第21話:追跡
不審な足跡の発見の報告を受けたオレは、その現場に駆けつけた。
「ヤマト兄ちゃん、これだよ、これ」
「ああ、確かにそうだな」
村の周囲を巡回パトロールしていた少年が指さす方向に、確かに人のいた痕跡があった。
人気のない森の茂みが踏み固められ、人の靴の足跡が点在している。明らかに人為的な痕跡だ。
「人数は五人か」
「えー、四人じゃないの? ヤマト兄ちゃん」
「よく見ろ。同じ靴の大きさでも歩き方が違う」
「あっ、本当だ。さすがだね!」
間違いやすい足跡を指さし、少年の状況推測の間違いを正してやる。
登山を趣味としていたオレは、こういった森の中での状況観察を得意としていた。
もともとの原因は、自称冒険家であった両親の影響で覚えた技術の一つなのだが。
『深い森の中にいきなり放置。足跡をたどって戻れたら飯に有りつけるゲーム』……そんな遊びを子どもの頃から親に強要され、オレは嫌でも覚えたこの技術。
今思い出しても頭が痛くなるトラウマだ。
「ヤマトさま、これは”昨年の者たち"でしょうか?」
「ああ、歩き方が同じ人物もいる。間違いない」
「そうですか……」
村長の孫娘リーシャは心配そうな顔をしている。
この場所に足跡があったのは、昨年の秋以来だ。
時期的にはちょうど“歓迎の宴”の二日後。村の周囲に違和感があったオレが、この場所を見つけたのだ。
それ以来は村の巡回パトロールを強化せていた。痕跡があったのは今回で二回目だ。
「ここはちょうどウルドの村が見える。偵察に来ていたのだろうな」
「偵察ですか……」
遠目に見える平和な村の見つめながら、リーシャの顔は青くなる。
"偵察”ということは何者かが監視して狙っていたのだ。自分たちの愛する故郷ウルドを。
「いったいどうすれば……」
あまりの衝撃的な事実に、彼女は言葉を失っている。
今のウルドの村には自分たち以外には、老人と子どもたちしかいない。最も頼りになるはずの大人たちは、悪い領主に強制連行されて誰もいない。
そんな弱い村を、悪意をもった集団が狙っていたらどうなるであろうか?
ろくな防御柵がなく無防備。厄介な大人が全くいないウルドの村は、美味しい獲物に見えるであろう。
「大丈夫だ、リーシャさん」
「えっ……」
「オレが必ずなんとかする」
「ヤマトさま……」
顔面蒼白になっていたリーシャの肩に手をのせ、彼女を安心させる。
ウルドの村の平和は、必ずオレが守ってやると伝える。
「よし。お返しにこちらも偵察に行くぞ、お前たち」
真新しい足跡の戻る先を見つめ、オレは子供たちに指示をだす。"目には目を、偵察には偵察を”お返しだと。
「もしかして、いつもの“かくれんぼ鬼ごっこ”をするの? ヤマトちゃん」
「ああ。この足跡の相手が逃げ隠れた場所を、気が付かれないように見つけた者が勝ちだ」
「よし、オレ一番になるぜ!」
「ボクもがんばるんだから」
オレの指示に子ども達はやる気を出す。
昨年の秋から冬にかけて森で狩りをしつつ、オレが教えてやった新しい"遊び”に勝つためにテンションが上がっている。
子どものやる気を出せるには"訓練”という言葉を使うより、"遊び”という単語を使った方が何倍も効率がいいのだ。これは試行錯誤しながらオレが村で学んだことだ。
「ヤマトさま……私もついて行っていいですか」
「ああ。オレの背中を頼む、リーシャさん」
「はい、任せてください!」
オレたちは怪しい侵入者たちを、逆に追跡していくことにした。
いったん村内に戻り装備を整え、村長と村人たちに事情を説明してすぐに出発する。足跡が真新しいうちに相手の根城を突きとめたいからだ。
「行ってくる。留守を頼むぞ、村長」
「ヤマト殿もお気をつけて」
「今回は偵察だけだ」
「留守はワシらに任せてください」
万が一の自衛の指示を村長に伝えておいたので、村の留守は大丈夫であろう。巡回パトロールを強化して、先手必勝で戦わずに退却する策だ。
「よし、行くぞ。お前たち」
「はい、ヤマトさま」
「いいぜ、ヤマト兄ちゃん!」
メンバーはオレと村長の孫娘リーシャ。あと先ほど一緒にいた三人の村の子ども達。今回は偵察ということもあり、目立たないように森に慣れた少数精鋭いく。
(さて、鬼が出るか蛇が出るか……)
そんな不安を胸に、オレたちは侵入者たちの逆追跡を開始するのであった。
◇
足跡の追跡は順調に進んでいた。
『ヤマト兄ちゃん、こっちに続いているよ』
『了解だ』
追跡中は声を出さずに合図し合う。ウルドの民に伝わる手信号と鳥笛を使い分け互いに連絡する。
獣や相手に気がつかれない便利な連絡方法なので、オレも前に教わり習得していた。
(それにしても随分と"素人丸出し”なヤツらだな……)
足跡や移動の仕方から相手のある程度の力量が測れる。
そこから推測するに、ウルドの村を偵察に来た侵入者たちかかなりの素人であった。何の思慮もなくやみくもに森や山岳地帯を移動している。
おかげで追跡は順調だ。だが油断せずに、跡をたどって進んでいく。
(ん……あれは……)
“止マレ・警戒セヨ”
先頭を進んでいたオレは、後方のリーシャと子供たちに合図を送る。全員がすぐさまその合図に反応し、身を低くして停止する。
(あれが侵入者たちの根城か……)
ウルドの村を出発して数時間、森と山岳地帯を進んだ場所にその建物はあった。
(あれは破棄された風車小屋か……)
見晴らしのいい小高い丘に、古びた風車小屋がポツンと建っている。風車は折れ曲がりすでに使われている形跡はない。
(見張りは二人か……)
下品な笑い声をあげながら、風車小屋の前でたむろして男たちがいる。その他にも小屋の中には人の気配がある。
(やはり"賊”だった……山賊団といったところか……)
古びた風車小屋を根城にしていたのは、武装した山賊たちであった。
つまりウルドの村を狙っていたのはコイツ等……山賊団だったのだ。
(さて……どうしたものか……)
ウルドの村にいるのは自分と狩人の少女リーシャを除けば、老人と子供たちしかいない。
身を隠しながら、今後の策についてオレは思慮をめぐらせる。