エピソードその2:異世界での一年目。ヤマトの調味料作り
これはヤマトが異世界に転移して、ウルドの村での一年目の話である。
村長の孫娘リーシャはヤマトの住まいを訪れていた。
「ヤマトさま、頼まれていた物を持ってきました」
「ありがとう、リーシャさん。そこに置いてくれ」
ヤマトは最初に借りた村外れの小屋に、今も一人で住んでいる。そこで村長の孫娘であるリーシャが、定期的に物資を届けていた。
「調理中でしたか、ヤマトさま」
ヤマトは調理場の鍋で何やら煮込んでいた。嗅いだことのない匂いに、リーシャは興味を引かれる。
「ああ。塩を使った調味料を仕込んでいた」
岩塩鉱山の霊獣を退治した事により、村では塩が豊富に手に入るようになった。それでヤマトは空いた時間に調味料を作っていたのだ。
「それが調味料……ですか?」
ウルド村にも伝統的な調味料はある。だがリーシャが見たこともない物を、ヤマトは作っていた。
「これは味噌と醤油の仕込み品。そっちは魚醤だ」
「みそ、に、しょうゆ、に……ぎょしょう……ですか?」
初めて聞く単語に、リーシャは首を傾げる。いったいどんな調味料なのであろう。
「材料は村の豆や川魚、それに麹と、そんなに難しくはない」
興味津々なリーシャに対して、ヤマトは説明をする。
麹などはイナホンの実で代用して作り、自分の生まれ故郷の調味料を作っていると。これから一年近く寝かせて、来年には完成する予定だという。
「なるほどです。来年の春には、ヤマトさまの故郷の味が完成するのですね!」
「こっちの魚醤なら、もう完成している。ちょっと待っていてくれ、リーシャさん」
そう言いながらヤマトは、調理場の竈の近くにある小瓶に手を伸ばす。
これは村の湖で獲った魚と岩塩を入れて、前に作っておいた調味料。保温効果の時間短縮の技で作っておいたという。
「ウルドの民族料理も悪くない。だが和食の調味料が、どうしても欲しくてな」
自分の内心を口にしながら、ヤマトは手際よく何かの料理を炒める。どうやら魚醤を使った試作料理を作るのであろう。
「よし、完成だ。こっちはリーシャさんの分だ」
「えっ、私の分も……ありがとうございます、ヤマトさま」
手際よく作った料理を、ヤマトはテーブルに並べる。パッと見は野菜と川魚の炒め物。
だが何とも言えない香ばしい薫りが、リーシャの鼻孔を刺激する。
「では、いただきます。ヤマトさま」
「いただきます、リーシャさん」
ヤマトから教わった食事の挨拶をしてから、リーシャは料理を口に入れる。
「ん……美味しいです!」
料理を口にしたリーシャは、思わず声をあげる。想像もしていなかった新しい味だ。
川魚特有の臭みは無く、むしろ調味料とマッチしていた。
「時間短縮で作った割には、いい出来だな」
一緒に食べているヤマトも、口元に笑みを浮べる。久しぶりの故郷の味に心が緩んでいた。
ヤマトは滅多なことでは笑わない。意外な一面を目にして、リーシャも微笑む。
「味噌と醤油の方は、これよりもまた別の味わいがある」
「これよりも、更に……」
ヤマトの味の説明に、リーシャは思わず唾を飲み込む。未知なる味の想像が、味覚を刺激していた。
「村の他の皆にも、食べさせてあげたいですね……」
感動もあまりリーシャは思わずつぶやく。特に育ち盛りの子どもたちには、食べさせたい味である。
「そうか。リーシャさんが口に合うなら、多めに仕込んでおくか」
「えっ!? はい、ありがとうございます、ヤマトさま!」
故郷の味が他の民の口に合ったことを、ヤマトは喜んでいた。
こうしてヤマトの持ち込んだ和の味は、異世界であるウルドの村にも受け入れられたのであった。




