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エピソードその1:異世界での一年目の冬

これはヤマトが異世界に転移して、ウルドの村での最初の冬の話である。



季節は真冬。北方の山岳地帯にあるウルドの村に、厳しい季節が訪れていた。


雪の積もる冬の間は、野外での農作業や狩りには向かない。村人たちは室内で糸を紡ぎ、工芸品の内職に勤しんでいた。


地道な作業であるが、雪解けの春に向けて大事な仕事。老人と孫たちは伝統的な技術を継承しつつ、地道な作業に取りかかっていた。


「よし、今日は休みだ」


そんな過酷な冬のある日。今日は週に一度の休息日である。オレは村人たちに自由な時間を与え、日々の仕事から解放する。


だが、オレは村の子ども達を広場に集合させる。休息日であるが、いいことがあると誘い。


「お前たちに、面白いプレゼントがある。欲しいヤツは湖畔に集合だ」

「えっ、プレゼント!?」

「うん、もちろん欲しい!」


オレの甘い言葉に、村の子ども達はざわめきだす。

いったい何が起きるのであろうか? そして、何が貰えるのかと興奮する。


もちろん子ども達は全員で、湖畔に向かって駆けだすのであった。



「よく来たな。これがプレゼントだ」


 一面白銀の湖畔で、オレは用意してあったプレゼントを手渡す。季節は真冬だが、今日は眩しいくらいに青い空が広がっていた。


「これは新しい武器かな?」

「鉄の斧じゃない?」


 プレゼントを貰った子ども達は首をかしげ、キョトンとした表情をしていた。見たことがない物をプレゼントされ、どう反応すればいいか困っている。


「遊び方を教えてやる。これはスケートだ」


 オレは自分の靴に、スケートの金具をベルトで固定する。初めて見る子ども達には、このスケート道具が鉄の斧に見えていたのであろう。


「両足に固定したら、こうして湖の上で滑る」


「うわっ! 危ないよ、ヤマト兄ちゃん!?」

「氷で滑って、怪我するよ!?」


子ども達はびっくりして、声をあげる。

何しろ村にある湖は、冬になると完全に凍り付く。

そんな滑る氷上に、不安定な靴で乗ったオレを心配しているのだ。転んで大怪我でもしたら大変だと。


「あれ……? 転ばないね!?」

「すごい! ヤマト兄ちゃんが氷の上を、滑って走っているよ!」

「面白そう! 早いね!」


 だが悲鳴は、すぐに歓声に変わる。スケート靴で華麗に滑るオレの姿に、みんな驚いているのだ。

凍り付いた湖の上を軽く滑り、オレは湖畔まで戻ってくる。


「靴に固定する方法は、さっきの通りだ。できた者から、滑りを教える」


「うん! 僕が一番!」

「おい、オレの方が先だよ!」

「みんな待ってよー」


 子ども達は急いでスケート靴を、履き始める。

先を競うように、天然のリンクに乗ってくる。見よう見まねで、無理に滑ろうとする。

「うわー、転ぶよー」

「いてー、お尻が痛いよー」


 案の定、向こう見ずな子ども達は、盛大に転んでいる。

オレが教えた受け身をとっているので、怪我はない。だが痛々しい光景である。


「無理に歩こうとするな。重心を移動するだけで、滑れる」


 無茶をして転んでいる子ども達に、オレは手本を見せて教える。

痛い目を見た彼らは、真剣にオレの滑りを観察していた。狩りと同じで痛みを回避するために、本能で覚えようとしているのだ。


「よし、分かった! こうか!」

「うん……おー、見て! 滑れたよ!」

「見て見て、僕もできたよー」


 それから少し練習して子ども達は、次々と滑りを成功させていく。

技術的には未熟だが、明らかに先ほどとは違う。まさに氷湖の天然リンクで、スケートを楽しんでいる光景だった。


「凄いですね、ヤマトさま。子ども達は、あっとう間に……」


 その光景を見ていた、村長の孫娘リーシャは驚いている。転んでばかりいた子ども達の、急すぎる上達に感動しているのだ。


「ウルドの民は身体能力が高い。教えれば、何でもできるだろう」


 ウルド村の子ども達は日本人より、遥かに運動神経がいい。

森での狩りや隠密術を教えていた、オレは実感していた。初体験であるスケートも、それで難なく覚えているのであろう。


 ちなみにスケートの道具は、老鍛冶師ガトンの孫たちに作ってもらった。幼い孫たちの鍛冶練習ということで、ガトンも喜んで協力してくれた。

