第159話:戦いの後
水龍王との戦いから数日が経つ。
戦いの後処理も順調に進んでいる。
そんな日の朝。水都の城では会談が行われていた
「ヒザン帝国の皇子ロキ。改めて今回の水龍王討伐……その協力に心から感謝する」
「こちらこそ世話になっている。頭を上げてくれ、南蛮王ゴウカク」
会談を行っているのはヒザン帝国の皇子ロキ。そして南蛮族の大族長ゴウカクの二人であった。
国家間レベルでの正式な会談は、昨日の内に済ませていた。今日の会談はオレが招集した小規模なものである。
「ところで、ヤマト。昨日の条約の内容は見事なものであったな」
「そうか、ロキ。あれはごく普通の友好条約だ」
両者に友好条約を提案したのはオレであった。
昨日の会談の中で、友好条約の締結式が行われている。
「ワシらは帝国に降伏する覚悟もあったが」
「ゴウカク、それでは誰も救えない。民のことも考えるのが王の役目だ」
最初、南蛮王は帝国に全面降伏を申し出ていた。
だが裁定人を任されたオレは、その申し出を却下する。その代わりに平等な友好条約を結ばせたのである。
「それにしても南海貿易を前提にした条約か。さすがは、ヤマトだな」
ロキが感心しているように、条約の目玉は南海貿易の開始である。
この大陸の各海には、水生の霊獣が降臨している。そのため航海技術の低迷していた。
だが水龍王の討伐により、新しい航路が開けたのである。
「航路が開いていけば、流通に革命が起きる。それは両国に、更には一般市民にも恩恵がある」
エネルギー効率や輸送力から見ると、海路は非情に優れていた。
大量の物資を安価に運べるからである。航路交易が発展していけば、明るい未来が待っているであろう。
「それに南方樹海には、独自の作物や香辛料ある」
「ああ、そうだな、ヤマト。私も水都の市場を見て、それには驚いた」
ロキたち帝国軍は客人として水都に滞在していた。
この男が驚くように、この樹海では貴重な植物が生息していた。下界の街に持っていけば、莫大な価値がある品々である。
また樹海では上質の砂金も産出されている。
これにより南蛮族にも莫大な利益が出て、生活は改善されていくであろう。
つまり今回の友好条約は、両者がウィンウィンで関係になるのだ。
「ところで、ロキ。皇帝の許可も得ずに、勝手に友好条約を結んで大丈夫だったのか?」
オレはそのことを心配していた。何しろ今回ロキが受けた命令は、南方樹海の平定である。
だがこの男は独断で条約書にサインしていた。ロキは皇帝の実子である皇子。
だが今はまだ皇帝には逆らえないはずである。
「たしかに命令違反だ。だが皇帝陛下……我が父は優秀だ。利をもって説得すれば大丈夫だ」
あのまま帝国軍が南蛮軍と戦いを続けていたら、大きな被害が出ていただろう。
その場合、皇帝は亡くなった騎士の遺族に、膨大な見舞金を支払う必要がある。
だが今回は最小限の被害で済んでいた。
それに加えて帝国は南海貿易で、莫大な利益を得ることができる。その差額を考えただけでも、ロキの決断は大成功だった。
ロキはこれにより皇帝の説得は容易と読んでいたのだ。
「それだけはないぞ、ロキ。オルンとガネシャ家も南海交易に加わり、大陸には大きな流れがくるであろう」
イシスたちオルンとラックのガネシャ家も、南蛮族との交易に参加する予定である。
これにより大陸全土が結ばれた形になるのだ。
「それにしてもヤマト。水龍王のあの素材は、本当に帝国と南蛮族の山分けでいいのか?」
「ああ、ロキ。オレたちは少量で十分だ」
今回の水龍王討伐で、かなりの霊獣の素材が手に入っていた。
総額にして国家予算を超える大金である。本来なら止め刺したオレが、全て貰う権利があった。
「素材の金は、勇敢に戦った者たちに渡しておいてくれ」
だがオレは帝国と南蛮族に寄付をしていた。
彼らの中には戦いによって、亡くなった者たちもいる。彼らの遺族への見舞金と恩賞、そして水都の復興支援に使ってもらう。
