【外伝】妖刀の見えし者 ~オレの恩返し はじまりの日~前編
こちらはヤマトが異世界に転移する前の数日の話です。
(つまり第1話の直前の話)
短編として別枠で載せていた
【妖刀の見えし者 ~オレの恩返し はじまりの日~】
を、こちらに移動したものになります。
梅雨が明け、夏の暑さも厳しくなってきた頃の話である。
「“妖刀”だと?」
「ああ……あの神社の奥にある霊穴……そこで妖刀の霊が出るらしい」
法事があった時に集まった親戚から、そんな噂を耳にした。
地元の山の麓にある神社の怪談話。
何でも江戸時代よりも昔に作られた日本刀が、怨念を残し幽霊として出るという内容だった。
夏の盆の時期だけに妖しい刀が姿を現す……何百年かに渡り本家に伝わる怪談話。
自分の親戚や従兄弟たちの中にも何人か、これまでに体験したことがあると口にしていた。
「面白い」
社会人であるオレは、来週から盆休みを加えた夏休みがある。
登山でその神社がある山も回る予定があった。
「立ち寄ってみるか」
自分は怪奇現象や幽霊は信じない性格である。
だが何となく気になってしまう“妖刀”の噂を、実際にこの目で確かめに行くことにした。
◇
それから数日後、北国にも短く暑い盆の季節がやってくる。
会社の夏休みとなったオレは、計画通りに例の妖刀が出る神社にやってきた。
「霊穴はこの階段をのぼって、山中の奥にあります。お気をつけて、お客さん」
「ああ、分かった」
神社の宮司の説明を聞いて、オレは林の中の階段をのぼっていく。
蝉の鳴き声がうるさく響き、短い北国の夏を奏でていた。
盆の時期ということもあり参拝の姿はなく、コケの生える石造りの階段を一人でのぼっていく。
そんな林に挟まれた長い階段をのぼり切ると、視界が少しだけ横に開ける。
「供養地蔵か。数が多いな」
そこには数百体を超える地蔵が整然と並んでいた。
先ほどの宮司の話では、これは古くから奉納された地蔵で戦や疫病などによって失われた命を供養している。
これほど多くありながも同じ顔かたちは一つもなく、作り奉納した者たちの想いが籠っていた。
「懐かしいな。これで泣いた子供がいたな」
過去に家族でこの神社を訪れた時のことを思い出す。
不気味な雰囲気の地蔵群を見て、怖くなり泣きだしていた従兄弟のことを。
超常現象をまったく信じないオレは、何が怖いかと当時は疑問に思っていたものだ。
だが日本では古来から八百万の神を信仰してきた。
山や自然に対して恐怖をいだきつつも、感謝と畏敬の念を捧げる。
それを考えると幼い従兄弟は、当時なにか独特の空気を感じ取ったのかもしれない。
懐かしみながら、そんなことを考えて足を進める。
「さて、ここか」
考えごとをしている間に。目的の場所へたどり着く。
「霊穴か。例の妖刀の霊の噂がある」
着いたのは山の中腹にある小さな洞窟だった。
大人がひとりが通れる横穴が、薄暗いまま奥まで続いている。
観光用に整備はされていないが、昔から参拝者が訪れる霊的場所だと聞いていた。
「妖刀話など迷信だと思うが、入ってみるか」
持ってきた懐中電灯で奥を照らし洞窟の中に入ることにする。
中や周囲には他に人の気配は全くない。
不思議なことに蝉の鳴き声もピタリと止み、不気味なほどの静寂な空間になっていた。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
オレは心霊現象はまったく信じない。
だが言葉にできない〝何か”を感じながら、意を決して洞窟へと進んでいく。
◇
横穴の洞窟を進んでいたオレは、突き当りへとたどり着いた。
「ここが執着地点か」
たどり着いた先は洞窟の行き止まりであった。
ここまでの狭い通路とは違い、急に天井が高くなり十畳ほどの広い空間。
どこからともなく地下水の流れる音が聞こえ、静寂でありながらも不思議な空間を成している。
「これが神台か」
広間の一番奥には人の手が加えられた台座があった。
宮司の話ではここに供物が捧げられていた場所。
今は何もなく削られて石台だけが置かれているだけである。
自分の親戚たちが妖刀の霊が見えたのは、この石台の周囲だと言っていた。
「やはり妖刀など無いか」
洞窟内を懐中電灯で照らしながら一通り確認するが、噂に聞いていた妖刀らしき影は無い。
「オレらしくなかったな」
自分は怪奇心霊現象をまったく信じない現実主義である。
それなにも関わらず親戚か聞いた妖刀の霊の噂が気になり、ここまで足を運んできた。
上手く言葉では説明できないが、噂を聞いた時に〝何か”を感じた。
だがその勘も外れたのであろう。
「宿に戻るとするか」
自分の本来の目的は、盆を挟んだ夏休みと使った山巡りである。
この霊穴の上にそびえる名山をスタート地点にして、いつくもの山々で夜を過ごしながら自然を満喫するつもりだった。
ぞくに言うサバイバルキャンプであり、今宵の宿泊地に戻り準備を行うとする。
「さて……ん」
その時であった。
出口通路へと向かおうとしたオレは、“何か”を察知する。
(何だ、この禍々しい気配は……)
背筋にゾクリと嫌な気配を感じたオレは、全身に警戒信号を発する。
五感をフルに活性化させて、懐中電灯に照らされてだけの薄暗い洞窟内を警戒する。
(熊か……人か……いや、違うな……)
現実的にこんな山奥にある危険といけば、人か野生の獣しかない。
だがこの禍々しい気配はそのどちらでもなかった。
(これは……なんだ……)
自称冒険家である両親に育てられたオレは、幼い頃から世界中の大自然の中を連れまわされていた。
常識外れな秘境巡りなどもあったが、そのお陰もありオレには普通のよりも少しだけ多くの経験がある。
比較するにこの危険な気配を発する者は、狂人でもなければ肉食獣でもなかった。
五感を集中して見えない〝何か”を探る。
そして何かの位置に気がつく。
「お前か。この気配……殺気の正体は」
オレは視線の先の〝影”に問いかける。
そこは洞窟の出口へ続く通路の出入り口であった。
(これが噂の妖刀か……)
誰もいなかったはずのその場所に、いつの間にか日本刀があった。
見事な刃紋の刀であるが、妖しい光を放つ妖刀が空中に浮いている。
そしてオレの声に反応するように、怪しい光は次第に大きくなり人影を形成していく。
(男……いや武士か……コレは……)
突如と現れた人影を冷静に分析する。
信じられない現象であったが、実際に目の前で起こっていることは事実。
現れたのは一人の武士であった。
妖刀と甲冑で武装した武士に、オレは洞窟内に閉じ込められたのだ。