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妖刀の見えし者 ~オレの恩返し はじまりの日~ 後編


 横穴の洞窟を進んでいたオレは、突き当りへとたどり着いた。


「ここが執着地点か」


 たどり着いた先は洞窟の行き止まりであった。

 

 ここまでの狭い通路とは違い、急に天井が高くなり十畳ほどの広い空間。

 どこからともなく地下水の流れる音が聞こえ、静寂でありながらも不思議な空間を成している。


「これが神台か」


 広間の一番奥には人の手が加えられた台座があった。

 宮司の話ではここに供物が捧げられていた場所。


 今は何もなく削られて石台だけが置かれているだけである。

 自分の親戚たちが妖刀の霊が見えたのは、この石台の周囲だと言っていた。


「やはり妖刀など無いか」


 洞窟内を懐中電灯で照らしながら一通り確認するが、噂に聞いていた妖刀らしき影は無い。


「オレらしくなかったな」


 自分は怪奇心霊現象をまったく信じない現実主義である。

 それなにも関わらず親戚か聞いた妖刀の霊の噂が気になり、ここまで足を運んできた。

 

 上手く言葉では説明できないが、噂を聞いた時に〝何か”を感じた。

 だがその勘も外れたのであろう。


「宿に戻るとするか」


 自分の本来の目的は、盆を挟んだ夏休みと使った山巡りである。

 この霊穴の上にそびえる名山をスタート地点にして、いつくもの山々で夜を過ごしながら自然を満喫するつもりだった。

 

 ぞくに言うサバイバルキャンプであり、今宵の宿泊地に戻り準備を行うとする。


「さて……ん」


 その時であった。

 出口通路へと向かおうとしたオレは、“何か”を察知する。


(何だ、このまがまが々しい気配は……)


 背筋にゾクリと嫌な気配を感じたオレは、全身に警戒信号を発する。

 五感をフルに活性化させて、懐中電灯に照らされてだけの薄暗い洞窟内を警戒する。


(熊か……人か……いや、違うな……)


 現実的にこんな山奥にある危険といけば、人か野生の獣しかない。

 だがこの禍々しい気配はそのどちらでもなかった。


(これは……なんだ……)


 自称冒険家である両親に育てられたオレは、幼い頃から世界中の大自然の中を連れまわされていた。

 常識外れな秘境巡りなどもあったが、そのお陰もありオレには普通のよりも少しだけ多くの経験がある。

 比較するにこの危険な気配を発する者は、狂人でもなければ肉食獣でもなかった。


 五感を集中して見えない〝何か”を探る。


 そして何かの位置に気がつく。


「お前か。この気配……殺気の正体は」


 オレは視線の先の〝影”に問いかける。

 そこは洞窟の出口へ続く通路の出入り口であった。


(これが噂の妖刀か……)

 

 誰もいなかったはずのその場所に、いつの間にか日本刀があった。

 見事な刃紋の刀であるが、妖しい光を放つ妖刀が空中に浮いている。


 そしてオレの声に反応するように、怪しい光は次第に大きくなり人影を形成していく。

 

(男……いや武士か……コレは……)


 突如と現れた人影を冷静に分析する。

 信じられない現象であったが、実際に目の前で起こっていることは事実。


 現れたのは一人の武士であった。

 妖刀と甲冑で武装した武士に、オレは洞窟内に閉じ込められたのだ。



 十畳ほどの洞窟内で、オレは武装したあやかしなるモノと対峙していた。


「何者だ。そこをどいてもらおう」


 無駄な争いを好まないオレは、そのモノに向かって言葉を発する。

 

 そのまがまが々しい気配から、人ではない可能性がある存在。

 現代日本語が通じる可能性は低いが、こちらは積極的に争う意志がないことを伝える。


『…………』


 だが甲冑の武士は無言でじっと見つめてくるだけだ。

 

 暗闇内で頭を兜に被われているために、表情までは読めない。

 目鼻めはな立ちから日本人であることは推測できる。

 全身を覆う鎧は和鎧をベースにしているが、中世風な要素も混じっていた。


(日本人……の青年か……)


 歳は自分より少しだけ年上であろうか。

 和洋折衷な装備と相まってオリエンタルな青年にも見える。


 だが兜の下で怪しく光る眼光は、この武士が人間でないことを証明してもいた。


「こちらに争う意志はない。帰らせてもらう」


 オレは無駄な争いは好まない。

 そして洞窟から出るためには、この武士のすぐ脇を通り細い通路を歩いてゆくしかない。

 

