第20話:新しい力と影
老鍛冶師ガトンに呼び出されたオレは村の広場に戻ってきた。
「ふん、小僧。来るのが遅いわ」
「それが例の長弓か」
「ほれ、リーシャの嬢ちゃん用に調整済みじゃ」
製作を依頼しておいた弓をガトンから手渡され、オレは動作を確認する。自分の設計図通りに滑らかに稼働しており、十分な仕上がりだ。
「さすがはガトンのジイさんだ。人外とも思える大した腕前だな」
「ふん。そんな奇怪な仕組みの弓を考えるオヌシの頭よりはマシじゃ」
あいさつがわりに軽口を叩き合うのも慣れてきた。だが、大した腕前だというのは心からの本音だ。
「ヤマトさま……それが機械長弓ですか……この私の」
「ああ。最終確認をするから少し待て、リーシャさん」
今回オレが山穴族の老鍛冶師ガトンに作ってもらったのは、複合式の長弓であった。
使い手は狩人でもある少女リーシャだ。
設計図はいつものようにオレが汚い図面に描き、頑固なジイさんと一カ月ほど協議しながら作り上げてきた。
(だが、本当にガトンのジイさんの腕は恐ろしいな……)
弓の動作を最終確認しながら内心で感動する。
この機械長弓は普通の弓とは違う。理論としては現世にあった複合弓を参考にしていた。
複合弓は滑車やケーブルを使い、テコの原理や力学など機械的な要素で作られた近代的な弓だ。
ガトンのジイさんが弩を作った時、オレはその歯車や装置の組み合わせからヒントを得ていた。
そのヒントから現世の複合弓を更に進化させて、オレはこの機械長弓の設計図を描いたのだ。
「歯車や滑車は内臓式にしたのか」
「あんな外部に露出したデザインには"鉄の神”は宿らん。ちゃんと中に組み込んでおるぞ」
「確かにそうだな」
オレが一番驚いたのはその洗練されたデザインだった。
機械長弓はパッと見は普通の長弓に見える。だが設計図通りの力学的なシステムを弓の内部に隠し入れていた。
「試し射ちをしてくれ、リーシャさん」
「はい、わかりました」
最終確認が終わった機械長弓をリーシャに手渡し、実際に射たせてみる。
見た目のデザインフォルムがいかに優れていても、威力や使い勝手に問題があれば失敗作だ。
「では、いきます」
リーシャはスッと深呼吸をして弓を引く。
村の広場に設置された金属板の的を、彼女の矢先が狙う。。
いつの間にか集まっていた村人たちは、息をのみ静かに見守っている。広場にいた者の全ての視線が彼女の矢先に集まる。
「はっ!」という彼女独特の掛け声と共に、矢は空気を斬り裂き放たれる。
「おお!」
「これは……」
そして次の瞬間、村人たちから驚きの声があがる。あまりの矢速に見逃した者の多い。
「凄いです……金属の板を貫通しています……」
一番驚ているのはリーシャ本人であった。
彼女のこれまで愛用していた弓では、これほどまでに分厚い金属板を貫通などできなかったからだ。それでいて手応えはいつもの弓と変わらなかった。
「よし、次は連射性能と正確性を測る」
オレは用意しておいた、こぶし大の固い木の実を手に持つ。次はこれが動く的となる。
「いくぞ」
「はい、お願いします! ヤマトさま」
その声が合図となり、オレは空に向かって木の実を次々と放り投げる。投擲間隔はリーシャの普通の弓での"連続射ち”のタイミングで。
例え高威力であったとしても連射性と正確性が落ちているのなら、今回の試作品は失敗である。
だがその心配は杞憂におわる。
「おお! 全部、命中したぞい!」
「これほど素早く、しかもあの破壊力。こんな長弓など見たこともないわ……」
村人たちの歓声があがる。
このテストも大成功に終わったのだ。
オレが連続投擲した全ての木の実を、リーシャは素早く射抜いたのだ。一切の無駄がないキレイなフォームだった。
「ヤマトさま……ガトンさん……これは本当に凄いです……」
感動と衝撃のあまりリーシャは言葉を失っていた。
自分の手と弓を何度も確認している。未だにこのおそろしい結果が信じらないのだ。
「威力は弩よりも少しだけ劣る。だが連射性と正確性、飛距離は圧倒的に機械長弓が上か」
「ふん。そういう注文じゃったろうが、オヌシの設計図では」
「ああ。だが想像していた以上のデキだ」
「ふん、ワシも正直なところ驚いておる」
設計したオレと、製作したガトンも呆気にとられている。
まさかここまでの高性能な機械長弓が出来上がるとは、二人とも思ってはいなかったのだ。
「もちろん弩と同じで、コレは誰にも複製はできぬぞ」
「だろうな」
「ワシですら、二個目は作れんかもしれん」
「それは困る」
老職人ガトンと冗談を言い合いながら、オレの心は落ち着いてくる。
「リーシャさん。今日からその弓を使って慣れるといい」
「はい! 本当にありがとうございます、ヤマトさま……」
「ん? どうした……涙を浮かべて」
「ヤマト様のお役に立てると思うと、つい感動の涙が……」
「無理をせずに。期待している」
「はい! わたし頑張ります!」
女心は相変わらずよく分からない。
だがリーシャは新しく強力な道具を手に入れて、村のために役立てることを喜んでいるようだ。
彼女ほどの凄腕の弓使いと機械長弓が組み合わさったら、まさに鬼に金棒であろう。
オレも頼もしく思う。
「ヤマト兄ちゃん!」
そんな時であった。
オレの名を叫びながら、広場に向かって駆けてる人影がある。
「どうした」
息を切らせて辿り着いたのは、見慣れた村の子どもであった。今日はたしか数人一組で村の周囲を巡回していた一人だ。
「ヤマト兄ちゃん! 大変だ!」
「落ち着いて話せ」
息を切らして興奮してる子供に水を飲ませて、落ち着かせる。どんな時でも冷静さが大事だと、子供たちには教えていたはずだ。
「また、"あの足跡”があったんだ。しかも今回はたくさん!」
「そうか。わかった……」
それは田植え前のこのタイミングで、本当に嫌な知らせであった。
少年が見つけたのは、この村の者ではない侵入者の痕跡だったのだ。