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第25話:ハン族の宝物

 新しく村の一員となったハン族の少女の頼みを聞き入れ、オレは"形見の品”を探しに出発した。


「"形見の品”のある場所は、正確に分かるのか?」

「はい、ヤマトあにさま。この風車小屋から、もう少し進んだ先に“いる”はずです」

「なるほど、それならもう少しだな」


 ハン族の族長の娘の案内で、廃墟と化した風車小屋を通り過ぎ目的の場所へとむかう。

 今回のメンバーはオレと村長の孫娘リーシャ、元気になったハン族の子どもたちである。特に大きな危険はないのでクロスボウ隊は村に待機だ。


「体力は大丈夫か」


 徒歩での移動が続き、周りにいるハン族の子供をオレは気づかう。


「はい、お気遣いありがとうございます、ヤマトあにさま。我らハン族は幼い頃から草原を駆けて生きる部族。体力には自信があります」

「そうか、それは良かった」


 救出してから数日間、ウルドの村で休養した孤児たちはすっかり元気になっていた。

 ここまで数時間をと教えて歩いてきたが、体力はまだまだ残っている。厳しい草原を生き抜いてきた部族はたくましい。



「ヤマトあにさま、この辺りです……"形見の品”がいるのは」

「そうか」


 彼女たちの案内でたどり着いたのは、盆地にある小さな草原であった。

 ウルドの村から離れた場所にあり、同行していたリーシャもここは初めて来る場所だという。


「では、"形見の品”を呼び出します……上手くいけばいいのですが」


 ハン族の少女は首にかけていた小さな笛を取り出し口にする。一緒に来た他の子たちも同じように小笛をくわえる。


“ピィー”


 彼女たちが息を吹き出すと、微かに音が鳴り響く。これは人の耳には決して聞こえない部族秘伝の笛だという。

 

 恐らくは犬笛のように人が感知できない周波数を出す、特殊な笛なのであろう。

 この異世界に来て身体能力と五感が向上しているオレですら、ほんの微かにしか聞こえない。


 ハン族の子供たちは、何度か時間を空けて笛を鳴らしつづける。オレには分からないが、笛のリズムや吹き方によって意味があるらしい。



 そして、一時間ほど草原で待っていた……その時である。

 

 彼女たちの"形見の品”が向こう側からやって来た。


「これが"形見の品”か」

「はい! 良かったみんな無事でいてくれて……」


 ハン族の子供たちは安堵の表情で、駆け付けた"形見の品”に近づいていく。


「これが“ハン”なのですね……」

「らしいな」


 オレの隣にいた少女リーシャは、驚いた顔でその光景を見つめている。

 そう……ハン族の孤児たちの探し求めて来たのは、彼らが命の次に大事にしている自分たちの"飼い馬”であったのだ。


「凄いです……噂には聞いていましたが、ハン馬は本当にいるのですね……」

「それほど有名なのか」

「はい、ヤマトさま! この大陸で三大名馬のひとつとして名高い種です」


 リーシャの説明によると、このハン馬はかなり希少な大型馬だという。

 優秀であるために大陸各国の騎士や将軍がこぞって愛用。全財産を投げ打ってでも、喉から手が出るほど欲しい軍馬としても有名だと。


 だが草原の民である彼らは家族のように大事にして育ている。そのために滅多なことでは市場には出回らない希少馬。

 ゆえに目玉が飛び出るような高額で取引されているという。


(なるほど、確かに大きくたくましく……そして美しい馬だな)


 続々と集まってくる褐色のハン馬を見つめながら、オレも感動する。

 現代にいたころのオレは、自称冒険家であった両親の影響で世界中を旅していた。その時に各国の名馬を目にする機会もあり、実際に騎乗も体験している。


 だが、これほどまでに艶やかで、美しい名馬は初めて目にした。

『美しい馬は必ず名馬である』これはオレの経験談から編み出された確信だ。



「ヤマト兄さま!!」


 その時であった。


「逃げてください!」

 

 ハン族の少女が大声で警告してくる。


「申し訳ありません! 暴れ馬です! 逃げてください!」


 オレとリーシャがいる場所に、一頭のハン馬が向かって来た。身体が他のより二回りも大きく気性も荒そうだ。

 

 おそらくは久しぶりの人との接触で、興奮状態になってしまったのか。

 もしくはハン族ではないオレたちを、敵と認識してしまったのかもしれない。


(これはマズイ……)


 危険な状況だった。

 身体能力が向上しているオレは避けられるかもしれないが、隣りにいる少女リーシャが危険だ。

 これほど巨体の軍馬の体当たりを食らったら、リーシャはひとたまりもない。命の危険性もあるであろう。


(こうなったら仕方がない……)


 意を決したオレは、彼女を守るように目の前の巨馬に向かって行く。


「ヤマト兄さま! 逃げてください!」

「ヤマトさま!」


 子供たちとリーシャの悲痛な叫びが、草原に響き渡る。

 だが構わずオレは巨馬に向かって駆ける。こちらに注意を引き付けるように。


“ヒヒーン!”


 愚かで矮小わいしょうなオレを踏み潰そうと、巨馬は太い前足で振り上げる。肉食獣すらも即死させる鋭く強烈なひづめだ。


「はっ!」


 だが、その前脚を寸前でかわし、オレはその巨馬に飛び乗る。

 背中にくらと綱もない危険な状態。振り落とされないように必死でしがみ付く。


「ヒヒーン!」


 案の定、怒った巨馬は背中のオレを振り降ろそうと暴れ回る。邪魔な異邦人を地面に叩き落して、踏み潰そうする。


「ヤマト兄さま!」

「ヤマトさま! 今助けます!」


「待て!」


 弓を構えて自分を助けようとるみんなを、オレは声で制する。

 ここでのリーダー格であるこの巨馬を射り殺したら、今後の他のハン馬の士気にかかわる。


「ヒヒーン! ヒヒーン!!」


 漆黒の巨馬はオレの態度に激怒して、更に暴れ回る。

 

(くっ……)


 本場アメリカで体験したロデオマシーンの、何倍もの衝撃とGがオレの全身を襲う。

 しかも今回は鞍も綱も一切ない裸馬の状態。一瞬でも気を抜いたらオレの命はお終いだ。


(上等だ……)


 こう見えてのオレは負けず嫌いだ。

 どちらが先に折れるか根比べといくとするか。



 激しい戦いはようやく終わりをつげる。

 先ほどまで鳴り響いていた巨馬の叫びも、今は静かになっている。


「まさか……その"王馬おうば”を乗りこなすなんて……」

「ヤマトさま! よくぞご無事で」


 根比べに勝った騎乗のオレに、みんなが駆け寄ってくる。

 漆黒の巨馬は自分の負けを認め、オレに従い大人しくしている。どうやらオレのことをあるじとして認めてくれたようだ。


「凄いです、ヤマト兄さま! その巨馬は部族の猛者にも乗りこなせなかった"王馬”の一族です……」

「そうか、どうりで手ごわいはずだ」


 平静に答えていたがオレの全身は汗だくのボロボロだ。

 まだ体力は残っているが、本当に大変な根気と力比べだった。できれば、もう二度と挑戦はしたくない。


「ヤマト兄さまは、優れた馬乗りでもあったのですね……素晴らしいです!」

「悪いがオレは馬乗りでも騎兵もない。よし、そろそろ村に戻るぞ」

「はい!」


 こうしてオレはハン族の少女の頼みを聞き入れ、"形見の品”であるハン馬の群れを手にいれることに成功した。


 草原にいた二十頭以上の見事なハン馬を引き連れて、オレたちはウルドの村に凱旋するのであった。


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