第160話:南蛮族の少女の恋の話
南蛮族の開祖シャランは、生前の自分の話を語る。
『古代南蛮族に生まれた私は、人より優れた力を有していた。戦う力はもとより、南蛮呪術にも精通していたのだ』
南蛮呪術は今では断絶していた術。シャランはその術の優れた使い手であった。
その禁呪の一つを使い、魂だけがこうして残っているのだという。
『当時の南方樹海は酷いものであった。何しろ超帝国の支配下であったからな』
古代超帝国は“支配”という強力な術を使い、大陸の全ての民族を奴隷としていた。
奴隷は街道や街の建造など、過酷な労働を課せられていた。その中には当時の南蛮族も含まれていたという。
『この南方樹海の太守はセザール……セザール・ル・クルスという超帝国人だった』
その名を出した時である。
シャランは不思議な表情を浮かべた。
懐かしく嬉しそうでもあり。また悲哀にも満ちた複雑な表情である。
『傲慢な超帝国人の中で、セザール・ル・クルスは少し変わっていた。学者肌の自称天才を名乗っていた。水都にあった研究所で、いつも変な発明ばかりをしていた。本当におかしな男だった……』
セザールの研究所は水都と、聖都近郊にあったという。
それで両方に転移装置が置かれていたのである。
『そして私は一族の中でも特別な力がある。それで超帝国の支配の力が薄かった。少しの時間なら超帝国人に対して反抗ができたのだ』
それが本当ならシャランはたいしたものである。
“支配”は相手の運命を、直後支配する恐ろしい術である。
普通の者は決して逆らうことはできない。
不屈の精神力をもつバレスたちですら、簡単に支配されたのである。
『私は機を伺っていた。そしてある夜に決意した。太守セザール・ル・クルスを暗殺しようとした。南蛮族を解放するために』
だが結果として彼女の暗殺は失敗に終わったという。
後で聞いた話によるとセザール・ル・クルスは超帝国の中でも、最高位の実力者の一人だった。
圧倒的な術の力で、シャランはねじ伏せられたのだ。
『私は死を覚悟した。超帝国に逆らう者は死刑だからな。だがセザールは……セザール・ル・クルスは許してくれた。むしろ特異な力をもつ私を、丁重に扱ってくれた』
シャランほどの南蛮呪術の使い手は、当時は希少だった。
そこでセザール・ル・クルスは研究対象として彼女を珍重した。
太守の補佐という名目を与え、常に側に置いたのである。
『私も誇りある南蛮族の戦士だ。敗者としてあの男の研究に協力した。だがそこで気づいてしまったのだ……セザールが超帝国の中でも、異端児だったということを』
セザール・ル・クルスは超帝国の支配制度に、疑問を持っていたという。
当時の組織の中では異端過ぎる考えと。
だから、この南方樹海に左遷されたのである。超帝国随一の頭脳を誇りながら、辺境の太守として。
『だがあの男は喜んでいた。世の中には素晴らしい可能性があると。だから私は部族のために協力していた。南蛮族のためになると信じて。だが、いつしか、私の中の感情は変わっていった……セザールを男として見てしまったのだ』
出会ってからしばらくして……いつしか二人は恋に落ちてしまったという。
シャランはセザールを一人の頼もしい男として。
一方でセザールもシャランを心から愛してくれたという。
『だが二人は許されぬ関係。支配者と奴隷の間柄。そこでセザールは南海諸島に“宝の島”を作ったのだ』
そこは二人だけの島だったという。
誰も知らない秘密の島。
シャランとセザールにとっては、まさに楽園だったのであろう。
『だが悲劇は起きた。いや、他の者にとっては吉報というべきか』
そこでシャランは複雑な表情を浮かべる。
彼女たちは幸せ絶頂であった。
だがそれを打ち砕く大きな事件が起きたのである。
『大陸の北部に一人の英雄が出現したのだ。古代ウルドの村のヒョウエモン。珍しい黒髪の戦士であった』
全ての民族の解放のために、ヒョウエモンは立ち上がったという。
