第23話:強襲
"戦い”は終わった。
「ひっ、た、助けてくれ……」
「命だけは、どうか……」
足元では膝まずきながら命乞いをしている男たちいた。
その周りで横たわっている無残な死体に怯えながら、誰もが涙目で必死に懇願している。
「どうしますか、“兄貴”?」
「予定通り、身ぐるみを剥いで、ここに捨てていく」
「そ、そんな!? こんな山奥で、オレたち死んじまう!」
「なら生き残れ。これがオレたち“山犬団”のせめてもの慈悲だ」
戦いが終わり撤収作業にはいる。
宣言通りに山賊の残党の身ぐるみを剥がし、風車小屋へ捨てていく。
ここから一番近い人里まで、この裸足で何時間かかるか分からいない。
道中には野生の危険な獣が棲息しており、素手なこいつらが無事に生き残る確率は低い。
「よし、根城に戻るぞ」
「へい、“兄貴”!」
兄貴ことオレの号令に従い、自称傭兵団“山犬団”のメンバーはウルドの村へ出発するのであった。
◇
「ここまで来れば大丈夫だ、みんな」
風車小屋からかなり距離が離れた。オレは同行している村のみんなに警戒解除を指示する。
裸で捨ててきた山賊の残党が追ってくる気配はなく、もう演技の必要はない。
「無事に終わりましたね、ヤマトさま」
「ああ、とりあえずはひと安心だ、リーシャさん」
「村のみんなに大きな怪我もなく本当に良かったです……」
山賊たちの根城である風車小屋への強襲は、オレたちの圧勝で終わった。終わってみれば本当にあっとう間のできごと。
隣を歩くリーシャの言葉のとおり、こちらはほとんど無傷な一方的な戦いであった。
「兄貴、もうこの変装をとってもいいの?」
「ああ、もう大丈夫だ。それから、もう“兄貴”と呼ばなくてもいい」
「へい、ヤマト兄貴ちゃん! あれ、直んないや?」
後方をついてくる子ども達は口元の布を外し、変装を解く。他の村人たちも偽装を解いていく。
風車小屋を強襲する時、オレたちは顔を隠して変装していた。
薄い布で口元を隠しただけの簡単な偽装。自分たちの身分を隠すために、互いの名を呼び合うのを禁止して、あだ名や暗号で呼び合っていた。
(“兄貴”か……今思うと、ずいぶんと陳腐な呼び名だったな)
オレの通り名は“兄貴”。
架空の傭兵集団“山犬団”の頭という設定であった。
そんなセンスのない名をつけたのでは、もちろんオレではなく他のヤツだ。勘弁してほしいものだ。
「それにしても……本当に私たち……勝てたのですね、ヤマトさま……」
「ああ。これも子供たちと村のみんな、それにリーシャさんのおかげだ」
「いえ、ヤマトさまの戦術が素晴らしいおかげです!」
◇
山賊を襲撃した時の、オレの作戦はシンプルだった。
まずはオレとリーシャが気配を消して、風車小屋へと近づいていく。
相手の見張りはオレの弩とリーシャの機械長弓で遠距離から仕留めた。
『あっ……』
『うぐっ……』
脳天を貫かれた見張りは、叫ぶ間もなく絶命した。
その後、先発隊の子供たち弩隊を風車小屋の周囲に配置する。
互いに同士射ちにならないように、射線を斜めにクロスさせた陣形。戦国時代の鉄砲大名が愛用した、相手を皆殺しにする実戦的な陣形を参考にした。
見張りを倒したオレは、風車小屋に忍び込む。
村から持ってきた獣油とワラに火をつけて、黒煙を焚く。質の悪い獣油は異臭と黒煙を出すのに最適だ。
『火事だ!』
オレは見張りの声を真似して叫ぶ。『煙と炎で焼け死ぬ前に、早く小屋から逃げろ』と叫んだ。
「ひっ……」
「いったい何事だ!?」
煙と炎に驚いた山賊たちは、小屋から次々と外に飛び出してくる。
出口は二か所しかなく、建物は蜂の巣をつついたような混乱状態。
「よし、撃て」
オレの合図と共に、待ち構えていた弩隊から矢が発射される。
発射と矢の装填のタイミングを二班に分けた、オレ考案の二段構えの弩式の戦術だ。
烈火のように激しい矢の雨が次々と飛び交う。
「うぎゃ!」
「ひぐぅ!」
小屋から外に出てきた山賊たちは、弩の攻撃に次々と絶命していく。
想定もしていなかった敵襲を受けて、さらに大混乱の渦におちいる。
「盾で防げ!」
「ひっ、盾が効かねえぞ、この矢は!?」
山賊どもの中には、盾を使い防ごうとしていた者もいた。あの状況の中で賢い選択の一つであろう。
だが、頑丈な盾さえも弩の矢は軽く貫通する。呆気にとられている持ち主を次々と絶命させる。
弩は、たとえ金属鎧をまとっていても防げない烈火の矢の嵐。この世界の文明度では、防御すら許されない圧倒的な攻撃力だ。
「こ、降参だ!」
「たのむ! 命だけは助けてくれ!」
虫の息の壊滅状態になってから、山賊たちは降参してきた。
オレたちの目的は皆殺しでも殺戮でもない。降伏は認めてやる。
「だが、命を助ける代わりに、身ぐるみは剥いでいく」
こうして戦いは終わり、残党の身ぐるみと財産を全て没収。やつらが持っていた馬と荷馬車も徴収して、オレたちは帰還していた。
◇
「山賊の荷馬車と財産は、本当に持ってきてもよかったのですか? ヤマトさま」
「尋問して聞いたが、これも全部やつらが強盗で奪った物だ。慰謝料として遠慮することはない」
村長の孫娘リーシャは、徴収してきた荷馬車と財産を見て心配そうにしていた。
これは風車小屋に置いていっても、他の賊に使われる恐れがあるから持ってきた。高価な馬と荷馬車はウルドの村でも貴重である。
「“いしゃ料”……?ですか」
「迷惑料ということだ。“この子たち”のこれからの生活費の足しにする」
「……本当に"この子たち”を連れてきても、良かったのですかね……」
「こいつらが自分で決めた選択だ。今後についてはウルドの村に戻ってから決めよう」
荷馬車に力なく乗っている子供たちを、リーシャは心配そうに見つめる。オレが見たことがない柄の民族衣装を着た子供たちだ。
(草原の民"ハン族”の子ども達か……さて、ウルドでひと波乱なければいいがな……)
オレが風車小屋から連れてきたのは、山賊に捕まっていた子供たちであった。
一族を皆殺しにされて孤児になった彼らを、オレはウルドの村に連れていくことにしたのだ。