数日間、ウルドの村で休養した孤児たちはすっかり元気になっていた。
ここまで数時間をと教えて歩いてきたが、体力はまだまだ残っている。厳しい草原を生き抜いてきた部族はたくましい。
◇
「ヤマト兄さま、この辺りです……"形見の品”がいるのは」
「そうか」
彼女たちの案内でたどり着いたのは、盆地にある小さな草原であった。
ウルドの村から離れた場所にあり、同行していたリーシャもここは初めて来る場所だという。
「では、"形見の品”を呼び出します……上手くいけばいいのですが」
ハン族の少女は首にかけていた小さな笛を取り出し口にする。一緒に来た他の子たちも同じように小笛をくわえる。
“ピィー”
彼女たちが息を吹き出すと、微かに音が鳴り響く。これは人の耳には決して聞こえない部族秘伝の笛だという。
恐らくは犬笛のように人が感知できない周波数を出す、特殊な笛なのであろう。
この異世界に来て身体能力と五感が向上しているオレですら、ほんの微かにしか聞こえない。
ハン族の子供たちは、何度か時間を空けて笛を鳴らしつづける。オレには分からないが、笛のリズムや吹き方によって意味があるらしい。
そして、一時間ほど草原で待っていた……その時である。
彼女たちの"形見の品”が向こう側からやって来た。
「これが"形見の品”か」
「はい! 良かったみんな無事でいてくれて……」
ハン族の子供たちは安堵の表情で、駆け付けた"形見の品”に近づいていく。
「これが“ハン馬”なのですね……」
「らしいな」
オレの隣にいた少女リーシャは、驚いた顔でその光景を見つめている。
そう……ハン族の孤児たちの探し求めて来たのは、彼らが命の次に大事にしている自分たちの"飼い馬”であったのだ。
「凄いです……噂には聞いていましたが、ハン馬は本当にいるのですね……」
「それほど有名なのか」
「はい、ヤマトさま! この大陸で三大名馬のひとつとして名高い種です」
リーシャの説明によると、このハン馬はかなり希少な大型馬だという。
優秀であるために大陸各国の騎士や将軍がこぞって愛用。全財産を投げ打ってでも、喉から手が出るほど欲しい軍馬としても有名だと。
だが草原の民である彼らは家族のように大事にして育ている。そのために滅多なことでは市場には出回らない希少馬。
ゆえに目玉が飛び出るような高額で取引されているという。
(なるほど、確かに大きく逞しく……そして美しい馬だな)
続々と集まってくる褐色のハン馬を見つめながら、オレも感動する。
現代にいたころのオレは、自称冒険家であった両親の影響で世界中を旅していた。その時に各国の名馬を目にする機会もあり、実際に騎乗も体験している。
だが、これほどまでに艶やかで、美しい名馬は初めて目にした。
『美しい馬は必ず名馬である』これはオレの経験談から編み出された確信だ。
「ヤマト兄さま!!」
その時であった。
「逃げてください!」
ハン族の少女が大声で警告してくる。
「申し訳ありません! 暴れ馬です! 逃げてください!」
オレとリーシャがいる場所に、一頭のハン馬が向かって来た。身体が他のより二回りも大きく気性も荒そうだ。
おそらくは久しぶりの人との接触で、興奮状態になってしまったのか。
もしくはハン族ではないオレたちを、敵と認識してしまったのかもしれない。
(これはマズイ……)
危険な状況だった。
身体能力が向上しているオレは避けられるかもしれないが、隣りにいる少女リーシャが危険だ。
これほど巨体の軍馬の体当たりを食らったら、リーシャはひとたまりもない。命の危険性もあるであろう。
(こうなったら仕方がない……)
意を決したオレは、彼女を守るように目の前の巨馬に向かって行く。
「ヤマト兄さま! 逃げてください!」
「ヤマトさま!」
子供たちとリーシャの悲痛な叫びが、草原に響き渡る。
だが構わずオレは巨馬に向かって駆ける。こちらに注意を引き付けるように。
“ヒヒーン!”
愚かで矮小なオレを踏み潰そうと、巨馬は太い前足で振り上げる。肉食獣すらも即死させる鋭く強烈な蹄だ。
「はっ!」
だが、その前脚を寸前でかわし、オレはその巨馬に飛び乗る。
背中に鞍と綱もない危険な状態。振り落とされないように必死でしがみ付く。
「ヒヒーン!」
案の定、怒った巨馬は背中のオレを振り降ろそうと暴れ回る。邪魔な異邦人を地面に叩き落して、踏み潰そうする。
「ヤマト兄さま!」
「ヤマトさま! 今助けます!」
「待て!」
弓を構えて自分を助けようとるみんなを、オレは声で制する。
ここでのリーダー格であるこの巨馬を射り殺したら、今後の他のハン馬の士気にかかわる。
「ヒヒーン! ヒヒーン!!」
漆黒の巨馬はオレの態度に激怒して、更に暴れ回る。
(くっ……)
本場アメリカで体験したロデオマシーンの、何倍もの衝撃とGがオレの全身を襲う。
しかも今回は鞍も綱も一切ない裸馬の状態。一瞬でも気を抜いたらオレの命はお終いだ。
(上等だ……)
こう見えてのオレは負けず嫌いだ。
どちらが先に折れるか根比べといくとするか。
◇
激しい戦いはようやく終わりをつげる。
先ほどまで鳴り響いていた巨馬の叫びも、今は静かになっている。
「まさか……その"王馬”を乗りこなすなんて……」
「ヤマトさま! よくぞご無事で」
根比べに勝った騎乗のオレに、みんなが駆け寄ってくる。
漆黒の巨馬は自分の負けを認め、オレに従い大人しくしている。どうやらオレのことを主として認めてくれたようだ。
「凄いです、ヤマト兄さま! その巨馬は部族の猛者にも乗りこなせなかった"王馬”の一族です……」
「そうか、どうりで手ごわいはずだ」
平静に答えていたがオレの全身は汗だくのボロボロだ。
まだ体力は残っているが、本当に大変な根気と力比べだった。できれば、もう二度と挑戦はしたくない。
「ヤマト兄さまは、優れた馬乗りでもあったのですね……素晴らしいです!」
「悪いがオレは馬乗りでも騎兵もない。よし、そろそろ村に戻るぞ」
「はい!」
こうしてオレはハン族の少女の頼みを聞き入れ、"形見の品”であるハン馬の群れを手にいれることに成功した。
草原にいた二十頭以上の見事なハン馬を引き連れて、オレたちはウルドの村に凱旋するのであった。