最終話:帰還
マリアを救出してから数日が経つ。
ウルド荷馬車隊が水都を離れる朝がやってきた。
「ヤマトさま、荷の積み込みが終わりました」
「こっちも完了だぜ、兄ちゃん!」
出発の準備を終えたリーシャたちから報告がある。
水都で仕入れた品物の積み込みも完了していた。
いよいよ出発の時間である。
「かなり満載になったな、リーシャさん」
「はい、ヤマトさま。水都にはめったに来られないので」
荷台は南蛮族の特産品で満載だった。
珍しい香辛料や果実の種など。
これらの品はウルドの村での生活に役立てる。
「さて。世話になったな、ゴウカク」
「なに、礼を言うのは、我らの方だ……ヤマトよ」
南蛮王ゴウカクが自ら見送りにきていた。それ以外にも戦士団の男たちが勢ぞろいしている。
「新しい荷馬車まで用意してもらい、悪いなゴウカク」
「南蛮族式で悪路に強い。帰りも大丈夫だろう」
ゴウカクから新しい荷馬車を一台プレゼンされていた。
オレが爆雷と共に、ウルド荷馬車を吹き飛ばしていたからだ。
形は違うが樹海の悪路でも大丈夫そうである。
「ロキたちも気を付けて戻れ」
「ああ、お互いにな」
ロキたち帝国軍も水都を離れる。
南蛮族の案内で帝都まで、最短ルートで帰還するという。
「次に何か起きた時は、私とバレスにも声をかけろ、ヤマト」
「ロキ、勝手にオレさままで巻き込むな……だが、その通りだな。オレさまに任せておけ!」
大陸の各地には、まだ霊獣の危険が潜んでいた。
特に各海の水生の霊獣は、手つかずの状態である。
南海交易が落ち着いたら、皆で討伐する必要があった。
「ああ。そうする。頭数に数えておく」
霊獣討伐において、ロキたちほど頼もしい存在はいない。
その時にはまた世話になるであろう。
「さて、他の皆も別れの挨拶はすんだようだな」
リーンハルトやシルドリアたちも、ここで別れる者と挨拶が済んでいた。
今回は水都に滞在した数日間で、時間的にも余裕があった。その時に交流を深めていたのであろう。
「さて、いくぞ」
いよいよ出発の時間となる。荷馬車隊はゆっくりと動き出す。
「では、さらばだ、勇敢な戦士たちよ!」
南蛮族の男たちが剣を掲げて見送ってくる。
最初、彼らとは剣を交えることなった。
だが今では苦難を共に乗り越えて、戦友に近い関係となっていた。
そんな男たちの笑顔に見送られながら、故郷に向けて出発する。
◇
その後はレイランの案内で、荷馬車隊は樹海の中を進んでいく。
道中でタクスの村に立ち寄り、村人たちに別れを告げていく。
子どもたち同士は名残惜しそうにしていた。
だが、機会があればまた南方樹海を訪れることもある。
再会を誓い合い、荷馬車隊は再び樹海の出口を目指す。
そして水都を出発してから数日後。
オレたちは南方樹海の出口に到着したのである。
◇
「ヤマト、私の案内はここまでだ」
「ああ。いろいろと世話になったな」
案内人であるレイランとも、ここでお別れとなる。
今回の旅で彼女には特に世話になっていた。
タクスの村での寝床と宴。
水都までの最短ルートでの道案内と、南蛮王ゴウカクとの面会の段取り。
未知なる樹海の中で、本当に頼もしい存在であった。
「いや、世話になったのはこちらの方だ。ヤマトと皆のお蔭で、南蛮族は滅亡から救われたのだからな」
彼女とは最初は敵同士であった。
だが霊獣の大鰐の迎撃戦から、行動を共にする。
水都での謁見と、地下の祠の調査。
帝国軍の侵攻と、ロキたちとの一騎打ち。
そして水龍王の強襲と、海岸での討伐戦。
本当に目まぐるしく旅であった。
「あれからレイランの体調も、悪くないない。良かったな」
シャランの魂が抜けた次の日から、レイランは普通の状態に戻っていた。
開祖の夢を見ることもなくなる。
むしろ肉体的には以前よりも軽くなっていたという。
「私は開祖の……シャランの記憶を忘れずに、これから共に生きていく」
憑依されていた数日間のことを、レイランは全て覚えていた。
水龍王を討伐したこと。
そして開祖の過去の出来ごと。
そして南海諸島でのセザールとの再会の記憶を。
彼女は全てを知り受け止めていた。
「そうだな。あの楽園のことは頼んだぞ」
セザールとシャランの島の管理は、南蛮族がしていくことになった。
管理といっても水都にある転移装置の警護である。
あの二人の愛を邪魔しないように、静かに見守ることになった。
「さて、レイラン。お前はどうるすのだ?」
森の出口である外界との境界線。そ
の手前で立ち止まって彼女に尋ねる。
見送る役割と言い出しながらも、レイランは迷っていた。
このまま一方踏み出して、下界の世界へと旅立つのか?
