第158話:決着
先ほどの倍以上、13もの竜頭が更に出現した。
「ヤマト、この状況はマズイ……全滅するぞ」
聡明なロキの状況判断は正確である。
何故なら先ほどの六つの竜頭の戦いで、こちらの戦力は大きく低下していた。
頼みの綱であるバレスとロキの魔剣使いは、その魔力を大きく消費。
戦うことはできるが、魔剣を使う力は残ってはいないであろう。
またリーンハルトとシルドリアも同様であろう。
最初から全力で戦っていたために、残る体力は多くはない。
帝国軍と蛮軍に至っては更に酷い。
負傷は多い彼らには、これ以上の戦闘は無理であろう。
「ああ、そうだな、ロキ。戦況は覆ったな」
その分析はオレも同感であった。
今のところ余裕があるのは、オレとレイランの二人。あとはリーシャたち荷馬車隊の後方のメンバーだけであろう。
この少ない戦力では、十三も竜頭を迎撃するのは難しい。
オレが善戦しても、かなり多くの犠牲を生み出す危険性がある。
荷馬車には最後の秘密兵器も、まだ残っている。
だが発動させるには十三の竜頭の攻撃を掻い潜り、本体に近づく必要がある。
それを達成できる可能性は、皆無に等しい。
その為この場は一次退却して、体制整える策。それすらも考えなければいけないであろう。
「ヤマトさま、見てください! あれは……」
劣勢に追い込まれた、その時である。
水龍王は更なる動きに、リーシャは最大級の危険を察知した。
「あれは…… “最恐怖息”か? まずいぞ」
オレも水龍王の動きに覚えがあった。
最恐怖息……それは巨竜クラスの霊獣のもつ、最大級の攻撃である。
あの巨大な大顎に集約している漆黒の瘴気。その一つだけでも帝都すら滅ぼす危険性があった。
それが今は十三の竜頭で、“最恐怖息”の準備がされていた。
まさに絶望的な終焉の状況。オレ以外の全員が立ちすくんでしまう。
「まさか水都を狙っているのか⁉」
大顎の矛先はオレたちを無視して、水都へと向けられていた。
そのために一時退却の作戦が使えなくなる。
ここで倒さなければ、逃げ遅れた市民が大きな被害が出てしまう。
「そんな……水都が……あっ……」
その事実にレイランは放心状態となりつつある。
彼女の大事な家族や仲間たちが、これから一瞬で消し飛んでしまう。それを止めることが出来ない自分に、絶望したのかもしれない。
「仕方がない。こうなった一か八かオレが……」
オレは最終手段にでる覚悟を決める。
荷馬車に積んである秘密兵器。あれと共にオレが水龍王の本体に突撃していく。
その玉砕覚悟の作戦ならば、ギリギリ間に合う可能性があった。
もちろんそうなれば、オレの命も危ういであろう。
だが今は躊躇している時間は一秒もない。
『……待て。玉砕はまだ早い』
その時であった。
オレは後ろから、異様な声に呼び止められる。
「レイランか? いや、別人が憑依しているのか?」
声はレイランの口から発せられていた。
だが彼女は立ったまま意識を失っている。声も明らかに別人のものであった。
『待つのだ、ヒョウエモンの血と力を受け継ぐものよ』
「なんだと……それを知っているということは、お前は開祖……シャランか?」
オレの祖先である楠兵右衛門……その名を知る数少ない。
もちろんレイランも知らないはずである。
そして彼女は不思議な夢を見ていた。
つまり可能性として残っているのは、南蛮族の開祖シャラン。
憑依しているのは楠兵右衛門と同じ時代を生きていた、彼女しかあり得ない。
『ああ、ご名答だ。話が早くて助かる。今は血と魂を引き継ぐ、このレイランの身体を借りているのだ』
オレの推測は当たっていた。
シャランは無表情のまま事情を説明する。
一時的ではあるがレイランの肉体を借りているのだという。
「時間がない。説明は後だ。このままでは暴走したあの守護者が、祠を……水都を破壊してしまう』
「守護者……水龍王のことか。そして、やはり水都の祠を狙っているのか」
守護者という単語に、聞き覚えがあった。
たしか水都の城の遺跡に書かれていた単語である。
だが今は詳しい事情を聞いている時間はない。