ちなみに彼ら山穴族は、水の上が苦手でこのスケートは欠席している。


「で、でも、私は、これはちょっと苦手です……」


 村長の孫娘リーシャもスケート靴を履いて、オレの隣の氷の上に立っていた。

だがその足元は、おぼつかなくグラグラしている。見ているだけで心配になる立ち方だ。


「リーシャさんにも、苦手なものがあったのか。意外だな」


 優れた狩人である少女リーシャは、村の中でも特に運動神経に秀でていた。

そんな彼女であるが、どうやらスケートは苦手であるらしい。意外な弱点であり、可愛らしい一面でもある。


「ヤ、ヤマトさま……笑ってないで、た、助けてください……ひっ」


 焦ったリーシャは盛大に、後ろに転びそうになる。

あまりにも危なかったので、オレは背後に素早く回り込み助ける。身体能力が向上してオレにとっては、なんてことはない。


「ヤマトさま!? ありがとうございます。で、でも、少し恥ずかしいです……嬉しいですが……」


 ちょうどリーシャの全身を、オレが背中から抱きかかえて格好だ。

お互いの顔が触れるほど急接近していた。リーシャは顔を真っ赤にして照れている。


「あっ、ヤマト兄ちゃんと、リーシャ姉ちゃんが抱っこしている!」

「僕、知ってるよ。パパとママも、あーやって、抱っこしていたよ!」


 スケートを滑りながら、子ども達はからかってくる。

オレとリーシャが氷上で抱擁しているように、彼らには見えるのであろう。子どもは時には、残酷でストレートに冷やかしてくるものだ。


「ちょ、ちょっと! 待ちなさい! みんな待ちなさい!」


「うわー、リーシャ姉ちゃんが、怒ったぞ!?」

「みんな逃げろー!」

「捕まったら、怒られちゃうよー」


 からかわられた少女リーシャは、むくりと立ち上がる。そして冷やかした子ども達を、全力疾走で追っていく。


もちろん足にスケート靴を履いたままで、見事なスケーティングである。

やっと立っていた彼女が、今はスケート選手のように滑っていた。


(もしや怒りによって、脳内アドレナリンが放出されたのか? それともウルドの民の……リーシャの潜在的な力が、開放されたのか?)


 その不可思議な現象に、オレは様々な仮説を立てる。もしかしたら人類の進化の鍵になるかもしれない。


だが、すぐに仮説を立てるのを諦める。なぜなら子ども達を追いかけるリーシャが、高難易度のスケートターンを華麗に決めたのだから。


(そういえば、ここは異世界だったな……)


ここでは地球の生物学や理論など、何の役にも立たない。考えるのを諦めて、氷上を眺めることにする。


「やーい、こっちだよー、リーシャ姉ちゃん」

「鬼さん、こっちだよー」


「ちょっと、みんな待ちなさい!」


 真冬のウルド盆地に、にぎやかな声が響きわたる。


(悪くないな。こんな日も……)


見ているだけで、心が温かくなる光景だ。氷上の誰もが笑顔であった。今日の広がる青空のように、見ているだけで眩しい笑顔。


 村の生活は改善されてきたが、決して楽ではない。辛い仕事と節約の日々である。


だが、それでも笑顔を絶やさない村人たちに、オレは助けられていたのかもしれない。そう考えると、本当に感慨深い。


「やーい、何だったら、ヤマト兄ちゃんも、追いかけてきていいよー」

「でも、僕たちには、もう追いつけないかもねー」

「スケートなんて、楽勝だよね!」


 リーシャと氷上鬼ごっこをしている子ども達は、オレまで挑発してきた。悔しかったら捕まえてみろと。


「ほう、そうか」


 こう見えて、オレは負けず嫌いである。そして手加減を知らない。

鬼ごっこをするなら、全力で追いかける。身体能力が向上した、この身体の全能力を開放して。


「よし……いくぞ」


 こうして氷上鬼ごっこは、あっとう間に終わった。

すべての子ども達を、オレが一人で捕まえてしまったのだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございました。 平和な日常の1コマいいですねー♪ 子供らもリーシャさんも 素晴らしい運動神経で羨ましい。 若い頃以来スケートなどしてませんが せっせと手すり磨いてました。 へっ…
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