それとも引き返して、元の生活に戻るのか?
ちなみに父親であるゴウカクから、オレが委託されていた。
何かあったら娘レイランのことは頼んだぞと。
「私は……ばんぶつるてん……だ、ヤマト」
「万物流転だと?」
「ああ。まだ、樹海でやり残したことがある。父上を助けて、民たちを守ってやる責務がある」
レイランはあの日の夜に、オレが教えた言葉を口にする。
彼女は既に覚悟を決めていたのだ。
「私は前を向いて変わろうと思うのだ。変わりゆく部族を支えていく」
迷いのない真っ直ぐな瞳で見つめてくる。
その言葉は自分で見つけた答えであり、彼女の選んだ道であった。
「そうか。何か問題があったら、いつでも連絡しろ。すぐに飛んでくる」
オレは彼女の決断を予想していた。
そして魔道具の一つをレイランに渡しておく。
これがあればいつでも通信が可能である。
「落ち着いたら、いつでもウルドの村に遊びにこい。皆で待っている」
「ああ……そうだな……必ず、遊びにいく。ヤマトに会いにな……」
最後の言葉だけ、レイランは言葉を詰まらせていた。
そして真剣な瞳でオレを見つめてきた。
「そうか。その顔なら、大丈夫だな」
最初に会った時に比べてレイランは、大きく成長していた。そして少しだけ女らしく。
彼女もオレたちとの旅で、心境の変化があったのかもしれない。
だがこの樹海では戦いの連続であった。
レイランが女らしさを磨く経験などなかった気がするが?
「相変わらず……ヤマトさまは恋愛に鈍感ですね」
「そうじゃのう、イシス。まあ、そこが面白いところなのだな」
そんな不思議がるにオレに対して、イシスとシルドリアが何か言っている。
まるでレイランの変化の原因。それがオレにあるようかの言いようであった。
「レイランさん、ウルドの村でお待ちしています」
「その時は、タクスの皆も連れてきてよね、レイランお姉ちゃん!」
「今度はボクたちがウルドで歓迎するから!」
リーシャと子どもたちは、最後のレイランと別れを惜しんでいた。
再会を誓い合っている。
「レイランちゃん、たくさんのお土産ありがとうっす!」
「ふん。南蛮の酒もな」
荷台に満載された南蛮の品に、ラックとガトンも満面の笑みである。
帰りも長旅になるので、彼らの胃袋に消えてしまうであろう。
「そろそろ、いくぞ」
全員がレイランとの最後の別れは済んだ。
リーンハルトのことを忘れているような気がするが、あの男なら大丈夫であろう。ちゃんと愛馬で付いてきている。
「さて、出発するぞ!」
いよいよ再出発の時間となる。
荷馬車隊はゆっくりと動き出す。
「また会おう、レイラン」
「ああ、またな。ヤマト……必ず会いにいく」
「ああ。楽しみにしている」
こうしてオレたちはレイランと……南方樹海と別れを告げて帰路につくのであった。
◇
レイランと別れてから、荷馬車隊は北に進んでいく。
途中でウナンの街に立ち寄り、荷馬車の整備と補給をしていく。
そこで再会した商店の店主は驚いていた。
樹海から帰還するとは思っていなかったのであろう。
「そうか。だがこのウナンの街は、その南蛮族の恩恵を受けるだろう。近いうちにな」
「南蛮族から……恩恵を……だと?」
首を傾げる店主に、そう言い残し別れを告げる。
これから南蛮族は外に開かれていく。
帝国やオルンとの交易。さらにはガネシャ家によって、南方樹海の品物は大陸中に広がっていくであろう。