この状況を打破する策を、シャランから聞き出す必要がある。
「あの霊獣を止めるには、どうすればいい?」
『守護者は本体の“核”を破壊すれば停止する』
「はやりそうか。だが先ほどオレの特攻を止めたのは、何故だ?」
『オヌシの魂には、まだヒョウエモンの力を残っている。それを使うのだ』
開祖シャランには特別な力があるという。
レイランの目を通して、ここまでオレを見ていたのだ。
「あの消えた兵右衛門の力がだと?」
『ああ、そうだ。そこのウルド族の娘……あの魂鍵を受け継ぐ者が門となり、再びヒョウエモンの力を開放させるであろう』
シャランはリーシャを見つめていた。
彼女が魂鍵であることも見抜いていたのであろう。
説明によると、オレの中にはヒョウエモンの力が残っていると。それを発揮するためには、リーシャの助けが必要だという。
『私もこの魂に残っている、最後の力を貸そう。さあ、その手に力を念じるのだ。超帝国に“黒き魔人”と恐れられ……私たち全ての者を開放してくれた、あの強きヒョウエモンの力を……』
その言葉と共に、シャランはトランス状態に入る。
その全身から魔力が溢れ、リーシャへと流れ込んでいく。
「おい、ヤマト。そろそ、まずいぞ!」
状況を見守っていたリーンハルトが、思わず叫ぶ。
水龍王が最恐怖息の発射体制に入ったのである。
このままでは水都が、跡形もなく吹き飛んでしまうであろう。
「よし、いくぞ。ラック、頼んだぞ!」
「ういっす! その言葉を待っていたっす!!」
オレの指示に反応して、一台の荷馬車が駆け込んで来た。
まさに絶妙なタイミング。
秘密兵器を積んだ荷馬車で、ラックが来てくれたのである。
「さあ、リーシャさんも。移動しながらいくぞ」
「はい、ヤマトさま!」
オレは彼女を抱えて、御者台に飛び乗る。
時間が惜しいので、突っ走りながら説得をしていく。
「リーシャさん、すまないが……もう一度だけ力を貸してくれ」
彼女は自分の中の魂鍵の力を恐れていた。
その力は大陸を滅亡させるほど危険で強大。霊獣大戦の時は操られていたとはいえ、多くの人を間接的に傷つけてしまったのである。
だから協力の強制はできない。彼女が答えてくれるのを待つ。
「ヤマトさま、大丈夫です」
リーシャは迷う事なく答えてくれた。オレの目を真っ直ぐ見つめて、自分の想いを言葉にする。
「“強すぎる力も使う者の想いで、善とも悪ともなる”……これはヤマトさまから教えてもった大事な言葉。だから今……私の意志で力を使います!」
彼女は既に覚悟を決めていた。
自分の中の魂鍵の力と向き合うことを。そして誰かを守るために、今度こそその力を開放すると。
その言葉と瞳に一縷の迷いもなかった。
「リーシャさん、ありがとう……さあ、ラックもいくぞ!」
「了解っす、ダンナ。! でも、この後は具体的にどうすれば?」
荷馬車を猛スピードで走らせながら、ラックは訪ねてきた。
この先は断崖絶壁である。更に先には恐ろしい水龍王が待ちかまえていたのだ。
「荷馬車は馬を寸前で切り離し、そのまま水中の水龍王にぶち当てる。ラックはリーシャさんと共に、馬で退避してくれ」
「相変わらず無茶な作戦っすけど……、もちろん、了解っす!」
荷台の秘密兵器を、水龍王の本体に当てるためには危険が伴う。
チキンレースの様に断崖絶壁まで、最高速度で突進する必要がある。
身が軽く機転のきくラックなら、無事にやり遂げてくれるであろう。
「でも、ダンナはどうするっすか?」
荷馬車に残るのはオレ一人となる。
ラックが疑問に思うのは無理もないであろう。
「オレはそのまま十三の竜頭を迎撃。最後は水中の本体を仕留める」
「そんな無茶な……でもダンナなら、そう言うと思ったっす! もちろん信じているっす! リーシャちゃんのことは、オレっちに任せてください!」
ラックは頼もしい笑みで答えてくれた。
これで全ての準備は整った。あとは自分自身の覚醒を行うだけである。
「さあ、いくぞ!」
オレは一人で荷馬車の屋根の上にのぼる。
そのまま剣を構えて、水龍王に宣戦布告する。