 オレは自分が非武装であることを表し、ゆっくりとこの空間から立ち去ろうとする。

 霊的な相手かもしれないが、その眠りを邪魔することなく。


 そしてオレが一歩足を踏み出した、次の瞬間であった。


「くっ!?」


 殺気と同時に嫌な気配を感じたオレは、とっさにバックステップで退避する。

 同時に目の前に赤い一筋の閃光が走り襲いかかってきた。


 避けきれず斬られた自分の前髪が地に落ちてゆく。


「剣術か……それも実戦的な」


 襲いかかってきたのは鋭い妖刀の刃先であった。

 武士の腰に下げてあった妖刀がいつの間にか抜刀され、オレの急所を斬り裂こうとしていたのだ。


 道場の現代剣道とは全く違う、一切の予備動作のない恐ろしい殺人剣術。

 この相手は本気でオレの命を奪いにかかっているのだ。


「オレを逃がさないつもりか。なら、こちらも手加減はしないぞ」


 妖刀の射程圏外に距離をとる。

 そして言い放つと同時に、足元に転がっていた石をノーモーションで投擲とうてきした。

 一切の手加減なく投げられたこぶし大の石は、120キロを超える速度で武士の顔面に炸裂する。


 この薄暗く狭い室内で絶対に防げない奇襲攻撃であった。


『…………』


 だがオレの投石攻撃は武士の左腕によって防がれていた。

 信じられないほどの反射神経で反応し、腕の鉄甲部分でガードしていたのだ。


(このオレの投石を防いだか……)


 短期間ではあるが、野球部に在籍していたオレの球速は100キロを超える。

 全力の投石ともなれば、ちょっとしたブロック塀すらも粉砕する。

 

 それを武士は何事もなかったかのように、腕一本で完全にガードしていた。

 恐らくは数多くの死地をくぐり抜けてきた賜物であろう。


(だが実体はあるということか……しかもダメージも与えられる……)


 それらの一連の反応からオレは推測した。


 物理攻撃がこの武士に通じることを。

 顔面への投石攻撃を反射的に防いだ行動から、肉体へのダメージが有効であると確認できた。


 解明不明で怪しげな存在であるが、この武士には実体はあるのだ。


「ならば……」

 

 一連の考察を終え自分の作戦が決まる。

 深く深呼吸をしたオレは全身の力を抜く。

 

 今の自分には一切の武装はなく、頼れるのはこの肉体のみで。

 完全武装である武士を相手に、オレは持てる全ての技を駆使する。


「ゆくぞ……」


 意を決したオレは、ゆっくりと歩み出す。

 怪しく光る妖刀を構えている武士に対して、真っ正面から向かっていく。

 周りから見たら自殺行為にも見える愚行であろう。


『………………』


 だが武士は動けずにいた。

 先ほどまでは全く違う気配を放つオレに対して、うかつに斬り込めずにいたのだ。

 

 歴戦の猛者である武者の青年が、得体のしれない覇気を放つ現代人に躊躇ちゅうちょしている


 だが……その沈黙も長くは続かない。

 この狭い空間に置いて勝ち残れる強者は一人で十分。

 

 戦場とも思えるピーンとした空気が場を支配する。


くすのき 山人やまと……だ」

『……くすのき……兵右衛門ひょうえもん……いざ、尋常に参る……』


 オレの名乗りに対して初めて相手は反応した。

 先ほどまで怪しげであった兜の下の光が、意志をもつ強い輝きに変わる。


 不可思議な力によって縛られていた武士の魂が、オレの言葉に反応して刹那せつなに解放された。

 そして同時に一気に妖刀が放たれる。


 先ほどよりも更に見えない剣速で、武者の刀がオレの襲いかかってきた。

 その動きを見ただけでこの相手が、血のにじむ様な厳しい鍛錬を積み、死地をくぐり抜けてき事が垣間見える。


 現代日本で育ってきた生温い者では、決してかわせない必殺の剣。


「だが……この技は知るまい!」


 だが自分もやすやすと死ぬわけにいかない。

 全身全霊で剣を繰り出してきた相手に、全力を尽くして答える。

  

 気合の声と共にオレは動き出す。

 命を刈ろうし目の前に迫っていた刀の刃先を、半身になり寸前でかわす。

 

 一歩間違えば即死の可能性もある刹那のタイミング。

 だが一か八かの賭けに打って出た。

 上段から振り降ろされた相手の刀、そして腕の関節をオレは極めて背負う。


「合気と柔術、そして現代力学を組み合わせた護身術だ……悪く思うな」


 一気に甲冑ごと頭から岩肌に叩きつけた。

地面に拘束し無力化した武者に向かってオレはつぶやく。

 手応え的にも完璧なタイミングで決まった実戦的な投げ技。

 