最初は大陸の北部の開放を。そして各地を次々と開放して、強力な仲間を増やしていった。
黒き魔人と解放軍。その名声は遠い南方樹海まで伝わってきたという。
『超帝国は蜂の巣をつついたように混乱していた。なにしろ相手は支配が全く通じない特異な存在だ。更に仲間にもその加護が増殖していったらしい』
ヒョウエモンは特別な戦士だった。
超帝国の全ての術を無効化。そして差し向けた霊獣軍団も一刀両断で殲滅された。
その話は人種管理者からも聞いたことがある。
その後、超帝国が滅亡まで追い込まれていくことも。
『そこでセザールはある決意をした。空中城に戻り、最高権力の超皇帝を説得することを。ヒョウエモンたち解放軍に降伏をして、大陸の奴隷制を撤廃させるために』
それは無謀な決断だった。
何しろセザール以外の超帝国人は、他の民族を蔑んでいた。
だがセザールは諦めなかったという。
『あの人が旅立つ日……最後の日に、私たちは約束したのだ。無事に戻ってきたら、二人の楽園で契りを結ぼうと……皆に誇れる夫婦としての契りをな……』
しかしセザールは水都に戻ってくることはなかった。予定の日を過ぎても連絡すらなかったという。
だがシャランは待ち続けた。
信じていたのである。
愛する人は戻ってくることを。
そして笑顔でプロポーズをしてくれる日のことを。
『だが先に来たのは解放軍であった。そこで私も部族のために、超帝国と戦うことを決断したのだ』
ヒョウエモンはシャランたち南蛮族も、支配から解放してくれた。
彼女たちは再び自由を取り戻し、解放軍に合流したのである。
『参加して分かったことがある。ヒョウエモンはたいした戦士であった。少し変わった男であったが、誠の戦士であった』
それ以降の超帝国との戦いは、辛く厳しいものであった。
だが解放軍の誰もが、明るい未来を見つめていたという。
その中でシャランは勇敢・信義といった“ブシドー”を学んでいく。
それが今でも南蛮族の掟として残っていたのである。
『大陸の解放する戦いは、最終局面に入っていた。だがそんな時、一つの事件が起きた。いつもヒョウエモンの隣にウルド族長の娘……リンシアが超皇帝に浚われてしまったのだ。大陸を破壊する魂鍵として利用されるためにな』
その記憶はオレにも少しだけあった。
黒き魔人化した時に流れてきた兵右衛門の魂の記憶。狼狽する武者の記憶が胸に痛かった。
『ヒョウエモンの奴は決意した。大陸を解放するために。彼女を助けるために。天空城に乗りこむことを決断したのだ』
天空城は超帝国の都。そ
して天空に浮かぶ、難攻不落の要塞であったという。
『解放軍の中から精鋭部隊が結成された。私も名乗りを上げて参加した。何故なら天空城にはあの人……セザールがいるはずだ。そして、いよいよ天空城に攻め込む日がきた』
天空城での戦いは熾烈を極めた。
仲間たちの多くが傷つき、倒れていったという。
シャランも風の精霊王を召喚した代償で、その呪術の大半の力を失う。
だが最後にはヒョウエモンが超皇帝を打ち倒し、ウルドのリンシアを助けだしたという。
『天空城で私はセザールの姿を探した。だが、あの人は超皇帝に処刑されていたのだ。逆らった罪人としてな』
ここまでシャランは冷静な口調で語り続ける。
だがセザールが亡くなった話。
その時だけは手を震わせていた。今思い出すだけでも、辛い事件だったのであろう。
『大陸は解放されたが、私は失意のまま樹海に戻ってきた。だがあることに気がついたのだ。それはセザールが在籍していた輪廻機関。そこで研究されていた“転生の術”の話を思い出したのだ』
その研究機関と術の名には覚えがあった。
たしか人種管理者が属していた機関。そして発動させた禁呪であったはずだ。
『私はこう考えた。セザールは処刑される直前に、転生の術を完成させていたかもしれない? 何しろセザール……あの人は本当の天才だったからな……』
シャランは希望を見出していた。
大切な人からの再会の言葉を、諦めずに信じていたのだ。