ここからはオレと水龍王との一騎打ちであると。
『グフォオオン!』
その言葉に反応して、三つの竜頭がこちらに向かってくる。
最恐怖息の発射を邪魔されないように、迎撃しにきたのだ。
「さて……楠兵右衛門よ、聞こえているか? オレにその力……“黒き魔人”の力を……再び貸してくれ!」
右手の剣ガトンズ・ソードに想いを念じる。
明確なイメージを思い浮かべる。
霊獣大戦の時に握っていた、あの妖刀の形を。
八匹の巨竜と霊獣軍……その全てを討ち倒した、無限の力のイメージを。
――――そしてオレの右手は強い光を放つ。“黒き魔人”と妖刀の力が覚醒される。
「ヤマトさま……お気をつけて…………」
「ダンナ、ガンバっす!」
オレの力を覚醒させてくれたリーシャは意識を失う。
ラックは気絶した彼女を抱えて、ハン馬に乗り込む。そして予定通り、荷馬車から無事に離脱していく。
『ガフォオオン!』
『ガフォオオオン!』
『ガフォオオオオン!』
それと同時。
頭上から三つの竜頭が襲いかかってきた。その超重量でオレごと荷馬車を押し潰そうとする。
「邪魔はさせん! いくぞ!」
オレは力を発動させる。
妖刀は右手のガトンズ・ソードに、光がまと具現化していた。前回とは少し形状が違う。
だが、そこにはシャランの魂の記憶が。リーシャの想いが強く宿っていた。
「まずは三つ!」
向かってきた竜頭を、妖刀で一気に一刀両断する。
音もなく竜頭と“核”は消滅していく。
「残りも、一気にいくぞ!」
オレはそのまま龍の首を駆け上がっていく。
“黒き魔人”によって身体能力も、桁違いに覚醒されていた。垂直な龍の首も、飛ぶように駆けていける。
『ガフォオオオオン!』
『ガフォオオオオオオン!』
恐怖を感じた水龍王は目標を変更する。残る全て十の竜頭で、オレに攻撃を仕掛けてきた。
無防備に駆けている矮小な存在なオレを、十の大顎で食い殺そうとする。
「正しい判断だ。だが遅い!」
オレは龍の首を飛び移り、頭を次々と切断していく。
その動きは地上にいる者からは、見えないほどの神速。そして攻撃力は一撃で竜頭と“核”を吹き飛していく。
霊獣大戦の時の力が、オレの中で完全に甦っていた。
「これで十三。そして残る本体も……」
全ての竜頭を両断したオレは、足元の海中に切っ先を向ける。
「王手だ!」
その直後、水中で大爆発が引き起こる。
白い水柱が立ち上がり、衝撃波が広がっていく。
「それは“ウルド式爆雷”だ」
荷馬車の中に積んであって秘密兵器が、無事に炸裂したのであった。それはウルド式の爆雷。
強弩槍にも内蔵されていた発火性の“火石神の怒り”。その秘石と霊獣の素材を配合して作った対潜武器である。
その特殊性から水中の霊獣にしか使えない。非常に扱いづらい武器であった。
『ガフォオオオオオン!』
効果は絶大であった。
水中において爆発を起きると、空気中よりはるかに強い衝撃波が発生する。
その凄まじい連鎖の衝撃波を受けて、本体がたまらず浮上してくる。
「これが本体か……」
水龍王の本体は奇妙な形をしていた。
小島ほどある巨大なエイの霊獣。その背中から十九本の龍の首が生えていたのである。
「最後の足掻きをするつもりか?」
暴れ回りながら本体の巨大な顎が開口する。そこに凄まじい漆黒の瘴気が集約されていく。
「“核”は……そこか!」
大顎の奥底から“核”を感知した。
そこが本体の“核”そして水龍王の急所である。
「さて、ケリをつけさせてもらう」
オレは妖刀と化したガトンズ・ソードを構える。
“黒き魔人”と呼ばれた英霊の力が、自分の全身にみなぎっていく。
この力は霊獣大戦で全ての霊獣を打ち滅びた破壊の力。
霊獣化した古代人の人種管理者を、魂ごと消滅させた力である。
「そのまま全て消し去る」
霊獣大戦の時と同じ、眩い光が妖刀から放たれる。
「さらばだ、南海の王……水龍王」
オレは手向けの言葉と共に、刀を一気に振り抜く。
“黒き魔人”の絶大なる斬撃が放たれていく。
そして古代から恐れていた水龍王。その存在は魂ごと消え去っていくのであった。