 これは自称冒険家であった両親から、幼いことから叩き込まれてきた技の一つであった。

 相手の力を利用する投げ技であり、実体がある人型であれば友好的である。


 戦国時代にも〝甲冑組み打ち”と呼ばれる無手の技があった。

 だが現代力学と柔術を組み合わせたこの投げ技は、武士にとっては魔法のようにも思える技であろう。


 相手の知らぬカウンター技を繰り出した、自分のギリギリの逆転勝利であった。 


「悪いな」


 投げ打ち動かなくなった武士の手元から、怪しく光る日本刀をはぎ取る。

 初見では妖刀にも見えた刀であったが、見事なまでの業物であった。


 他にも小刀などの武装があるかもしれない。

 だが地面に拘束したこの状態では使えないであろう。

 全身鎧は防御力は高いが、こうして組み伏せた場合はその重さで逆に自分が苦しむのだ。


『見事なり……山人やまと殿……』


 くすのき兵右衛門ひょうえもんと先ほど名乗った武者は、消えかかる声でオレを称えてきた。

 その消えそうな声と同じく、兵右衛門ひょうえもんの手足は小さなちりへとなり徐々に空気中に消えていく。


 まるで負けたことにより天に消えていくかのようである。 


「お前は何者だ」


 恐らくはこの武者の青年は、もうすぐこの世から消え去ってしまうであろう。

 妖刀の伝説を残した者の最後の瞬間。

 消えるその前に、オレは兵右衛門ひょうえもんの言葉を聞かなければいけないと感じていた。


『拙者は天文の暦に生をうけた陸奥の国の楠家の三男……』


 そこから兵右衛門ひょうえもんは静かに語り出す。


 自分が戦国と呼ばれる時代に、東北地方に生まれた武士であることを。

 主のために戦いに明け暮れていたこと。

 だがある日、眩しい光に包まれたと同時に、見知らぬ異国に立っていた。


救世主メシア ヒョウエモン様”


 自分はそこでは類まれな武力を授かり、その地に住む弱き民の為に尽力をつくしてきたと。

 今装備している和風な鎧や妖刀も、山穴族と呼ばれるその地の鍛冶師に作らせたのだと。


 だが寿命を迎える前に、人外なる獣の群れから民を守るために討ち死にしたと語る。


『異国にて散った拙者の魂は、先方では成仏できなかったのだ……』


 死した兵右衛門ひょうえもんの魂は、故郷のこの霊穴で漂っていた。

 ここをたまに訪れる者の中で更に血縁が近い者だけが、辛うじて自分の声が届いていたという。


 その言葉からどうやらオレの血筋が関係していることが伺える。


「そしてオレが来た……という訳か」

『そうでござる……山人殿……』


 兵右衛門ひょうえもんは生まれ故郷である日本の地で、強者と戦って散ることによる成仏を望んでいた。


 今オレが打ち倒したことで願いは叶い、こうして塵となって成仏しているのだと。

 長きにわたる魂の束縛が解かれようとする。


「安心して成仏しろ」

『感謝でござる……我が子孫たる者よ……』

「ああ……安らかに眠れ……我が先祖たる武士もののふよ」


 言葉を交わして……兵右衛門ひょうえもんは完全に塵となり消えていった。

 

 どこからともなく優しい風が吹き、そのちりは洞窟から外へと運ばれてゆく。

 悠遠の時を超えて、武者がようやく故郷である地へ帰ってくることができた瞬間なのであろう。


 先ほどまでの激戦が、まるで幻であったかのような静寂が訪れる。


「不思議な現象だったな……」


 すべてが終わりオレは霊穴から外へ出る。

 鳴き止んでいた蝉が、再びうるさいほどに鳴り響いていた。


「やれやれ……だったな」


 オレは心霊怪奇現象など信じないタイプである。

 全ての現象には原因が必ずあり、解明できないことはないと信じていた。


「戦国と……異国とやらの地で全力で生き抜いてきた兵右衛門ひょうえもん。その魂が引き起こした現象……ということにしておこう」


 今回のことは現代科学では解明できない現象。 

 だがオレの心の中ではそう解明できていた。

 きっと誰も信じてくれない現象なのであろう。


(だがオレは兵右衛門ひょうえもん……お前の熱い魂のことは決して忘れない……)


 不思議な時間は終わり、オレはいつもの現代日本の時間の世界へと戻ってゆく。


 今日から盆を挟んだ夏休みが数日まだ残っていた。

 完全装備は終えており、明日から自分の唯一の趣味である登山サバイバルを満喫する。



 それから数日後、登山をしていたオレは眩しい光に包まれた。


(ここはどこだ……?)


 ふと気がつくと見知らぬ森の中にオレは立っていた。

 つい先ほどまで地元で登山をしていた途中だった。幼いころから慣れ親しみ幾度となく登っていた名山。

  

 それが見知らぬ植物や木々に囲まれて森の中に迷い込んでいた。


「つまりここは異世界か……」


 見上げれば二つの月が空に浮かぶ地球とは違い世界。

 オレは異世界と呼ばれる別世界に来てしまったのだ。


 そしてこの時のオレは気が付いていながった。

 自分の先祖であるくすのき兵右衛門ひょうえもんが過去に転移していた大陸、そこと同じ場所であることに。


「さて……では行くとするか」


 オレことヤマトは異世界で生きてゆくことを決意する。


 何の因果か分からない。

 だが選ばれた運命はこうして巡るのであった。





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