『だから私も待つことにした。開祖として全ての役目を全うして。大族長を妹に譲った後に。私はこの祠の中で、南蛮呪術の禁呪を使い……魂だけ、こうして待つことにしたのだ。セザールに再び会う日を信じて、眠りについたのだ……』
◇
そこでシャランの話は静かに終わる。
結果として彼女の魂は、セザールと再び会うことは敵わなかった。
だがシャランは諦めなかった。その後も祠の間で眠りにつきながら、セザールを待っていた。
そして眠りながら不思議なことが起きたという。自分の魂と波長が合う者に、無意識的に憑依してしまったのだ。
「最近だとゴウカクの姉ラスか」
『そうだ。私も無意識的とはいえ、あのラスという娘には申し訳ないことをした』
開祖の血を強く引くラスは、祠にいたシャランの魂とリンクしてしまったのであろう。
シャラン自体に意識がないために、彼女を攻めることはできない。
『そして一月ほど前。私は目を覚ましたのだ。あの人……セザールの転移装置が作動した。その魔力を感じたのだ』
「なるほど。そういうタイミングだったのか」
シャランが覚ましたのは、マリアが転移した日と一致していた。
同時にレイランが夢を見た時期とも合っていた。
『私は目を覚まし、波長が合う者……このレイランの身体を見つけた。私は何としてでも調べたかったのだ。セザールの遺跡を再起動させたのは誰か? 本当にセザールが生き返ったのか?』
「なるほど。レイランを下界の街ウナンに行かせたのは、お前だったのか?」
レイランは開祖の夢を見た後に、樹海を出てしまった。
夢遊病のような状態……つまりシャランが犯人なのであろう。
『ああ。だが外界とセザールは無関係だった。そんな中、ヒョウエモンと似た顔のお前……ヤマトが現れたのだ』
シャランはレイランの身体を通して、情報収集をしていた。
だからウルド荷馬車隊が樹海にやってきた時、すぐに気がついた。
大陸で珍しい黒目黒髪の青年。
オレがヒョウエモンと同じ気配を発していたことを。彼の者の子孫であり、力を引き継いでいたと。
『それから水都に来るまで、私は傍観していた。だが守護者が出現は予想外であった。故にこうして表に出てきたのだ』
「そこからはオレたちも知っている話になるな」
シャランは南蛮呪術の力を使い、オレたちを助けてくれた。
そのお蔭で守護者である水龍王を倒すことができた。
『ちなみに守護者がいる限り、私とセザール以外の者はここから転移はできなかった。結果として上手くいったのだろう。さて、転移装置は起動した。これで南海諸島へ。マリアという者がいる遺跡に行けるぞ』
長かったシャランの話が終わる。そして転移装置は動き出す。
『これから転移と帰還の方法を教える。私はここで待っている……私は行かない……』
シャランは急に表情を曇らせる。
先ほどまでのマイペースから一変して、弱々しい言葉になる。
「どうした、行くのが怖いのか?」
『ああ、そうだ。そうだよ。私は怖いのだ……あの人がいない島へ……廃墟と化した楽園を見るのが、怖いのだ……』
シャランは現実を直視できず震えていた。
彼女の魂は永劫ともいえる年月の間、待ち続けてきた。最愛の相手であるセザールの帰りを信じて。
だが同時に気がついていた。
二人の間に永遠の愛があったとしても……今は崩れ落ちていることを。
だからシャランの魂は、この暗い祠の中でいた。
風化していく南海諸島に見たくなかったのである。
「そうか。だが人事を尽くして天命を待つ、だ。シャラン、お前は努力した。だから行くかどうかは自分で決めろ」
『人事を尽くして天命を待つ……だと。そうか……たしかに、そうかもしれんな』
オレの言葉にシャランは覚悟を決める。
南海諸島の現在を確かめるため、転移装置の前に進んでいく。
『さあ。転移の準備は整った。準備はいいか? ヒョウエモンの子孫……いや、ヤマトよ』
「ああ。いくぞ」
オレの合図と共に転移装置は作動する。
あの時のマリアと同じように、全員が光りに包まれていくのであった。