その時ウナンの街は、南方樹海への玄関口として発展していくであろう。
その時はまたウナンを訪れたと思う。
ウナンを出たあとは、真っすぐ聖都に向かう。
マリアとラックを届けるためである。
「そういえばヤマトのダンナ。なんでマリアちゃんが転移に巻き込まれたっすかね?」
道中でラックに尋ねられた。
そういえばセザールの転移装置は、正式なパスワードを口にしない限り作動しない。
だが聖都近郊の遺跡で、マリアはいきなり強制転移に巻き込まれたのである。
「そういえば、ヤマトさま。遺跡で転移される瞬間に、声が聞こえました……悲しい男性の声を……」
「そうか。もしかしたらセザールの声が届いて、マリアが奇跡を起こしたのかもな」
当てずっぽうなオレの答えだが、もしかしたら当たっているかもしれない。
マリアは大陸でも唯一、天神ロマヌスの声を聞ける聖女である。
古代から待ち続けていたセザールの魂の声が、彼女に届いたのかもしれない。
オレたちに救って欲しいという願いが。
「それにしても南海諸島の時から、ヤマトは随分と愛の情緒を口にするのう?」
「そうか、シルドリア? オレは四大悲劇が好きで、大学でも勉強をしていた。だから男女が身分の差を越えていく、そんな恋愛話に詳しいのだ」
「ヤ、ヤマトが恋愛に関して、詳しいじゃと……!?」
「わ、私も初耳です⁉ シルドリアさま……」
なぜかシルドリアとリーシャは言葉を失っていた。
いや彼女たちだけではない。マリアとイシスも同様である。
話は他の荷馬車にも伝わりガトンやラック、そして子どもたちも絶句していた。
一体何が起きたのであろうか? だがあまり気にしないことにする。
何しろこの世界は不思議なことばかり……そう、シャランとセザールの奇跡の再会のように。
「さて、驚いてばかりいないで、手を動かせ。急いで戻るぞ」
◇
それから荷馬車に揺られること十数日。
予定通り聖都に到着する。
出迎えの教皇とマネンに、マリアとラックを引き渡す。
彼女たちが南方樹海で体験したことは、今後も何かの役に立つであろう。
その後は街道に東に進み、貿易都市オルンに到着する。
そこでいつものようにイシスとリーンハルトを降ろす。
これから彼女たちは南蛮族との交易で、更に忙しくなっていくであろう。
最後はオルンから進路を北に向ける。
いよいよ懐かしのウルド村への帰還であった。
◇
「ヤマトさま、村が見えてきました!」
峠を越えた先に、懐かしの光景が見えてきた。
「ああ、懐かしいな、リーシャさん」
村を出発したのは、稲刈り直後の秋である。
村では早くも冬の作業をしていた。
「南海の温暖な気候も悪くない。だがウルドの空気が一番だな」
変わらない村の風の匂いに、オレは安心感を覚える。
故郷へ戻ってきた安堵感であった。
村に戻ったら、また多くの仕事が待っている。
また水都で仕入れてきた独特の農作物。その栽培にも春からチャレンジしてみたい。
特にコーヒーに似た飲み物の豆は、オレの密かな楽しみになりそうである。
「さあ、いくぞ、みんな」
オレの異世界での仲間との村づくりが始まろうとしていた。
《完》
◇
最後まで読んでいただき本当にありがとうございました!
二度目になりますが、オレの恩返しはここで完結となります。
また何かの機会があれば、ヤマトたちと再会できるかもしれません・・・ね。
ではでは、今後ともよろしくお願いします。