「相変わらず欲がない男だな」
「立って半畳寝て一畳……それだけあればオレは大丈夫だ、ロキ」
人の欲望は際限がなく、必要以上の富貴を望むべきではない。
だからこそ満足することが大切である。
ガトンのジイさんに渡す分があれば、オレは十分だった。
「なるほど……耳が痛い言葉だな。だからこそ私は今回の南海貿易は成功させねば」
ロキのいるヒザン帝国は、領土拡大によって国を維持している。
だが南海貿易により、その政策にも修正がかかっていくであろう。
平和路線による国の維持。それは平和を望むロキにとって、目指すべき道であった。
「さて、ヤマトよ。昨日の政治的な話はここまでだ。今日の用件は何だ?」
「ああ、そうだったな、ゴウカク」
難しい話はオレも嫌いではない。ついつい熱中して長引いてしまった。
気持ちを切り替えて、今日の本題に入らなければいけない。
「今日の用件は、これから地下の祠にいく。そこで詳しく説明をする」
「地下の祠でだと? そうか……」
ゴウカクの顔がピクリと反応する。
地下の祠にはまだ謎が残っていた。この男の娘レイランと南蛮族に関係するものである。
「危険もあるかもしれない。祠に行くのは少数精鋭でいく」
予想が当たれば、オレたちはこれから未知の場所に行く。そのためメンバーと装備は整えてから向かう。
ウルド荷馬車隊からはオレとリーシャ。それにリーンハルトとシルドリア、イシス、ラックである。
ガトンと子どもたちは万が一に備えて留守番にした。
帝国からはロキとバレスの二人。南蛮族からはゴウカクと護衛となった。
「準備はいいか? それでは行くぞ」
最後の謎を解明するため。マリアとレイランを救いだすために、オレたちは地下の祠に向かうのであった。
◇
『おや、ヒョウエモンの子孫か? 久しぶりだのう』
祠の間で待っていたのはシャランであった。
彼女は数日前の水龍王戦から、レイランの身体に憑依したままである。食事や睡眠もとっており、健康的には問題はなかった。
レイランも深層心理で残っており、シャランと共存している状態だ。
『ここに来たということは、準備は終わったのか?』
「ああ。約束通り、聞かせてもらおうか」
この数日間、シャランは何も語らなかった。
“水都の安全を確保してから、再び祠に来い。”
彼女はそう言い残し、ずっと口を閉ざしていたのだ。
『そうか。さすがはヒョウエモンの子孫。段取りがいいな。では何から聞きたいのだ?』
シャランは予想よりも軽快な性格であった。
口調も少し独特。最初のイメージとは少し違っていた。
「この転移装置で南海諸島に行きたい。その方法を知りたい」
オレは単刀直入に尋ねる。マリアのいる島に向かう方法を知りたかった。
『随分と気が短いな。そういうところはヒョウエモンと似ているな。たしかに守護者を倒した今、この装置で南海諸島に行くことはできる。宝のある島へとな』
その言葉にゴウカクがピクリと反応する。
何故ならこの祠は南蛮族の宝への鍵。
つまり開祖シャランが残した莫大な宝が、転移先にはあるのだ。
『我が末裔の王よ。期待はするな。私が生きていた時から、年月が経ちすぎている。あの島の宝が無事とは、到底思えん……』
これまで軽快だったシャランが、初めて暗い顔を見せる。何かを思い出し悲しんでいるようである。
シャランは自分の話を、誰かに聞いて欲しそうな顔であった。
「仕方がない。シャラン、お前の話を聞かせてもらおう」
そんな顔をされて無視する訳にはいかない。
それに彼女の話にも何か情報があるかもしれない。
『いいのか、ヒョウエモンの末裔よ?』
「ただし時間が惜しい。装置を作動させながらだ」
『感謝する。では手短に話そう』
シャランは嬉しそうな顔で反応する。
転移装置の準備をしながら、自分の過去を振り返っていく。
『そうだな。どこから話そう……』
そしてシャランは語りはじめるのであった。
開祖と呼ばれる前の、一人の南蛮の少女の話を……